在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
中学受験が大失敗に終わりました
四谷大塚の今年度の結果も見て、あらためて絶望感でいっぱいです。
志望校の合否という概念ではなく、
多くの皆さんと戦う土俵にも乗せられませんでした。それが大失敗です。
四谷大塚の結果を見てもわかりますが、ほとんどの皆さんは、Y50前後は最低でもあり、その範囲の中(+-0~8ぐらい?)の学校を受験しているものと思います。
息子は平均Y40までしか上がりませんでした。3年塾へ通った結果です。
あらためて、最低でも50ぐらいの力はある状況で挑ませてあげたかった気持ち、そして志望校をある程度のレベルの中で選ばせる状況にしてあげたかったと、悲しい気持ちばかりです。
もちろんチャレンジとして50前後を受験しましたが、40の子が50以上の学校に合格することは無謀です。
受験率が少ない地域で、塾でのママ友もいなかったので母数は少ないですが、3年大手塾や中堅塾での通塾で平均Y50行かなかったという子を聞いたことがありません。
もちろん公立回避のためだけに6年からの通塾や、偏差値にとらわれず熱望校があったという理由でY30~40の学校を第一志望としていたご家庭もあるかと思いますが、我が家はできれば高い偏差値の学校を目指しておりました。高いといっても攻玉社、高輪、世田谷、巣鴨、城北、成城レベルです。
親主導で通塾を開始し、常時やる気がある感じではありませんでしたし、反抗期もかぶり紆余曲折はありましたが、まじめに塾には通い副教材までは手が出なかったものの宿題は一応こなしていました。土日は夫がメインで教えていました。
転塾などもありましたし、精神年齢も低く受験に対して気持ちが向かないにしても塾に3年通ってこのレベルを目指せる偏差値に行かなかった子供は、かなりレアケースなのではないかと思います。
難関校上位校を目指せるレベルまでには行かなくても、こういった受験にあまり気が乗らないようなお子さんでも中堅校はみなさん受かっているイメージでした。
ちなみに、中学受験をする子には当たり前な話ですが、学校では低学年からもちろん成績がよくテストは90点から100点でした。性格的にうっかりミスはあるものの、先生からも学力は全く問題ないと言われておりました。
優秀ではないし小さいころからの様子を見ていて地頭があるとは思っていませんでしたが、いたって普通の範囲の子であるのではないかと思っていました。
夏期講習の成果が出ず秋の模試で偏差値が上がらないことが判明してから、学校では見落としの学習障害でもあるのではないかと考え始めたぐらいです。
結果として勉強の素質が全くないということでしたら、大学のレベルも期待できないと思っています。
中学受験時(3年みっちり勉強した)の成績は、大学受験の際もあまり変わらないとも思います。知り合いが上記に挙げた学校に行っていましたがもちろん下降した子、意外に下位から上位に行った子なども中にはいるそうですが、ほとんど順位は変わらなかったと。そして大学のレベルもだいたいその通りに当てはまったようです。当たり前ですが今年度の大学合格実績の結果を見ても、中学の学校偏差値がある程度そのままの結果かと思います。
勉強の素質が全くないのであれば高卒でも専門卒でもいいと気持ちを切り替えたいと思いますが、運動もぱっとせず、好奇心も今はありませんので手に職というのも今のところは厳しそうです。
しかも高卒、専門、低ランク大学であれば、公立中→公立高(偏差値低めでも)と同じですよね。
まとまりのない文章で恐縮ですが、質問としては、
地頭がある子は親が関わらなくてもどんどん伸びると思いますが、やはりそういう子ではないということを5年生になるぐらいで見抜いてあげて、その後母親がうまく関わってあげればよかったのでしょうか?(もしくはその時点で公立へ転向するべきか検討)
母親の私がもっとうまく誘導してあげて、向上心を持ち、負けん気のある子に育てていたら違ったかもしれません。中学受験は9割が母親の力という話もありますし。やはり全て私の責任でしょうか?
具体的な学習方法の間違いを早く見つけ出し、うまくやれば伸びたのでしょうか?
それともエデュのお母さま方はレベルが高いかと思いますので、実は同じような感じで我が子のような子も一定数いるのでしょうか?
ただ単に子供の勉強への素質がないということでしょうか?
