在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
(Re)裕福そうな見た目と貧しそうな見た目
ぱっとみての話です。
裕福そうに見られる人と貧しそうに見られる人の違いについて語りませんか。
本当はすごく裕福なのに地味にしているとかではなく、第一印象の話でお願いいたします。
私は、髪の艶、歯の手入れ具合、肌の手入れ具合、服装の素材感、そのあたりで色々感じます。
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エデュでは良くある話。
知識も知性もなく、単に言い返したくて突っ込んで来る割に、理路整然と論理的に反論されると、全く言い返せず沈黙パターン。
そろそろ学習すれば良いけれど、できないからこそのその立ち位置なんでしょうね。
毛皮はものすごーくあたたかいです。
毛皮のコートは随分昔に処分しましたが、マフラー(ティペット?)、ストール、手首にファーのついた革手袋などの小物は捨てずおります。
最近寒く風が強い日が続きますが、首元と手首にこれらの小物を使うと保温だけでなく風も防ぎダイレクトに暖かいので手が伸びます。
私は北国育ち、どれも母から譲り受けたり若い頃に買ってもらったものばかりなので流行のデザインとは言い難いですが、大切に使っております。
時代がもう毛皮を必要としなくなったのは事実かもしれません。
ただ毛皮の持つ防寒の機能はずば抜けており、富の象徴とかファッションとは別の視点で、大切に使っている者がいることを忘れないでほしいと思ってしまいました。
数年前に大人数で夜の食事に行ったのですが、
一人だけテーブルでも毛皮(ミンクかな)のポンチョを付けたままでした。ゴージャス感はありましたが、食事の席でそれはないなと思いました。
それから、見た目の点では、色白のほうが裕福に見えるなと最近思っています。
それは都合の良い解釈でしょうね。
現実にそれらの毛皮が作られる過程で残虐な行為や動物達の苦痛が伴っていたのは事実。
もう過去の話だし、思い出の品だから、それが世界的に通用するか?
しないでしょうね。
いえ、建前と本音があるのは勿論分かります。
例えば捕鯨。
片や家畜は殺して良いのに、日本の歴史的な捕鯨はなぜいけない?鯨は可愛くて賢いから?じゃあ不細工で馬鹿は殺して良いのか?
そう言う理屈や突っ込みはグローバルでは通用しない。そもそも日本全国民が保護を求める分割でもなく、鯨を食べないと生きていけない訳でも、他に食べ物が無いわけでもないのに、グローバル批判を無視してまで捕鯨する意味が無い。
毛皮も同様。
ヒートテック、人口的な防寒素材が多数ある中、エベレスト登山隊の装備にも一切ファーが使われていないのに、
>ただ毛皮の持つ防寒の機能はずば抜けており、富の象徴とかファッションとは別の視点で、大切に使っている者がいることを忘れないでほしいと思ってしまいました。
この理屈が通るとお思い?
しかも貴方の飼っているペットの兄弟が苦痛と共に毛皮を剥がされたとしたら、もう既に製品になっているんだから、使った方が良いでしょう?が通ると思いますか?
もう少しグローバルの空気感を感じた方がよろしいでしょうね。




































