今年入学した高1生が語る青春リアル
エデュ川柳partⅡ
0歳児
待ち遠しいのは
母の声
何で書き禁になったのかわからないです。
荒しは、ご遠慮ください。
楽しみたい方もいらっしゃるので。
出る入れるグローバルには質無しか?
以前、「日本の若者は海外に出ろ(発展途上国に、だったなあ)!」と言ってたおっさんとバトルして「ばあさん」と呼ばれた(当時は「ばあさん」ではなかったと主張させていただく)。発展途上国で会った日本人バックパッカーに好印象は私にはない。さらに、今回のタイの強盗に至っては・・・
ある人のブログを見て、頷いた。他所から招き入れるのだって、現時点で日本を選んでくる人ですよ?日本の若者より有能とは限らないでしょう?日本の若者の活用ももっと積極的に考えましょうよ!と、理由は違うのかもしれないけれど、対処への考えは同じと思った。。。
よそ様を早慶かと負のスパイラル
頑張ったのに東大じゃなくて・・・、早慶でおめでとうなんて・・・、なんぞとほざくお前も元凶じゃ!そんなことも思い当たらないのかなあ?まあ、ほざく当人が東大出身者なら致し方ないですけどね、早慶を評価するのも同根の理由によるものですから。
補足です。
早慶の人も、同じような感覚を持っている人がいる、ということを言いたかったのです。だけど、終活を前にして、本や映画で碑文なんてテーマを目にすると思うのです、人の評価はいつの時点で行うべきなんでしょう?
生命に関わる仕事に貴賤なし
医者は取り上げる必要もないだろう。
でも、農業だって、ほかに仕事がないからなんて理由で始めてもらっても困る(いままでは、そのパターンが主流だったのではないか?)だろう。介護・福祉関係もそうでは?
そういった職業への人々の評価からはじめて、待遇の改善などを進めていく必要があるのではないかなあ?数の問題ではないのでは?
格言の『紋切型』の是非問いて
誰にでも当てはまるものでなければならないが、そうであるがゆえに細部に至っては定型にするわけにはいかない。融通が可能な程度とフィット感のジレンマですね。。。うーーん。。。ちょっと心に響いた。
金銀のいずれか勝ると観て思い
雄弁は銀、沈黙は金なり。
必要以上の口は身を滅ぼす、という趣旨。会見を見て、すぐさま脳裏に浮かんだ言葉。
またひとつ、思ったことがある。きんさん、ぎんさん。姉がきん、妹がぎん。100歳を迎えて、心穏やかに向かいあう。
たったひとつの座を廻って、相手の不幸でしか自分が座ることができないという立場に立たされた一般に競争を好むとされる男子(共学・別学スレ参照)に、どのような戦い方があるのか。50歳を超えて、座を約束されて育った男子と不確定であるのに他の人生を選ぶことが許されなかった男子が向かいあう。。。
ふと、そんなことを思ってしまい、それからはただ辛く思う。。。




































