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韓国はなぜ反日か?
韓国ドラマ大好き、などと言っているみなさん、「韓国はなぜ反日か?」
というサイトを是非見てください。韓国という国のことがよくわかっていただけると思います。
二俣川さん、このデータのことですか? どうして1920年を基準にするの? 日韓併合は1910年、日本が保護国化して統治政策を始めたのはそれ以前からでしょう。
朝鮮半島人口の推移
1753年: 730万人
1850年: 750万人
1906年: 980万人(第二次日韓条約により、1905年より朝鮮は日本の保護国へ)
1910年:1312万人(日韓併合条約により、1910年より朝鮮は日本の一部となる)
1920年:1691万人
1930年:1968万人
1940年:2295万人
1944年:2512万人(1945年、日本の敗戦により総督府の統治権は米軍へ移譲)
李氏朝鮮による1877年までの人口調査は、戸主の数で女・子どもの数は含まれていないので、それから推計された人口データもあったが、
韓国教科書からの引用でも、なんと1777年の1804万人から1877年の1689万人へと100年間で100万人(6%)以上減少している。李朝時代こそ貧困と飢餓に苦しんでいたということだ。
1717年 1500万人(朝鮮政府統計683万口からの推計)
1753年 1600万人(嫌韓提示資料(朝鮮政府統計?)730万人からの推計)
1777年 1804万人(崔基鎬による韓国教科書からの引用)
1850年 1650万人(嫌韓提示資料(朝鮮政府統計?)750万人からの推計)
1877年 1689万人(崔基鎬による韓国教科書からの引用)
1906年 980万人(警察調査まま)
1910年 1631万人(警察調査1313万人からの推計)
1915年 1703万人(警察調査1596万人からの推計)
1920年 1763万人(警察調査1692万人からの推計)
1925年 1902万人(警察調査1854万人からの推計)
1930年 2044万人(警察調査1969万人からの推計)
1935年 2221万人(警察調査2125万人からの推計)
> 当時の日本は、過剰な人口増加に悩まされていたからだ。
一応、知ってるんだ。笑
戦前の日本国内も人口増加して政府が海外へ大量の移民政策を進めるほど日本人の労働力が余っているのに、どうして朝鮮人を何十万・何百万人と強制連行してくる必要があるの? あなたの頭の中で、どう整合性を付けてるの??
補足
1905年から朝鮮は日本の保護国となり、実質の朝鮮の施政は日本側が執り行っていた。
朝鮮の人口増加ベースが自然であるとするなら、李朝時代(1905年以前まで)と日本の保護国になって以降の人口増加ベースを比べて、それが自然であるかどうかを判断するべき。
実際、日本が直接的に朝鮮を収める1905年までの朝鮮の人口増加ベースは、上記からも分かるとおり1850年の李朝末期を基準にとると1906年の日本の保護国なった翌年までの56年間に30%程度の増加ベースでしかない。
そして、1906年から日本の敗戦の前年1944年までの38年間の人口増加ベースは、156%という驚異的な増加ベースを辿っている。太平洋戦争中の食料不足の間を含めてもである。
やはり、日韓併合は韓国の人口を増やしたようです。
1753年:730万人
1850年:750万人
*1906年:980万人(第二次日韓条約により、1905年より朝鮮は日本の保護国へ)
*1910年:1312万人(日韓併合条約により、1910年より朝鮮は日本の一部となる)
*1920年:1691万人
*1930年:1968万人
*1940年:2295万人
*1944年:2512万人(1945年、日本の敗戦により総督府の統治権は米軍へ移譲)
>韓国のサムスンは日帝時代に創業した三星商会だが、朝鮮から日本へ米輸出をしていた。日本が米を収奪していたなら、どうやって財閥になったのだ?
上記貴殿からの問いに対する先の私の解答は、OKかな?
