アートの才能を伸ばす女子教育
中学受験の偏差値50=高校受験の偏差値65って本当?
中学受験は上位層の子供が多くチャレンジするため偏差値50だったとしても全体から見ればかなり優秀で、高校受験の偏差値だと60〜65に相当するとよく言われていますが、この説に違和感を持っています。(中学受験の偏差値は四谷大塚、日能研の前提)
成蹊、国学院久我山など同系列の中学校と高校の偏差値の違いを根拠に挙げる人がいますが、母集団も受験者層も異なるためこの考えは正しくなく、実際のところは同じお子さんが中学受験と高校受験で偏差値がどのような水準だったかを見ないと分からないと思っています。
そこで、実際に中学受験に取り組んだ経験があり、かつ高校受験も経験している方がいたら、中学受験の偏差値と高校受験の偏差値がどのような水準だったかを教えていただけないでしょうか?(例)中学受験で日能研50→高校受験で60)
なお、個人的な実感として、中学受験の偏差値50はごく平凡な水準で、高校受験でもせいぜい55程度ではないかと予想しています。
以前、小池栄子がMCの番組「ブーケをねらえ(20年ほど前)」で、100人がある映像を見てその内容に賛成か否かをトータライザーで集計するコーナーがあったが、その数字の単位が「恋愛偏差値」となっていた。つまり全員が賛成すれば「偏差値100」となる方式だ。単純に「恋愛支持率」にすればよかったものを、偏差値をよく知らない視聴者に適当な名称を付けて物珍しさを狙ったのだろう(むしろ偏差値を知っている人からクレームが来ないから大丈夫と考えたのかも)。
センター試験から共通テストに移行したが、移行前から徐々に分散や標準偏差を使う問題が増えたと記憶している。そのためITスキルのように徐々に社会に浸透するかもしれないが、いかんせん勉強しない人が多いので格差が広がるばかりな気もする。
ご指摘のとおり、統計的な正しさなんて求めていませんし、そのような事がネット掲示板のやり取りで分かるとも思っていません。
というか、ここで情報交換している人は皆そうした理解・前提の下で話しており、それを理解していないのは通行人様だけのような気もします。
「小6で〇〇ピアノコンクールで20位以内だった子は、中3でxxヴァイオリンコンクールで10位以内になれる」
「小6の100m走で都20位だった子は、中3の110m障害でも5位になれる」
という法則がないことぐらい、さすがに誰にでも分かりますよね。
でも、音楽センスのある子はピアノもヴァイオリンも上手かも知れませんし、中学受験も高校受験も同じ勉強ですから、ある程度の傾向はあるのではないかとも思っています。
>でも、音楽センスのある子はピアノも
>ヴァイオリンも上手かも知れませんし、
>中学受験も高校受験も同じ勉強ですから
>ある程度の傾向はあるのではないかとも
>思っています。
ここは中学受験させた保護者の願望でしかない。
例えに戻ると、ピアノで楽譜は読めるかもしれないけど、手技は違うこと無視してる。もしかしたら「楽譜が読めるだけ有利かも…」程度。
小学校でリコーダーしかやらなかった子と中学で同じスタートを切ったら、3年後どうなるかはわからんよ。本人達がどう中学の3年間を過ごしたかによるのでは?
中学受験でN50程度ってことは「中学受験において基礎や技術も若干怪しい」ってことよ。その土台に高校受験って新しい技術を乗せて大丈夫かは、個々の3年間の過ごし方で明らかに変わる。
話題を本筋に戻すと、
少し前に中高一貫校の受験偏差値(入口)と大学合格実績(出口)の関係について調べてみたのですが、大学合格者数のボリュームゾーンを見ると、偏差値55を超えるとGMARCHが中心になり、偏差値60を超えると徐々に早慶上理にシフト、偏差値65を超えると東京一科が増えてくるという傾向が見られました。
以上より、6年間の過ごし方による浮き沈みや学校の指導力の違いといった要素はあるものの、やはり入口と出口にはある程度の関係があると言えると思います。
同じように高校受験にもやはりある程度の傾向はあるのではないかと思い、偏差値推移や高校進学実績など実体験をお持ちの方がいればご共有いただきたいと考えた次第です。
削除される理由がわからんよ。
そもそも、模試で見る学校偏差値表の性質を全く理解していないよね。あれは「自分の持ち偏差値が〇〇なら、その学校に8割(あるいは5割)の確率で合格する」という、受験生の志望校選択の指標でしかない。
それなのに、「偏差値50の学校」という集団のデータと、「持ち偏差値50の個人」を完全に混同している時点で、データの見方を根本から分かっていない。
偏差値50の学校の内部には、持ち偏差値40でギリギリ合格した子もいれば、60で余裕を持って入学した子も混ざっている可能性ある。「中学受験で偏差値〇〇程度の学校のボリュームゾーンは日東駒専である」と、集団の傾向として言える可能性はあるけれど、それはあくまでそうした多様な生徒たちが集まった「学校単位の結果」に過ぎないよ。
入学時の個人の学力がバラバラである以上、学校の出口データをいくら並べたところで、スレ主が主張している「個人の偏差値換算(中受50=高受55など)」の証明には1ミリもなっていない。
というか、そもそも「同じお子さんの水準を見ないと分からない」というスレ主の前提自体が間違っているよ。たまたま模試で同じ数値を集めたところで、その後の環境も過ごし方も全く違うのだから、個人の推移に再現性なんてあるわけがない。
最初から最後まで、データや統計の使い方が的外れ。
に対する反論。
これも、受験で使う偏差値をわかりやすく解説できたと自負してるよ(笑)
削除される理由がわからん。
模試で偏差値50とされる学校は「その模試で偏差値50あれば〇割の確率で合格できる学校」であって「偏差値50の子が集まる学校」ではない。
そして、高校受験における学校の偏差値は内部進学組を含めたその学校の学力を示すデータではない。あくまでも「高校受験で持ち偏差値〇ある外部生なら、〇割の確率で合格できる」という指標でしかないよ。
結局、学校単位の偏差値を中・高で見比べること自体が根本的に間違っている。
しばらく見にきていませんでしたが、相変わらずですね。
これだけ執拗に絡んでは削除されるのは当然でしょう。
全体の傾向が特定の個人に当てはまらないのなんて当然です。
ただ、特定の個人が自分の子であれば、現在までの経緯を知っている上、将来の成長に影響を与えられる立場にあるので、このまま行くと出口のボリュームゾーンはここで、上はこの辺までいけるケースもある、といったことを知ることは無意味なことではありません。






























