在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
たばこの臭い
住宅地の一戸建てに住んでいます。
隣の家のおじいちゃんが、玄関の外に出てたばこを吸います。
洗濯物を干す時間帯は吸わないのですが、
朝、ベランダの掃きだし窓を開けたときと、
夜、お風呂場の窓を開けたときに深呼吸をして、
たばこの臭いを吸い込んでしまうと、ひじょうに残念な気持ちになります。
なんとかこの煙を避ける手立てはないものでしょうか。
お風呂の時間帯はずらしてみたのですが、高確率で臭います。
苦情の手紙は無記名にしても、うちからだとバレる気がします。
というか、外でタバコ吸うなとは言えないですよね…
どなたかお知恵を!
受動喫煙、害が…、って吐いた煙草の煙がまるまるそっくりそのまま嫌煙家に行くわけではありません。吐いた時から煙は拡がり、せいぜい数%?くらいでしょう。
こちらの度が過ぎた嫌煙家達は、あたかも喫煙者が吐いた煙をまるまる全部吸っているかのような書きこみだらけです。
こちらにくる度が過ぎた嫌煙家達は「嫌煙家」ですから、まぁ自ら真横になんて近づかないでしょう。数メートル離れたところにいる嫌煙家達が受ける煙草の煙って、殆ど0に近い数%でしょう。すれ違いざまでもすれ違うのって一瞬ですから。
>せいぜい数%?くらいでしょう。
時と場合によって我慢しているのが現状でしょうね
吸い込みたくないときは絶対に吸い込みたくないのよー
パーセンテージの問題ではありません
でも、お隣のピアノ練習の音はもっといやだわ
もう毎日毎日、ノイローゼになっちゃうわ
それにくらべりゃ、タバコの煙は一瞬かほんの極々短時間だとも言えるわね
涙目様
お久しぶりでございます。
お陰さまでマンションの住人の方々は皆様 愛煙家の方も、気持ちよくベランダ禁煙にご協力頂き、有難い限
りです。
時代の流れは確実に分煙に向かっている事を、マナーの悪い愛煙家の方にご理解いただきたいですね。
スノーさんの理論は、自分の敷地ですっているタバコの煙や臭いに文句を言うのは度が過ぎた嫌煙家であるということでしたよね?
では、お隣のピアノの音もご自身の部屋で演奏しているのだから、配慮が足りないと批判するのは、度が過ぎた嫌音家ということになりまんか?
グランドピアノさんのご意見は矛盾しています!
全知全能の神様は、暗示的に表現されますので僭越ながら少し補足させていただくことをお許しください。
消極的自由=「~からの自由」と積極的自由=「~への自由」の衝突だと思うのです。自由には責任が伴いますので消極的自由には「小さな義務」が、積極的自由には「大きな義務」が課せられます。
「思ったことを制限されることなく行動する自由」=消極的自由であり、「自己の自律的考えに基づいて行動する自由」=積極的自由となります。積極的自由を過度に行使すれば、消極的自由を制限すること(全体主義)になります。消極的自由を過度に行使すれば、自己意識の拡大となり(利己主義)僅かな義務の上に大きな自由を手に入れることを意味します。
「人は、それぞれの自由を思慮、尊重し行使しなさい」と神様は暗示されているように感じとりました。




































