今年入学した高1生が語る青春リアル
エデュ川柳partⅡ
0歳児
待ち遠しいのは
母の声
何で書き禁になったのかわからないです。
荒しは、ご遠慮ください。
楽しみたい方もいらっしゃるので。
金じゃない 命だろうとは 良き日本
アメリカには救急車を呼ばれた重篤者が「大丈夫です~!!」と言って走り出すという、そんな笑い話がある。救急に運び込まれた患者は、皆、治療されているのだろうか・・・
冠水の多い国に住んだことがある。そこでメルセデスは人気ではなかった。BMWの5。そのときは運転手が居たので、私は一度もハンドルを握っていない。いま思うと、一度くらい運転しておけばよかったと思う。いまは、国内で外車に乗るのは○○という主張の主人に従って国産車。習い事のお迎えで、外車群に小林一茶されてしまう(苦笑)。
人の判断。
正しいとする基準は、どこに置くのか・・・
温まる おのが非礼の詫びの灯り
保険の宣伝ではないが、「もらい事故」というのがある。自分がどれほど安全に気をつけても、事故にあう確率をゼロにすることはできない。車間距離を100メートル空けたとしても、100メートルには0から100までの幅があり、どの位置に車が割り込んでくるかはわからない。ドライブレコーダー。このおかげで無理やりな責任をなすりつけられる人が随分減ったことだろう。
蛇足だが、自分の車のほんの目の前に入り込まれてこちらもひやりとしたような場合にハザードランプの挨拶すらなかったら、私は冷静でいられない。逆に、そのような詫びの意味の挨拶があると、「どうぞ、どうぞ。」の気持ちになる。
口にせぬ気持ちの共有知る朝は
人に敢えて話したりはしないが常日頃自分が思っているようなことを他人も思っていると知ることは、嬉しい。
なるほど。
勝手にこちらにお返事内容のつぶやきを。
用心は 責任不在の 主張にも
【6273674】のコメント、自分のような運転をすれば大丈夫という内容の書き込みを見て、私はもらい事故のことを思い出した。自分が安全に運転しているから事故が起きないわけではない。どんなに用心していても、ヒヤリ、ドキリとする状況は生じる。自分が事故を引き起こす確率を減じることはあるだろうけれども、自分が安全に最大の配慮を払っているときであっても、自己の引き起こす事故発生の可能性は、なくならない。自己への過信に気をつけろとは、私は自動車学校で習ったことだ。
すれ違い ぶつからぬとも 軽き会釈
歩道や階段で優しい気持ちになる瞬間です。「冷静でいられない」は強すぎた表現だったかもしれませんね。




































