アートの才能を伸ばす女子教育
神奈川の公立高校生についてのんびり語りませんか?
独特とも言われる神奈川の公立高校についてのんびり語りましょう。
目的は長かった高校受験が終わったことを喜び、のんびりするためです。
議論は避けましょう。
真剣にアドバイスがほしいなら別スレをお勧めします。
2レスにスレ主ルールを書きます。
もう書かないと書きましたが、レスいただき少しだけ、気になったので。
>きりんさんのお書きになった、「先生を立てる風土」というのが曲者です。
というか、すでに時代遅れだと思うのです。
そうでしょうか。
私は教職が聖職だから無条件で立てろ、と思うわけではありません。
目上の人は敬え、親だから偉い、お年寄りも尊敬の対象、というのも、
全てそうですが、無条件で受け入れるのは困難な場合もありますよね。
昔は部活も上下関係が厳しく(今もスポーツや部活によっては、そうかもしれませんが)、
先輩には逆らえなかったし、先輩が目の前を通るだけでおじぎをしたり、
服装(制服)なども、上級生になるまでは靴下や女の子なら髪ゴムやら、
男の子なら、第一ボタンを開ける、開けないやら、それはもう、くだらないといえば
くだらないこと、に神経を使って、上級生になればOK、下級生の間はNGみたいなことが
ありました。
バカバカしい、と言ってしまえば、本当にバカバカしい。
なんで、こんな先輩に気を遣わなければならないのか、なんで親のこんな言いつけを
守らなきゃならないんだ、というようなこともあるわけです。
先輩の言ってることは理屈が通らない、親の言うことも一方的すぎる、年寄りを敬えと
言われても、尊敬に値しないお年寄りも居る・・と。
そして、先生。
当然、先生も人です。いろいろな方がいらっしゃって、トンデモな方、デモシカな方
いらっしゃいます。
しかしながら、学校ではなく職場でも人から物を教わることは、子供の人生、ずっとあるわけで、
そんな時に、上司や先輩に対して新人が
「この人より自分の方が実力あるのに。学歴上なのに。なんでこんな奴から
教わって、立てなきゃいけないんだよ!」なんて思いながら教わっていて、伸びるとは
思えません。
でも、実際は、そんな新人も山のように居ますよ。
そして、それなりに立派な会社にせっかく入社したのに、1年や2年で、
この会社は、自分を正当に評価してくれない、自分の実力を理解してくれない、だから、
こんなに能力のある自分にこんな仕事(下積みだったり、現場職だったり)をさせるんだ、
そんな会社なんてこっちから見限ってやる・・的な優秀な学歴を持つ、お坊ちゃま、お嬢ちゃまが
いかに多いか・・・。
そういうのを見ていると、目上の人を立てる、先生を立てるという文化も、くだらないと切り捨てられる
面ばかりではないと考えさせられます。
少なくとも、自分に対して、何かを教えてくれる人に、まずは感謝する、というのが、時代遅れ、とは、私は思いません。
子供本人に、親の価値観とは全く別の自分自身の価値観が養われていて、いったんは受け入れても、
教わっているうちに、この先生はちょっと・・とか、この先輩は理不尽、などと思うのは
一向に構わないと思うのです。
でも、小学生や中学生は、まだまだ親の価値観=自分の価値観なところがあります、親の影響力は多大です。
その親が、公立の学校なんて、公立の教師なんて、○○先生なんて、とバカにしているようでは、子供は
自分の中では、いい先生と思っていても、その親の態度で、たいした先生じゃないんだ、と思うような場合も
あるのは問題だと思うのですよ。
前に書いたことがありますが、人に物を教える時、もちろん、それだけの知識もなければならないし、そういう意味では
学歴があることも大事だと思うのですが、学歴があっても、物を教えるのが下手な人も居れば、学歴はさほどではなくても、
教えるのも上手、知識もある、という人も居ます。
仕事もそうですよね。東大卒=仕事が出来る、わけではない。
子供がそういったことがわかって、親が何を言おうとも、ぶれずに通学できるなら親が自分の価値観で、先生を下げたり、
公教育を批判しようとも構わないと思うのですが、小中生には無理じゃないかな。できる賢い子(勉強の成績ではなく)も
