女子美の中高大連携授業
戸建ての悪いところを教えてください
エデュではタワマンスレはいつも大荒れで戸建て一択と言う方もいらっしゃいますが、タワマンが買えない方の荒らし行為なので、戸建派の方、戸建ての悪いところはどこですか?
私はやはり簡単に強盗や空き巣に入られる所、せせこましい都内の鬱屈とした一軒家で、周りに開けた景色も無い庭よりも、タワマンの場合は敷地内に広大な公開空地があり植樹や広々としたテラス、季節の花で彩られ、読書や簡単な焚き火やデイキャンプまで出来る物件もあったりします。別段、自分の占有スペースで無いからの肩身の狭さ、寛げない雰囲気と言う感じもなく、住民だけのプライベートな空間で居心地も良いです。
エデュだと地に足が着いていないだの、秒で土が触れないだの戸建ての強引なメリットや、こじつけたタワマンのデメリットを並べる方が多いですが、戸建てで悪かったと思うこと教えてください。
実行犯が闇バイトに応募してしまう前の、普通の不遇な青年であるうちに、元締めたちからの甘い罠にかかる前に、十分生活が成り立つだけの仕事や教育を受けさせられる社会にしなければなりません。そのためにも実行犯たちのの犯行へ至る経緯を丹念に読み解き彼らも救ってやってほしいです。戦後の浮浪児たちと同じような根を持っていそうな気がしてなりません。
すでに幸運にも資産を築いた人たちが貧乏人の妬みが怖いとばかりに上から見下ろして自身の防衛にばかり目を向けていては、ますます窮屈な安全しか得られなくなりそうです。
言いたい事は分かる。
だが。
貴方の主張は、実行犯となる前の不遇な青年たちを救うために、社会が仕事や教育を十分に提供しなければならないというものだろう。また、戦後の浮浪児たちと重ね合わせ、資産を築いた人々が防衛にばかり目を向けるのではなく、こうした青年たちにも目を向けるべきだという視点。
これに対して、思うのは社会の仕組みと個々の責任を区別しなければならないという前提。
確かに、教育や就労機会の不十分さが犯罪に関与する可能性があるのは否定できない。が、全ての貧困者が犯罪に走る訳では無いのだ。ホリエモン、アンミカは貧乏からのし上がった有名人の実例。
世界に目を向けてみても生後間もなく養子に出されたオラクルのラリー・エリソン、父親が怪我で失業、極貧の生活から這い上がった「スターバックス」前CEOハワード・シュルツなど枚挙に暇がない。こう言う実例がある中で、不遇な状況が理由で犯罪に走ることを正当化するのは、法治社会においては根本的な誤りと言える。
個々の選択に対する責任を軽視してはならないのだ。いくら極貧であろうとも、それを理由にした犯罪行為が正当化される事に甘んじれば、法治国家は崩壊する。闇バイトに応募した個々の選択を冷静に見る必要がある。
元締めたちの「甘い罠」という表現も、犯罪を実行する人々をあたかも被害者のように扱っている。その同情、判断を鈍らせている甘さは決して彼らの為にもならない。
勿論、犯罪の背後にある社会的な背景に思いを馳せ、理解することは重要であろう。しかしそれと同時に、彼らが犯した行為の責任を曖昧にする事は、犯罪抑止の観点からも有害でしかない。
実行犯たちは「罠にかかった被害者」ではなく、自ら犯罪を選んだ立派な犯罪者であり、目の前の老人たちを「強欲なババー」「お前達に貧乏を押し付けてのうのうと暮らす死んで当然の人間」と言葉巧みに彼らに溜まったフラストレーションを狂気に変換して攻撃させたとしても、だから殺しても仕方がなかったとは絶対にならないのだ。
多くの貧乏な若者の殆ど全てはそんな事は絶対にしないのだから。
特に、免許証を取られ、家族の身の危険で脅されると言う闇バイトの存在が、既に広く明るみに出ている現時点で、簡単にそれに引っかかり、彼らが犯した重大な結果に対しては、絶対的責任があり、当然それを過不足なく負うべきだ。
また、富裕層が貧困層を「見下している」という感情的な言い分も多分に一面的。
実際、富裕層の多くは社会に貢献するために様々な取り組みを行っている。行っていなかったとしても、脱税をしていなければ、一般人の年収以上の額を税金として納めて、お金で多大な貢献をしているのだ。
社会的な格差に対して一部の富裕層が防衛策を取ることは合理的な自己防衛。安全や資産防衛に目を向けることは当然の権利で、それを非難することは論理的に成り立たない主張だろう。
そもそも貴方の主張は、貧乏から犯罪に走る若者に多分に阿った、逆に富裕層を仮想敵、貧困を生み出す社会に諸悪の根源を転嫁した非常に安易な敵対構造で、貧困の怒りを強盗に入った先の老人に向けさせている、強盗の首謀者達の使うロジックと同様の思考形態だと自覚すべきだと思う。
まあそんなお題目はさておき。では具体的にどうすべきか?
ここから一歩進んで、批判に留まらずどのように社会を変えていくべきか、具体的な提言に踏み込む必要があるだろう。
犯罪抑止のため、若者を闇バイトや犯罪から遠ざけるためにすべき事は?
