アートの才能を伸ばす女子教育
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修身と道徳
修身とは、戦前の小学校で教えられていた、今の「道徳」にあたる科目です。
そして、下記は教育方針を明記した教育勅語の12徳目 です。
SS様、あなたは特に読まなければいけませんね。
親に孝養をつくそう(孝行)
兄弟・姉妹は仲良くしよう(友愛)
夫婦はいつも仲むつまじくしよう(夫婦の和)
友だちはお互いに信じあって付き合おう(朋友の信)
自分の言動をつつしもう(謙遜)
広く全ての人に愛の手をさしのべよう(博愛)
勉学に励み職業を身につけよう(修業習学)
知識を養い才能を伸ばそう(知能啓発)
人格の向上につとめよう(徳器成就)
広く世の人々や社会のためになる仕事に励もう(公益世務)
法律や規則を守り社会の秩序に従おう(遵法)
国難に際しては国のため力を尽くそう、それが国運を永らえる途(義勇)
来年の卒業式にむけて、SSさまの目に留まるように時々スレを上げときますね。
こんにちは。
>自衛の戦争
確かに始まりは列強国に取り込まれないため、独立国でいる必要があった自衛のためのものだったと思います。
当時資源のない日本からすれば東南アジアへ目を向ける事は仕方がなかったのかもしれません。
でも、石油などの資源を求めて東南アジア諸国へ手を伸ばしたため、列強国からのアジア解放の側面もありましたが、結果として日本国自衛のための戦争に現地の方々を巻き込んでしまった事実は間違いないのです。
日本はどうすればよかったのかでしょうか?どこで間違ってしまったのでしょうか?
当事者でもなく知識も無い私には全然わかりません。
当時の日本の政策に成功もあったと思いますし、失敗もありました。
満州統治も必要であったと思うし、当時はそれ以外に代替案はなかったのではないかと思います。
列強国に囲まれた日本はどうすればよかったのか・・・。
ただ、先日にも書きましたが、東南アジア諸国の民間人を巻き込んでしまった事実については、本当に申し訳ない気持ちを持っています。
この事実だけは忘れてはいけないと思います。
ここは安倍さんに賛同するのですが、一番大事なことは、戦争にかかわっていない知らない世代にこの問題を渡さない努力をするべきだと思います。彼らには歴史の正と負をつたえるだけでいいと思います。
その上で、近隣諸国と和解の道を探るためにも、当事国同士でどこかに落としどころを見つけていかないといけないですよね。
イワンのばか様
>>9条を守りさえすれば安心だと言う人々は、それを徹底してさえいれば戦争をしなくてもすむというまやかしに捕まっているように見えてしまいます。(ひまわり)
>ひまわりさんは軍備をもっていれば戦争が起きないと考えておられるのでしょうか? (イワンのばか様)
いえ、一定の抑止力にはなるでしょうが、そんなことは思っていませんよ。
私は、軍備を持つ意義は国軍による国防のためだけだと思っています。
集団的自衛権も賛成です。
そのためには憲法改正し国軍化にすることが前提です。
他国の誤った戦争に巻き込まれないために。
なんてシンプルでわかりやすいんでしょう。
もうええんやけど、一応貼っておきます。
>>>中国や韓国も、侵略戦争当時未だ幼少であった明仁天皇自身の責任には言及していない。
(二俣川様)
>>では、韓国元大統領の天皇謝罪要求発言、あれはなんだったのでしょう?(ひまわり)
>周知のように、当該前大統領による発言は韓国内でも勇み足だったとの否定的評価が一般だ。
むろん、私も同様である。
ただし、被害者国民の大統領として、加害国の現在の象徴としての明仁天皇に対し、父親であり、当時の統治者(元首)であった昭和天皇の愚行に対する謝罪を求める趣旨であるならば、
それ自体は否定されるものではない。一般でも、親が仕出かした非違行為につき、その子どもが謝罪すること自体はよくみられる事象である。むしろ、人としての常識でもあろう。(二俣川様)
言及していた事にはまちがいないんでしょう?言及してたんでしょう?