いるとは思いますが。
それから、私立の学校の先生の方が素晴らしい、というのも、私は実際に私立に勤務している友人の話しや自分の経験から、
ちょっと当たらないなと思っています。
公立の場合、転勤があり、それだけいろんな地域、いろんな保護者と接することがある。
だから、投げやりになる、という先生もいるかもしれませんが、だから緊張感があって、一生懸命な先生もいらっしゃる。
けれども、私立は、転勤もなく会社と同じで同族企業のような私立校もある。
そうすると・・。時代は変わっているのに、何十年も前からのやり方や、自分独自のやり方を曲げず、それこそ
時代遅れの教え方をしている場合もあります。
長すぎたり、経営者と縁故関係があると、名ばかり職員会議があって、各教師の意見をすり合わせてよりよい方向に
しようとしても、その長い時代遅れな縁故があるベテラン教師に一蹴されることもあるそうですよ。
公立だけではなく、私立もいろいろではないでしょうか。
長々、すみません。ここのスレののんびりした空気が好きなので、本当にこれで止めます。
伊予かんさんが、私の違和感をうまく伝えてくださっていて感謝です。
先日たまたま、主人と話していて、
「女の人はとかく、議論=喧嘩と捉える人が多くて、建設的な議論すら
避けようとするのは何故か?」
とのたもうておりました。
今、ふと、その言葉を思い出しました。
さて。私もこれでやめておきます。
学校については、子どもが平和に通えている間は、きりんさんのような
考え方で、私も過ごしてきました。
しかし、子どもがいじめに合い不登校においやられてしまった時、初め
て、学校という組織の、問題意識の希薄さ、問題解決能力の乏しさ、そ
して無責任さを思い知らされたのです。
組織として、終わっている…
というのが正直なところです。
「目上の人を敬う」というのは当たり前のこと。
でも、その目上の人の、とても敬うに値しない非人道的な対応を見せつ
けられて、子どもも親も傷つきました。
一皮むけば、教師も人間。それはそうでしょう。
でも、どういう人間かは、教師だろうと、そうでなかろうと、最低限求め
られる人間性・道徳性に大きな違いはないはずです。
しかし、こうしたトラブルに巻き込まれてしまった時、今まで「先生、先生」
と信じて、敬ってきた人たちの正体は、学校と自分たちの立場を守ろうと
汲汲とし、そこからはみ出てしまった子たちを切り捨てていく人たち、と
いうものだったのです。
問題が小さいうちに発見するアンテナの精度
問題が小さいうちに解決しようとする知恵・スキル
今後同じ問題が起きぬよう、再発防止の努力
これらは、なにもいじめなどの問題解決に限った話ではなく、普段の学校業務
に全般においても、常に意識し、チェック、評価、改善のサイクルにかけなが
ら行っていくことで、学校全体の活動の質が向上していくものです。
こういう自己改善の機能が備わっていない組織の中で、教師だけが変わらず
に、いつまでも24の瞳よろしく牧歌的に「先生、先生」と慕われ、敬われ
ることを夢みている… おかしいです。
先生も人間であればこそ、組織の不備な部分にもっと目を向け、人間一人一人
を大事にする教育に少しでも近づけるよう努力を払うべきです。
そういう教師の姿から、生徒は「本当の学び」を得るでしょう。
単なる表面的・儀式的な長幼の序ではない、本当の人間的な師弟関係を築く可
能性を、組織の努力なしで済ましているのが勿体ない、ということです。
以上、場違いな書き込み、申し訳ありませんでした。
のんびり高校生活について書き込んでおられる方々には、大変失礼いたしました。
子どもはあと10日もすれば公立入試です。
不登校を経ての、ここまでの道のりは大変なものがありました。
それでも、子どもは「中学校はひどい場所だったから、高校でがんばる」と
いう一念で復活し、不登校前に希望していた高校を受験できる学力をつけました。
学校は本当に、これからどうなっていくのか?真剣に考えざるをえない親の
立場からの書き込みでした。
お邪魔しました。
伊予かんさん
個人を批判するようなレスはおやめください。