個々の責任を強調する一方で、若者が犯罪に走らないための社会的な予防策が重要だろう。教育改革や雇用促進、地域社会の支援による多面的な解決策を提案する。具体的に以下3項目にまとめる。
1. 実社会で通用する教育の改革
学校教育は、学問知識だけでなく、若者が犯罪グループの甘言に惑わされないようにするための実践的なスキルを身につけさせる必要がある。金融リテラシー、批判的思考、雇用に直結するスキルの習得は特に重要で、現在の教育カリキュラムからは完全に欠落していると思う。具体的な犯罪について学ぶ事も重要だろう。この辺りは現在の教育ではタブー視されているきらいがあるが、敵を知らねば防衛も出来ぬ。若いうちからその教育を受けるのは当然だと思う。
それら教育だけでなく問題を抱えた若者を早期に見つけ出し、メンターシップやサポートプログラムを提供することで、犯罪に引き込まれない道を示す事、この仕組み、枠組み作りとそれを机上の空輪にせずに実行、評価、改善する体制作りも必要、と言うかそれが肝かも知れぬ。
2. 雇用創出とインクルージョンプログラム
地方自治体と民間企業が協力し、低所得者層出身の若者でも意味のある雇用に就けるような包括的な雇用市場を作ることが不可欠。
特に、若者を雇用し、訓練する企業へのインセンティブを強化し、就業の機会を増やす政策が効果的だと思う。こう言う発想は残念ながら今の政府、省庁には皆無と言って良い。
また、インターンシップや職業訓練の機会を拡大することで、早期から若者を職場に繋ぎ止める仕組みが前提として必要でこの枠組創設、配備が急務と言える。
3. リハビリテーションと地域社会の治安対策
刑事司法制度は、犯罪者をただ罰するだけでなく、彼らを社会に復帰させるリハビリテーションを重視すべき。現在の少年院、刑務所のプログラムは稚拙で前近代的。早々にプロジェクトを立ち上げ、有識者、若きリーダーをメンバーに現在のトップランナーの知性をフル活用すべき。彼らの知性が、実効性のある、先見性に満ちた妙案を提示してくれると期待する。
また、地域警察や市民ボランティアが一体となって、犯罪の温床となる環境を改善し、若者を犯罪から遠ざける活動を強化する必要もある。これらには学校や企業、そして老人会などのリタイヤした高齢者の参加も必須。それら様々な世代の交流が、草の根で今の凶悪犯罪で、老人を殺めてしまう世代間断然が緩和、融和していく一助になると信じている。
これらの提案を通じて、犯罪に陥りそうな若者に対する予防策を講じるだけでなく、彼らが犯罪から更生できる道筋を社会全体で作り上げることができるのではないだろうか。
個々の責任を追及しつつも、犯罪の根本的な原因に目を向けて社会全体で取り組むことが、より安全な社会を築く鍵となるのだ。
と、私なりに考えてみた。皆さんの意見が伺いたい。
「私はもう充分生きたから、もういいっちゃいいかな」という気持ちは私には皆無だが、より長く生きた者がその様な思考、思いに至る心情は頭で理解できる。長い人生を経て、そのように思うことはおそらく、自然な発露なのであろう。
しかし、「若い人、特に子どもは絶対に守られるべき」という点については、まったく同意するものの、守るだけでは足りない現実がある。
現代の若者が、闇バイトや犯罪に巻き込まれないための仕組みを社会全体で作ることが急務である。単に守るという考え方だけでは不十分であり、彼らが犯罪に足を踏み入れないようにし、仮に道を誤った場合でも社会復帰を目指せる体制が絶対的に必要だ。
また、犯罪に手を染めた若者に対し、共感や理解を示すことは重要であるが、それ以上に彼らの行動に対する責任を問うことが必要である。同時に、社会として予防策を講じることが求められる。教育改革や就業機会の拡充、さらにはリハビリテーションを重視した制度を整えることによって、次世代を犯罪から遠ざける努力を全員で進めていくべきである。
守られるべき若者たちが、より良い選択肢を持ち、その選択の責任を自覚できるような社会を築くことが今こそ急務で求められていると強く危機感を抱く。
如何だろうか?
なるほど、現況を認識された上で自分なりのお考えをお持ちなのですね。一人の大人として立派だと思います。
私はまだスレ主さんの言われる内容を消化できていませんが、きちんと把握しておきます。
「守られるべき若者たちが、より良い選択肢を持ち、その選択の責任を自覚できるような社会を築くことが今こそ急務で求められていると強く危機感を抱く。」
こちらほんと、その通りですね。
子どもたちもその心構えというか、自衛する手段を学んでいく必要があるのでしょう。
返信ありがとう。こちらの考えに同意いただけた点は非常に嬉しい。現代社会の若者が直面する問題について、共通認識を持つことは大切だと思う。スレの趣旨に沿っても、私たちは社会全体がどのように彼らを守り、また彼ら自身がどう自衛すべきか、真剣に考えなくてはならない。
しかし、子どもたちが自衛手段を学ぶだけでは足りない。むしろ社会全体が、彼らにより良い選択肢を提供し、犯罪に走る道を遠ざける責任があるのだ。特に、ただ「自衛せよ」と押し付けるだけではなく、彼らが健全な選択肢を選び取る環境を整えることが必要である。教育の質を向上させ、雇用機会を増やし、地域社会全体が支え合う仕組みを作り上げるのが急務であると感じる。
私たち大人がこの責任を果たさなければ、未来の世代はさらに困難な状況に追い込まれるだろう。この点についても、ぜひ深く考えていきたい。




































