女子美の中高大連携授業
派遣切りと家賃滞納
最近にぎわってますが、
①派遣切り
期間労働の「派遣」とわかって働いているのに、なぜ辞めさせられて文句を言うのか?給料もらえなくて首をくくらないととか言うけど、派遣を辞めさせないと、会社がつぶれてしまうのでは??
②家賃滞納
3ヶ月家賃を滞納しておいて、(追い出し方は悪いけど)訴えるお金があるなら、家賃払えよと思うのは私だけ??
精神的苦痛って、家主も苦痛受けてるって言うの!!と思いました。
皆さんはどう思いますか?
こう思うのは厳しい意見なのでしょうか??
最近訴えたもの勝ちな感じがして、嫌な気分になります。
あと、ちょっと違いますが、ホームレスを支援する人を見ると、じゃあ貴方の家で住まわして、養ってあげたらいいのにと、思ってしまいます。
その日くらしさま
塾・家庭教師等のお金が払える。
私立一貫校に通わせるお金もある。
そういう家の子供に生まれてきたからこそ
そんなえらそうなことも言えるんだよ。
自分の努力だけで今の自分があるんだなどとは
間違っても思うなよ
ということは
しっかり子供に言ってくださいね
(公立・塾無しでがんばっておられるんだったらごめんなさい)
横ですが
アメリカというキリギリスのおかげで日本は儲かっていたんですよね
アメリカがアリになってしまったら設け方を変えないといけませんね
残金何十円とか、この種の報道は何のためにしているんですかね。
同情するふりをして貶めたいんでしょうか
どうして、こういう時のための貯金が出来ていないのか、
そんなに給料が少ないのか、
40%とか50%ともいわれる派遣会社の取り分はいくらなんでもぼったくりすぎではないのか、
それだけぼったくっているなら、急な首切りのときくらい派遣会社が失業補償的な金を出すべきではないのか、
とかまで、しっかり突っ込んでほしいですね。
たとえば、社会人になって、寮であれひとり暮らしをしてたとして預貯金が100万円あったとします。
家賃三万のところへ引っ越したとしても、敷金・礼金・一か月分の家賃や、何やかやで15万はなくなるでしょう。但し、公団を含め、職がない、預貯金がない、保証人(公団は保証人は必要なし)もないとなれば、契約もしてくれません。
住む家が見つかったとしても、生活費も切り詰めたところで、あっという間に預貯金もなくなってしまいますよね。
とりあえず、帰れる実家のある人は、雨風はしのげます。ただ、地方で職を探すほうが難しい。
二進も三進もいかない。こんなことって、我々エデュに集まっている人たちだって、ひとつ間違えば、なってしまってたということはないでしょうか。
誰かが書いてましたが、生まれた家が違えば、教育もうけさせてもらえず、親も持ち家はなくすでに亡くなったという状況もあるわけで・・・。自分の今の境遇は、決して自分の力だけのことではない。親や祖父母があってのことだと思います。
中小企業の経営者が行き詰って首を括ることがあります。
彼らの死は政府や取引先の責任ではなく、自己責任です。
では派遣になった人は、誰かの責任でなったのでしょうか。
原則的にはすべて自己責任です。
企業側が3年以上の雇用をクリアーするために、いろいろ悪い手口を使ったり、
入るべき雇用保険になかなか入れてくれなかったりと、劣悪な環境があるのは現状ですが、それとて確認は派遣社員側の自己責任ですし、問題にして訴訟する自由もあります。すべて人に頼って任せている姿勢は、自己責任とは言えません。
昔からどれだけ大変な運動を重ねて、労働者が権利を確保してきたかという歴史を忘れ、やってくれるはずという単なる信じ込みは、残念ながら自己責任という姿勢ではありません。
これは教育レベルの低さから来る社会全体の問題なのです。
使用者側からしてみれば、何のとりえもない人では、正社員にする価値がないという判断をするのは、もっともな話であり、何か技能や能力があるから雇うというのが、今のスタンスです。期間が残っているのに首を切るのは道義的には問題がありますが、期限を迎えて更新しないのは、全く批判されるべきことではありません。
自己責任で生きていくというのが基本中の基本であり、ホームレスたちは黙って耐え、人知れず死んでいます。それらは全く問題視されません。彼らは自己責任をきちんと理解しています。バイトをせず、実家に帰ることには意地を張り、派遣村で食事をタダ食いする者もいます。
個々の事情をきちんと聞きとり、誰が聞いても仕方ない事情の人は、救済され、新しいチャンスを受け取るべきですが、全員がそうとは思えないし、全員であっても、本当は自己責任が基本です。首吊りの経営者、凍死するホームレスと同じ、いやいや私たち普通の人も同じ、自己責任という社会事情です。
これを変えるなら、自由主義経済そのものを変えなくてはならないのです。
安易な感情論で派遣に対して必要以上の応援は、禍根を残します。
>溶接工もクレーンもちゃんとした資格もありますよ。
>現場の仕事、と馬鹿にしすぎではないですか?
馬鹿にはしていませんよ。
そう思うことこそが本当は馬鹿にしている気がする。
資格などというものは単に入口に立つ資格を得ただけ。
それからの努力が価値を決める。
MISTYさんのコメントに概ね同感ですね。最近、会社でも「他責の論理」
を振りまわして平気な人間が多い。年齢に関係なく万遍無く広がっている。
学校教職員の如き安直さを感じられるかもしれないがとかく自省・反省が
足りない。だから、わざわざ「振り返り」だとか「気づき」などと言う
言葉が社内教育に使われている。こんな根本的な概念まで会社で教え
なくてはいけない。昔の人が言うように「親の顔を見てみたい」。




































