アートの才能を伸ばす女子教育
神奈川の公立高校生についてのんびり語りませんか?
独特とも言われる神奈川の公立高校についてのんびり語りましょう。
目的は長かった高校受験が終わったことを喜び、のんびりするためです。
議論は避けましょう。
真剣にアドバイスがほしいなら別スレをお勧めします。
2レスにスレ主ルールを書きます。
>これらを整理し結論に持っていくのですが、山あり谷ありです。
いや~、山も谷もありすぎですよね。(^^)
いつも思うのですが、ものを数えるのって、ものすごく神経を使うので、
あまり大きな声では言えませんですが、私的にはちょっとナニです。
解答があるようでしたら、すみません、こっそり教えていただけないでしょうか。
(3750くらいでよろしいでしょうか?)
とは言え、「数学マニアのおっさんたち、いい加減にせぃ」という声が聞こえて
きそうなので、この件については、これで退散いたします。
>ニンジンさんのお子様がうらやましいです。
褒めすぎです。(^^;)
しかし、なんでしたら、我が子に直接言っていただきたいものです。
我が子の高校は、正式にテスト期間に入りました。
土日休みだったので、勉強中の我が子に「教えてやるよ」と言って近づいたところ、
覗き込むどころか近寄ることも拒絶されました。
「遠くで見守っていてくれ」とのことです。
妻も「もうかまわないであげて」などと言います。
「そんなわけに行くかぁ~」と本日は荒れ気味のお父さんでした。
野菜ジュースさん にんじんさん
楽しそうで、羨ましいです。
数学談義。
私も少しは理解してみたいと思いましたが、やっぱり問題文が、ん?ん?どういうこと??となってしまいました。
これは、私のとっても勝手な偏見でお二人のことではないので、ご容赦いただきたいのですが、私はどうも理数系の人に多い(気がする)、句読点の少ない切れ目のない文章が苦手です。
もちろん、すべての理系の人が、ということではありません。
身近なサンプルは父。
そして国語は得意じゃないけど、理科が嫌いで文転した夫。
それから学生時代の男友達。
これらの人達に共通したのが、一文が長すぎて主語述語がわかりづらく読みにくいこと、でした。
例えば、そうですね・・。
「きりんは明日は子供の運動会である為、お弁当の材料になる食材を買うべきであることを、往路の電車内でに気づいたが、昨日夫に言われたことを思い出し、途中で電車を降りて文房具屋に向かい、しかしながら、夫に頼まれた用を足す為に買い物を続けると、待ち合わせに遅刻する可能性がある事実に気づき、引き返して再度電車に乗ろうとしたがタイミングが悪く当該電車が車両故障で止まっていたことによるところが、待ち合わせに遅れる一つの大きな要因に、なり得るべき現象と呼ぶのが事実に一番近い」
みたいな文章です。
ん?そんな文章を書くのは、お宅のお父さんと、夫と友達だけじゃない?
ということでしたら、ごめんなさい。
でも、学生時代の友達はレポートを書くとそんな調子で、よく本人にこれ何を書きたいの?どういうことを言いたいの?と聞いては、文章を勝手に直して、こうしたら?なんて余計なアドバイスをしてました(笑)
そして父は、私が里帰り出産で実家に戻っていた時に、とある場所(大げさなものではないです。ちょっとした会合)でスピーチすることになり、その原稿を書いていたのです。
守秘義務があるものとか、そういったことではないので、それを横から見てたのですが(原稿を書いている様子)、これまた、やっぱり一文が長い長い。
昔の人だから、か、わかりませんが、所存であります、とか、所謂一つの、とか、とにかくわかりづらい。
生徒を起立させたまま眠くさせる天才の話が長くて何言っているのか、よくわからない校長先生の演説みたいな感じでしたので、これまた、これ聞かされる人、意味わからないと思うよ、と添削しました。
父は「ふん。わかりやすくはなったけど、改まった場所でのスピーチの文章ではないな。これでいいんだ。」と元に戻していました(苦笑)
最後は夫で、夫の高校時代の友達が、大学受験の際は全落ちして、浪人はしたくない、とのことで就職を選んだのですが社会に出てから、やっぱり大学に行きたいと自分で貯めたお金で20代になってから大学の通信過程か何かに入学したんです。
