女子美の中高大連携授業
朝日新聞を見つめて
6月6日朝刊、「軍人の子という負い目がある一方、、、」
6月6日夕刊、韓国新聞社の日本語タブロイド紙が人気云々、、
よくやってくれますねえ。
皆さんも、お子さんとじっくり朝日新聞を読んでみて下さい。
陛下君
君は、朝日新聞を購読していないから、知らないだろうが、
9月18日(木)朝刊に「ご愛読者のみなさまへ」という朝日新聞社からの謝罪文が一枚差し込まれており、
◾︎ 慰安婦問題特集
◾︎ 池上彰さんのコラム「新聞のななめ読み」
◾︎ 福島第一原発事故に関する吉田調書の記事
をめぐる問題で、大変心配をかけたこと、信頼を損ねる結果となったことを謝罪している。
当然ながら、この謝罪で終わりではなくて、
◾︎ 「信頼回復と再生のための委員会」を立ち上げ、取材・報道上の問題点を早急に点検・検証する。
◾︎ 慰安婦問題に関しては、社外の有識者による第三者委員会を新設し、過去の記事の作成や訂正に至る経緯、今回の特集記事の妥当性、朝日新聞の記事が国際社会に与えた影響を検証する。
◾︎ 吉田調書については、誤った記事がもたらした影響について、朝日新聞の第三者機関の「報道と人権委員会」で審理を行う。
朝日新聞社外の目でも、厳しく審議してもらい、
以上の結果は、紙面で知らせるとしている。
私は、この朝日新聞の謝罪文は、当然のものと考える。
陛下君の妄想など、どうでもいいのだよ。
笑
>過去の記事の作成や訂正に至る経緯、今回の特集記事の妥当性、朝日新聞の記事が国際社会に与えた影響を検証する。
>朝日新聞の第三者機関の「報道と人権委員会」で審理を行う。
そうだ。
朝日は「ねつ造しました。申し訳ありません」とは書いていない。
検証や審理を行った結果、今回の特集記事が妥当であり国際社会への影響、
政府の吉田調書公開に朝日の記事が寄与したことなどが実証されるのならそれでよい。
朝日が自ら「政府の秘匿文書公開に貢献しましたー」と言えるはずない。
第三者機関による検証・審理は朝日にとって良い結果をもたらすと確信している。
>朝日新聞の配達人が、君みたいな発言をして、
この謝罪文を配ったら、殴られるぞ。
当たり前だ。
キミは何故朝日が謝罪したのか分かっていない。
政府に秘匿文書公開させて社会に貢献しているんだぞーなんて言う訳ないじゃない。
ただ謝罪するだけ、それが大人の流儀というものだ。
紙つぶて さん
朝食だったらバケットの輪切りにガーリックバターかな、ただし朝いち会議があるから休日限定だけど、、
19日付ニューズ・ウイーク日本語版に冷泉彰彦氏が興味深いコラムを掲載していますが、はたして慰安婦問題を介して我が国の国際的評価は変わったのか、という根本的な疑問を提示しています。うなづける部分が多いのですが、ひとつだけ「うん?これは?」と思われる部分、サンフランシスコ講和を介していわゆる「枢軸国大日本帝国」と「日本国」は完全に別の国であるという国際的認識がいまや当たり前になっていること(戦後の我が国の平和主義、国際貢献が正当に評価されている顕れとして)。
わたしにとって、この考え方は、実は先の大戦における一般国民は軍部独裁の「被害者」であり、例えば「東京大空襲犠牲者遺族会」が国に補償と戦争責任を明確にするべく謝罪を求めた集団提訴(最高裁で上告棄却)にみられるように、少なくとも1960年代まではそのような国民意識が主流であった(「当事者の時代」佐々木俊尚著、光文社新書)ものが、現在にも受け継がれていることを示唆するものでした(ちなみに同訴訟の一報を報じたのは朝日新聞、東京新聞の2社)。
というのも、小田実を契機とした「一億総懺悔」、すなわち我が国民をして全員が先の大戦の「加害者」である、という論調が実は朝日新聞をはじめとしたいわゆる左派系報道機関のフレームを形成していて、我々もなんとなくこれを受け入れていたのではないか、と考えていたからです。にもかかわらず、朝日新聞の形成するフレームがいったい当時の日本国民は「被害者」であったのかあるいは「加害者」であったのか、「加害者」だとしてこれは現在の我々も国家の連続性の故、戦争責任として受容するべきものなのか。実はここのスタンスを明確にせぬまま、慰安婦問題、靖国問題にしろ報道を続けてきた、このことが問題の根源ではないかと思い至ったことがひとつの収穫でした。
この報道姿勢が「薄っぺらい正義」(平川祐弘東大名誉教授、文芸春秋十月号)として喝破され、朝日新聞をして「マイノリティ憑依」と揶揄される事態を招いているのではないか。
どのような報道スタンスを採ろうとも、ひとつの見識として感情論を抜きにしてわたしは尊重したいとは思います。「事実は細部にある」、このことを銘記して一読者として再起を期待したい。かつてワシントンポストのキャンペーン記事が暴いた米軍の秘密拘置所、いわゆるグアンタナモ問題。細部にこだわった故のメディアの勲章といえましょう。このような事例を期待し得るのは、やはり朝日新聞しかない。
敢えて言います、「朝日新聞社よ、がんばれ!」




