常識的な答えでしか過ぎないけどね。
>2027986】 投稿者: ↑あの~ (ID:CxM1ndDRCaY)
歴史学では、先行研究を知るために最新の文献を読むことは重要だ。
しかし、一方で、過去の資料を探求することも大切だろう。
なぜなら、ろくに第一次資料に当たることもなく、執筆者不明で責任不在のネット知識、あるいはあの渡部昇一や
「穢れ」を朝鮮半島の由来とするという、日本史研究者が腰を抜かすような珍説(差別感による妄想か)
を開陳する暴作家の駄本を「根拠」に、むちゃくちゃな所論を開陳する連中が多いからだ。
>日韓併合は米英も承認していた。ロシアも日本の朝鮮統治を承認していた。
石橋湛山は、日本の朝鮮の植民地経営は赤字で、投資しても割に合わないと言っていたが、真に利益を上げていたのは、日本が石油を100%依存していたアメリカだった。
これが何か。何の意図で、ネットで探したのかいな。
理由付けは知らないが、上記の限りでは異論ない。
当時の英米列強は、帝政ロシアに対する対抗からも、日本の対外的侵略に支持を与えた。
しかし、日本がより多くのものを中国に求め始めるにしたがい、米国が反対に廻ったことは周知の通り。
英国も、その後の日本のどさくさ紛れの第一次参戦や米国との関係から、日英同盟を解消した。
なお、石橋湛山は、大正10年の東洋経済新報にて『一切を棄つるの覚悟』『大日本主義の幻想』という、
当時の日本の対外侵略や植民地経営を批判した論考がある。横着してネットでの孫引きばかりしていないで、
たまには図書館に出掛けて第一次資料に直接当たりなさい。
>で、日本の朝鮮収奪論と人口増加との関係た、日本の移民政策と朝鮮から強制連行の関係について、理屈の通った回答をしてみて下さい。
勝手な問題提起をしないでいただきたいものだ。
どうせなら、まず自分自身の考えを述べよ。
朝鮮の人口が増加したと仮定しても、それが日本による植民地経営の「善政」ゆえか。
その当時は、日本も人口が増加していたことに鑑み、他の要因もあり得るのではないか。
過酷な統治をした朝鮮で、善政ゆえ、とはあまりに乱暴であろう。
たとえば、各国での栄養状態の向上、衛生状態の改善などによる平均寿命の上昇などはないか。。
また、植民地下の朝鮮では、「産めよ増やせよ」の政策がとられていた可能性はないか。
いやはや、あまりに幼稚な議論。
今の時代でも、北朝鮮では食糧難で餓死し、衛生・医療も悪いが、当時より「善性」なのだろうか?
しかし、私が日本統治後の朝鮮の人口増加を示したのは、「善性」だったと言っているのではない。
あなたが信じている、日本は朝鮮を収奪し飢餓輸出したということへの反論だ。
朝鮮の栄養状態の向上、衛生状態の改善などによる平均寿命の上昇も、日本が近代化した故だ。
朝鮮も産めよ増やせよ政策? 日本政府は朝鮮人の日本への移入にも手を焼いていたのに?
日本が土地も食料も仕事も奪ったと言いながら、子を産めば育って人口が倍にもなったのか? それほど食料需給を改善したということか。
それから、石橋湛山は晴眼だったが、論文は戦後になってから脚光を浴びたもので、戦前、日清・日露戦争の犠牲を払って得た朝鮮や満州の利権を手放すことなど、政府も国民もマスコミも顧りみなかっただろう。石橋湛山には、もっと頑張って欲しかったものだ。軍部に殺されなければ。
二俣川さんの主張がほぼ的を得ていると思います。
サムソン財閥は、コメ輸出で利益を得たのではなく、解放後の人工糖類の販売によるものと聞いています。確かに創業は植民地時代ですが(右翼と思われる主張の人が、日帝時代という言葉を使うことからして頭が悪い)、大きく成長したのは朴政権の時代です。日本政府が財閥とタッグを組むことによって、日本を大きく経済成長させたのを見て、そのやり方を踏襲したそうです。
李朝時代の朝鮮が貧しかったのは確かです。不衛生でもあったようです。植民地化されたことによって、生活水準は向上したでしょう。しかし、それが主権を奪ったことのエクスキューズにはなりません。主権を奪われ、日常的に日本兵の暴力に怯える、それを貧しさと引き換えだからとあきらめられるものでしょうか。また、韓国民は、日本人以上にプライドの高い国民です。国民性の観点からいっても、この国の植民地化が成功すると考えていた日本政府の無知ぶりは反省すべきものでしょう。
また、どなたかが、中韓露、と中露と韓国をいっしょくたに並べていましたが、中露と韓国は社会制度も違い(中露は長くもしくは現在も社会主義のもとにあり、モラル教育が欠落しています。一方韓国は宗教心があつく、一般の韓国人のモラルは非常に高いと思います。)、同一視するのは誤りです。少なくとも日韓は同じ価値観を共有しています。自民、民主を問わず、政策執行者はそう発言しています。
欧州、アメリカ、アジアと、海外に暮らして10年以上経ちます。日本人が、「理知的で、冷静で、フェアを重んじる国民」として尊敬されているのは、ひとえに二俣川さんのような方がいるからなのだと思います。




