でも、仕事しながら宿題をこなすのが大変だとかで、手伝って欲しい、と数学のレポートと英語の訳文等が時々、郵送されてきたのです。
まあ、時々といっても2~3回ですが。
お礼に夫が友達に2回ほど奢ってもらったらしいです。
その時のレポートが、最初に書いた理系の友達のレポートと瓜二つで、理系の人の文章って、こんな感じなの?と偏見が根付いた瞬間でした。
もっとも、野菜ジュースさんとにんじんさんの文章は、そんなこと一切ないので、私の偏見というか、優秀な理系な方は文章もきちんとされてるんだと思いますが。
で、何が言いたいか、というと、上に出てきた問題文、途中で一旦区切るとか、文章を分けてくれれば、まだ読めるかもしれないですが、私的には1文になってる時点でもうアウトです。
そしてにんじんさんの書かれてる解答も、多分、にんじんさんに隣でこうですよ、とリアルタイムで解説聞きながらじゃないと理解できないです。
いや、きっとリアルタイムで聞いても半分しか理解できないでしょう。
違うな、解答の式とか数字は理解できても、問題文からその式は導けないですね。絶対に。
ああ、やっぱり受験数学苦手です・・・。
仕切り直して、数学ではない話です。
でも、その前に補足です。
私が書いた例えばの文章ですが、まだ、それでも読み返すと父や夫や友達の文章よりは読みやすいです。(いえ、自慢ではないです。やっぱり私には書けないです。あの特有のわかりづらい文章。しかも、そんな文章が延々続くのです)
さて、本当に違う話にいきます。
野菜ジュースさん
ご自身にも甘くない、きちんと節制された方だということが伝わってきます。
素敵な女性か、と言われれば、私はその努力をまるでしてないのかもしれません。
いろいろ思うところはあるのですが、この人デキルと思う人は、自分にも厳しい部分がありますね。
でも、そういう人も全ての面において、ではないので、ちょっとホッとしますが。
ただ、子1と口論になり、(また、です・・・)
とにかく母は論理的じゃないし、これっぽっちも人を理解しようとしない、と言われ、私としては母として、
「どんなに言ってることが正しくても、身の周りのこと全て親任せで、理屈だけ正しくても、それは親としては認められない、自分のことをキチンとしてから言いなさい」と言ったのですが
「今話していることは、そういうことではない。身の周りのことをしていないのは、指摘されても仕方がないことではある。でも、それを言うべき時は今じゃないでしょ。今話してることは、別なことなのに、どうしてそこにそういうことを持ち出して話し出すのか、そこがわからないし、母は自分のことを理解してないと絶望感を感じる。普通の人ならわかるのに、何故一番身近な存在の母親がそんなことも理解しないのかと悲しくなる。いつもと同じ展開で嫌になる。もう話しかけるな」
と。
私としては、論理や筋が通っていることが、いつも何に置いても優先されるべきこと、ではないというのを伝えたかったのですが、でも、やっぱり筋が通ってることって、大切ですものね。
信頼関係にも起因するから、やっぱり、子供と話すときは筋を通さないとダメなのかな・・とか、色々悶々としてました。
ちなみに子2が間に入ってくれて、子1の味方をしつつ、もつれた話をほぐしてくれました。
下の方が幼くて、可愛くて、いつまでも赤ちゃん・・(は、言い過ぎですが、幼稚という意味ではなく、子供扱いしちゃってた、ということです)と思っていたのがつい数年前まで、だったのに、いつのまにこんなに成長したのか、と、思いました。
夫は出張中でしたが、きっと家に居ても、我関せずか、うるさい、離れろ。
で終わるので、有難かったです。
とは言いつつ、相変わらずのスマホ三昧で、きっと宿題も終わってないのです(涙)。
さて、ミームですが。
時間があったので、いろいろ読んでみました。
私は、少し前、祖父母世代が感じた恐怖の体験時の感情は孫の代まで遺伝するというのを読んだ記憶があり、また、脳死患者から臓器移植された方が、
ドナーの方の嗜好を受け継ぐことがあるという話も読んだことがあり、そういったことも関わった話かな、と思ったのですが、全然違ってました。
心と体と遺伝の話、読めば読むほど、面白いです。
理系・文系ですが。
どうも、親族は理系が多いかな。
余談ですが、数学は苦手でも理科は好きという人は一定数居るように思います。
それは心に理系を残した文系??