秋からこのような気持ちが続き、なかなか前を向くことができません。
有難く適正校(40前後)に合格はいただけましたのでそちらに進学いたしますが、最初に目標としていた上記の学校とは程遠くまだまだ光が見えません。そして進学先の学校も3年間塾でみっちり勉強してくるお子さんはほとんどいないと思いますので、入学後もついて行けずに苦労するのではないかと思ってしまいます。
もちろん進学する学校もカリキュラム等魅力のある学校とは存じていますが、Y50以下の学校だったら公立にするという話を事前に子供しておけばよかったのかなという気持ちもまだ引きずっています。
子供は公立には行きたくないようで、今は進学先の学校に気持ちを切り替えておりますが。
同じような経験談をお持ちの方がいらっしゃったらぜひお願いします。
桜の季節が近づいてきましたね。子供の入学式までには前を向いていたいです。
出来ない子を育てるのは苦しいです、本当に。トピ主さんのお気持ち、よくわかります。「出来なくてもいいわよ~」とか「出来ないなりの幸せがある~」とかおっしゃる方がいますが、私には到底そう思えません。
同窓会に出たら、同じ程度のしゃべる能力を備えた同級生集団を見たら、成績ピラミッドと年収ピラミッドで逆転はほとんどないのです。東京で年収1500マ年ぐらいのサラリーマンを目指すなら、偏差値〇〇以上の大学群に入るしかない、と強く思います。
だから、中受に失敗しようが、高校受験に失敗しようが、どこまでもレベルの高い大学や大学院を目指す道しかないのです。だから目標に届かず、常に苦しくてたまりません。
スレ主さん
まるで同じような息子がいます。
Nでしたが、クラスには1年生の時から6年通って息子より下の成績のままだった子も居ましたよ。
息子はこの春中2になりますが、今でも親子とも引きずってないと言えば嘘になります。でも相応校に入りましたので、苦手な事はやりたくない息子にとっては勉強が苦手という意識は自然と減って、自分はこの学校では勉強で戦えると思いだしてからは、徐々に成績は上がってきて、先日の期末試験では上位10%に入りました。ギリギリ合格するより6年自己肯定感が育めるという考えもあります。
「知識や論理性よりも、挨拶を基礎とした円滑なコミュニケーション力のほうがよほど仕事の役に立つでしょう。 」
対置させてこんな優劣をつけちゃって。それでいて自分の意見は「知識や論理性が必要条件」と述べている、と信じてる訳? 非論理性に満ちてる人の主張には、周りの人間を不愉快にさせてご満悦、という所がいっぱいですねー。
スレ主様が挙げられている学校の中の一つに息子が通っています。
どこの学校でも同じかと思いますが、中受が終わって入学すれば、またその学校の中で学力差を感じていくことになります。
ウチの子は第一希望残念組で、今の学校は中受の際の最終持ち偏差値より下の学校でした。
正直、入学までは希望通りにいかなかった若干のガッカリ感はありました。でも、入学して学校に慣れてくると、本人、居心地が良いようで、毎日楽しそう。学習意欲も衰えることなく継続していますし、ストレスなく学生生活を送る息子を見ると、第一希望の学校でなくて良かったのかもしれないと、心から思えるようになりました。
一方、第一希望で、かつチャレンジ受験で合格し、入学してきたお子さんは、学校生活自体は楽しく送っているようですが、勉強の方がたいへんのようです。
また、学習意欲がわかない子も結構いるようです。
先生方も、補習等で頑張ってくれているようですが、高校に上がってっから赤点になれば留年なので、高校中退を選択する子もいます。
まだ中1ですが、高校で違う学校に行くことを検討されているお宅もあります。
要するに言いたいことは、偏差値に関係なく、学習できる環境が整っている学校であれば、自分のその時の学力にあった学校で過ごした方が、余計なストレスを感じることなく、子供にとっても良い影響が多いということです。
もしこの先、お子さんの学習意欲が伸びないようなら、私だったら、とにかく勉強ではないことを思う存分経験させて、まずは、夢中になれるものに出会える機会をつくってあげたいかな。
人間、何でもコツコツ積み上げられれば(好きなことは続けられます)、それなりに社会のお役に立つことができるレベルになると思いますし、そうなれば、本人にとっても幸せでしょう。
大失敗なんかしていませんよ。
持ち偏差値通りの学校へ進学が決まったのですから。
そもそも3年塾に通ったら偏差値50以上になるのが当たり前なわけありません。
息子さんの進学先を恥じるより、
そんなおかしな考え方をしている自分自身を恥じた方がいいです。
あなたの息子さんだけが勉強しているわけではないのですよ?
塾を魔法使いか何かと間違えてませんか?
息子さんが頑張っている間、他の子も頑張っているんです。
相対的に成績がY40よりも伸びなかったのであって、
息子さんが他の子よりも努力が劣っていたならY30に落ちていた可能性だってあったわけです。
私なら上には伸びなかったけれど、そこで踏ん張ったことをまず褒めてあげたいですね。
そして、キチンと実力相応の学校に合格した。
立派だと思います。
それを大失敗というあなたこそ、親として大失敗です。
もっと息子さん自身に寄り添って考えてください。
偏差値の高い学校に行く事だけが幸せではありませんので。




