「教師を立てる」に関しては、個人的にはきりんさんのご意見に賛成です。
とは言え、考え方は人それぞれでしょうし、ここで議論してもしかたがありません。
「熱い議論」がお好きな方は別スレッドを立ち上げることをお勧めします。
「ぬるい議論」なら歓迎します。(^^)
ハンネ忘れましたさん
どうしてそんなに「公立の先生」が嫌いなのにお子さんに公立高校を
受験させるのだろうと不思議に思っていました。
が、最後(?)のレスで、少しわかったような気もします。
部外者が何か言える問題ではありませんが、大変でしたね。
まったくの推測ですが、高校ではいじめは激減すると思います。
がんばってください。
教師に関して申しますと、誰も学歴に関して議論はしてません。
誤解を招かぬよう申しておくと、人を敬うとか礼儀は大事でそこには誰も異論はないと。
要は子供を教育(この教育と言うエデュケーションの当字も疑問だが)すると言う大事な
職業環境が企業など一般社会の世界と隔世の感があり(公立私学は問わないが、少子化
のおり、私立の方が競争にさらされていて企業の論理が働く傾向にあり)、情熱と改善
発展が企業存続の根底にある一般社会と、あえて厳しい言い方をすれば先生という立場に
安寧を求める環境組織社会。学校という職場にも一般社会の良い風をと考えるのは
自然な流れですね。ただ同じお役人の官僚が書いて一部の政治家の思惑も混じる改革議論
そして答申は、残念な内容であったと私は感じたのでした。
私は、一期校二期挍最後の時代で、難問奇問もあり高度経済成長の時代でもあり、猫も杓子も
大学への時代に突入で受験地獄の文字が新聞紙面をおどろおどろしく飾り煽っていた時代
です。でもそこには、不思議と公平感がありました。自分が解けない問題を友人が解いたら
素直に参ったなとストンと腑に落ちたものです。工業高校、商業高校、高専も元気で、
高校から一流企業への就職も当たり前にあり、今思うと良い時代であったと思います。
誤解をあえて恐れず書くと、昔は頭の良い子と頭の悪い子は歴然として差があり、周りも
納得の時代。しかし、中間層が厚くなり少子化が顕著になると、親の往生際が悪くなって、
その権化がモンペなのでしょうね。また、機会の平等と結果の平等を混在して議論する。
その象徴が競争を避け、徒競走での手を繋いで同時にゴールインなのでしょう。
私は、機会の平等が担保されれば学歴にも執着しません。
きりんさん にんじんさん
お気を悪くされたら、ごめんなさい。謝罪します。
議論は避けるルールでしたね。
私の主張に対して、意見が色々出て来たので反応してしまいました。
きりんさんへのレスも攻撃の意図があった訳ではないです。
ハンネ忘れました?さん
お子様の受験が悔いなき結果で、サクラ咲くことを願ってやみません。
高校生活が実り多いものであることをお祈りします。
我が家は経済的に裕福な方ではないでしょう。いわゆるボンビー?家庭です。笑
息子は満足のいくお小遣いも与えられず、アルバイトしていた訳です。
当然に公立中学、公立高校、国立大学と言う道を指向します。
別に偏差値の輪切りでもなく、そこには行きたい道を自分で切り拓く努力
しかないと言う自覚と、結果を素直に謙虚に受け止める潔さを沈黙して昇華
するしかないんです。そんな家庭もあるんです。別に私立大学を否定していません。
部活動を選ぶのだって、なるべく道具などでお金のかからない部活ですし。
これから通う予備校だって、必要最小限の単科にだけ、と言うかそれでやっとなんです。
まぁ、家庭も様々あるわけですね。
そこからの様々な意見や考え方が存在するのです。そこに全員が納得の解なんてないのかも
知れません。でも様々な忌憚んのない意見(人格の否定は除く)を節度を持って述べるのは
決して無駄ではないと思います。
いや、決して、にんじんさんの議論しないルールを比定してる訳ではありません。
そのルールのおかげで様々な家庭を垣間見て様々な価値観に触れる事が出来ます。
そこにある主張や感想の背景に気づきもあり、有益かつ面白いです。
きりんさんの飾らないレスも素敵ですよ。






