何が「勇み足」やら「ただし」やねん。言う事ちゃうのに何を都合のいいことばかり。
「人としての常識」が泣きますよ。
こんなこと、チクチク言いたくもないのですが、もう目に付いて一言言ってしまうのだ、
どうしよう 涼涼
明日は気持ちを落ち着かせて、投稿して行きます。
>日本はどうすればよかったのかでしょうか?どこで間違ってしまったのでしょうか?
>当事者でもなく知識も無い私には全然わかりません。
そうですよね。
もちろん、私にもわかりません。
それに、ひまわりさんのおっしゃるように、当時の状況を鑑みれば、当時の人たちにとっては「仕方のないこと」だったのかも知れません。
ただ、今振り返ってみれば、他国の方も含めた多くの命を失う結果があったことは紛れもない事実であり、その結果からすれば、「何かが間違っていた」ことも、また、事実なのでしょう。
それが、全て日本国のせいであったとは言いませんが、日本国は何も間違っていなかったとは決して言えないのだろうとも思います。
だから、私たちは、
「この道を選ぶことが、将来的に『間違いだった』と評価されることにならないか」
ということを常に考えながら、今を生きる日本人として思考し、行動するべきなのだろうと考えています。
この考えは、決して、内向きな思考ではなく、反対に前向きな思考につながるのだと思います(反省のないところに前進はないという感じ)。
今、安倍さんの言っている「自衛」は、本当に日本国にとっての自衛なのでしょうか?
>他国の誤った戦争に巻き込まれないために。
ということを前提にして考えてみると見え方が違ってくるのではないか。
そんな気がしています。
>私は、「反省」と「謝罪」は別物だと思っていて、いつまでも「謝罪」を続ける必要はないけれど、日本の未来を考える上では、やはり、多くの無辜の命を奪った戦争に対する「反省」は必要なのではないかと思っています。
本来「反省した後に謝罪」と連動しているものだと思います。
反省はするけど謝罪はしないって、どういう神経?と思われるのが普通でしょう。
大体反省も謝罪も、それを起こした当事者がするものであって、直接関わっていない人がするものではないですよね。
それでも日本という国家として今まで反省も謝罪もしてきましたが、
当時の事情を知ることもできない人が一体何をどう反省しているのか、私にはよくわかりません。
単なる現代の物差しによる評価で、「力で負けた」から反省となったにすぎないでしょ。
太平洋戦争のことは無謀で愚かな戦争を始めたと散々こき下ろされるけど、
日露戦争だって十分無謀で愚かな戦争だったはずなのに、たまたま運良く勝てたから、
誰も責めないし、反省もしてない。おかしな話です。
我々含め後世の人間にできるのは、反省ではなく教訓にすること、
過去の認識と未来の心構えだけじゃないでしょうか。
それも「二度と戦争はしてはいけない」なんてところで足踏みするのではなく、
もっと外国の思考と志向を知り、どう対応するかを熟慮する必要があると思います。
日本人の感覚で考えると、世界の中でとんでもなくズレていくように思えてなりません。
例えば、ドヤ顔の二俣川が、反省し謝罪すべきだと偉そうに言うときに、誰が何に対して、何を謝罪すべきと言っているのか意味不明であり、
まずは、その中に二俣川自身が入っているのか説明すべきだろう。
何ら説明が無いのならば、自分のことは図々しく蚊帳の外に置いているのである。正しいオレサマが、罪深い日本人を教え導くのだという妄想でもない限り、あんな態度はとれまい。
笑
おはようございます。
>だから、私たちは、
「この道を選ぶことが、将来的に『間違いだった』と評価されることにならないか」
ということを常に考えながら、今を生きる日本人として思考し、行動するべきなのだろうと考えています。
この考えは、決して、内向きな思考ではなく、反対に前向きな思考につながるのだと思います(反省のないところに前進はないという感じ)。 (ふふ・・・様)
昨日、この書き込みを拝見して心が震えてしまいました。
そうです、それは決して内向き思考ではなく将来に向けて考えていくことに繋がるのだと私も思います。
私は、今現在や未来のすべての子供たちが健やかに生きていく事を考え努力して国をつくっていくことが一番だと思っています。それが外交や環境に上手く繋がっていくことだといつも考えています。
浅はかだと思われるかもしれませんけれど 涼涼