でも、理科が苦手で数学が好きは、理系だと思うんですけどね。
最近、文系の中でも経済学部は理系寄り、数学が出来ないと無理、と聞き、
子2は数学嫌いだから、理系には行かない、と公言してるので、文系学部を幅広く考えて、と言おうと思っていたのに、「それと経済学部も数学できないといけないから、行かないから」とキッパリ断言されてしまいました(涙)
いえ、本人の考えなので、そう思うなら否定するべきことでは、全くないのですが、そんな消去法的理由では、まだ絞らないで欲しかったので、涙、なのです。
社会人になったら、数学的思考は随所で必要と痛感してるので、母、ガックリです。
ヒヨです。
投稿の間が開いてしまうと、えーっと何を書きたかったんだっけ?・・・となりますね ^^;
きりんさん、
>うちの子、時々、ヒヨさん宅に変装してヒヨさんのお子さんと入れ替わって潜り込んでないよね?と思うぐらい一緒の発言してます。
外見が似ているという人は3人いる、というような通説がありますが「発言が一緒」っていうのもあるんですね。
思考が一緒、ということでしょうか。
わたしは「あなたのことは理解不能〜」と子には言ってしまいます。
冷たい、とか、それでも親か、とか吠えてますけど・苦笑
「うーん、そもそも考え方が違うから、理解し合うのは難しいんじゃな〜い?」って返しています。
わたしのほうが先に死ぬんだから、あなたはあなたで良き理解者を外に求めて頂戴なーよろぴく!と既に追い出し作戦に入ってます。
>信頼関係にも起因するから、やっぱり、子供と話すときは筋を通さないとダメなのかな・・とか、色々悶々としてました。
「子供の筋」と「親の筋」はどの家庭においても違うものですよね。
まず、ここをお子さんが分かってくれるといいですね。というか分かっていると思うんですよね。
分かった上で甘えている・・・んでしょうかね。
論理的に責めながら、最後は「悲しくなる」などと感情面で訴え出てしまうところがまだまだ子供、なのでしょうかね。
母親の落としどころを得ているとも言えますね。
我が子が辛い、悲しい、となれば「おーよしよし」と親の態度が軟化することを知っているのかも。ちょっとずる賢いですね。
我が子もそんなかんじです。
そして、おそらく。「人に言われた事はやりたくない」というタイプであれば
こまごまとは言わないほうが心身衛生上いいかもしれません。
つづく
ヒヨです。
こちらも試験が近づいて参りました。
本日、子は学校の自習室で勉強している・・・はずです。
某通信教育から送られてた冊子を見て、悩んでいます。ええ、わたしが。
「文理選択を考える本」
これを読むかぎり、最大のポイントは「数3」なんです。
たとえば。
文系でも経済学部の場合、お金の流れを勉強する上で微積分つまり数3は必須。
たとえ入試科目に入っていなくても、大学の授業で必要になるから、結局のところ数学大好物でないと学業つらくなるでしょう・・・・というわけらしく。
つい先日、履修計画表を出さなければならず「数3」はとらなかった、と言うのです。
えっ・・・聞いてなかったよ・・・
受験には必要なくても、目指す学業に必要なら、履修してみて
「こりゃだめだ、ついていかれへん」となれば、進路も見直さなければ、だし・・・?
履修させてみた方がいいのか、どうなのか?
どうなんだーーーぁ!!
よくよく話を聞いてみると「経済学」というでっかい理論を学びたいのではなく、子は「実践派」なのです。
はっきり言って、「4年間勉強はしたものの、起業の仕方も分からない。じゃ、意味ないしー。」というタイプなんです。
ということは、経営学や商学に焦点を当てるべき・・・なのでしょうか。
推薦もあれこれ調べましたが・・・要件が・・・
英検1級とか数オリのファイナリストとか・・・ありえん。
英検1級なら今からコツコツ取り組めば、なんとかなるかも?と話しています。
中3の時、2級にあと3点で落ちました。さあ、ここからどう立て直すか?です。
きりんさん
確かに句読点に関しては、理系には無頓着な人が多いかもしれませんね。
>ん?そんな文章を書くのは、お宅のお父さんと、夫と友達だけじゃない?
私は文章読本系が好きで、いくつか読んでいます。
そこで知っただけですが、谷崎潤一郎とか柴田錬三郎とか、そういう傾向かもしれません。
関係ないっちゃ関係ないんですが、文章と言うと、私は、高校生のとき原民喜に出会いました。
正直なところ「原爆モノ」はつらすぎて読めないんですが、彼の文体に心を奪われ、
一生懸命真似ようとしたことを今でも覚えています。
短文でズバズバ書く系も好きだったので、どっちのスタイルを取ろうか悩んだりしました。
(一言で言うと、バカです。^^;)
以下、原民喜「苦しく美しき夏」の冒頭です。
陽の光の圧迫が弱まってゆくのが柱に凭掛っている彼に、向側にいる妻の微かな安堵を
感じさせると、彼はふらりと立上って台所から下駄をつっかけて狭い裏の露次へ歩いて
行ったが、何気なく隣境の空を見上げると高い樹木の梢に強烈な陽の光が帯のように纏わり
ついていて、そこだけが赫と燃えているようだった。てらてらとした葉をもつその樹木の
梢は鏡のようにひっそりした空のなかで美しく燃え狂っている。と忽それは妻がみた
いつかの夢の極致のように彼におもえた。
きりんさんの文章を読んで思い出しました。
ヒヨさん
>つい先日、履修計画表を出さなければならず「数3」はとらなかった、と言うのです。
えええ。もうそんな時期ですか。






























