女子美の中高大連携授業
高槻の教師陣について
在校生です
初投稿なので誤字脱字がある場合は申し訳ありません
まず高槻の先生方について私は少なくとも、能力的には優秀な先生方がいると思っています。
ですが、ごく一部と言っていいと思いますが、学校の生徒の生活についてなんとも思っていない先生方がいるような気もします。
正直これは深刻なことだと私は考えています。
本来学校というものは少なくとも中学生までは学力より他者との人間関係を作るということを目的としたものだと思います。(高校からは学力>人間関係だと思っています)
そのような場所で教師というのは、生徒に勉強を教えるということはもちろん、生徒同士の関係も最低限支え、見るということを少しはするものだと思います。
ですが先ほども言いましたが高槻にはごく一部の先生が生徒から目をそらし勉強さえ教えれば良いんでしょ
と思ってきているような気もします。
これは私一個人の高槻にいて思ったことなので誤解している部分もあると思います。
ですが今、高槻の元々良い先生だった人たちまで上から生徒たちの学力をどんどん上げていけなどの話を聞き頑張っているのですが、その代わりに生徒の生活部分まで目がとどいていない気がします。
つまり本来の中学校の機能が働いていないのです。
これは例の高槻の改革が始まってから徐々にこのようなことになりました。
なので今の高槻は、学力を重視していて、本来の学校
、本来の高槻の姿を見失いつつあります。
このままでは高槻の未来は明るくないような気がします。
私はこの学校が好きですが、今は好きではありません
なのでこのことはこれから入学してくる受験生の皆さんには知っておいて欲しいです。
誤字脱字、文脈ばらばらで申し訳ないですが、2020年教育改革に先立ち、将来のあるべき教育像について個人的に思う事を支離滅裂になりますが、語りたいので、しばしお付き合いください。現在世界的に活躍している海外の大学や企業の研究チームは集団としてのろまとまり、統率力がすぐれ、個々の力は少なくても大きな成果をあげている気がします。形や様式にだけとらわれた自由度の低い日本の大学や企業にはそこの部分で劣っていると感じるところが大きいです。それは、世界的にみた日本の大学ランキングが低い事からもわかる気がします。何故低いかと考えた場合、日本の教育に原因があるものと思われます。個個が、暗記などにより知識の詰め込みだけを重視した教育にとらわれ、また偏差値重視により点数をとることだけにとらわれた、オリジナリティの育たない社会風土なども原因の一つと考えられます。オリジナリティのある風土なら画期的な新しい発明が生み出されやすくなります。そしてそれは多様化した思考の中で育つものと考えられます。そしてそれらを育てるものは、大学にあるべきだと思います。これからの入試で見る事項として、オリジナリティを生み出す研究風土が必要な素養になる気がします。その風土とは、批判し合いつぶしあうのではなく、個々の個性を尊重し合い、認め合い育める社会性のある風土である気がします。持論として結論的に言うと、将来的にオリジナリティや社会性を見るテストを大学が実施すべきであると言うことです。
在校生です。正直、良い教師は少ないですよ。
かなり理不尽に説教されました。なぜ、自分?と思ってしまいました。自分の行いが悪くて説教されるのなら、素直に反省できます。他にも同じようなことをしている生徒がいても、目をつけられて目の敵にされたら、成績なんてひどいもんです。挽回のチャンスも与えてくれません。その後、頑張っていても色眼鏡で見られているのがわかります。納得できる説教にしてほしいです。
共学になり、最難関入りを目指している感じです。おそらく、洛南中高をマネているイメージでしょうか。なので、中2、中1生はスパルタ式でしごかれていると思います。生徒ひとりひとりを大切にするとか、個性を尊重するとか、特性を伸ばすとか、疎かにされているように感じます。だから、つまらない小さなことに目くじらを立てて、怒鳴り散らす教師が多いです。授業や学びを楽しんではいけないようです。真面目に黙って、聞いているだけの生徒が好かれているみたいです。
四天医志→高槻となるのはもう時間の問題だと思うので、それはそれで喜ばしいお話には違いないですが、ただそれは女子に限った話ですよね?
男子親としては、女子の最難関入りよりも、まずは共学の難関校としての位置付けを確固たるものにしていただきたいというのが本音です。




































