アートの才能を伸ばす女子教育
どうして出禁にできないの?
エデュで昔からいたコテハンの方々 いつの間にかだいぶいなくなりましたが、今はコテハンにしてないけど(というより同じスレで何度もHN変える)昔からいる偏った強気の思想の方
本当にムカつく それが正当ならまだしも受験生にとって何の役に立たない。
賛同する人もいないだろうし、みんな気分を害してるだろうし、なによりも考えが偏りすぎていて有意義な情報にならないのに何故出禁にならないのだろう?
今コテハンにしてないからエデュの運営で把握することができないから?
本当に毎度毎度イライラして、登場した途端そのスレを読む気がなくなる。
確かに誰でも参加できる掲示板かもしれないけど何とかできないものなのかしら?
やはり私とは異なる議論であるような気がする。私はあくまで、高度に発達した資本主義社会で額に汗して働く人々が搾取され、虐げられてきた歴史をあらため、人間性を取り戻すための闘いにとともにありたいと考えているのである。
そこで、私たちは、近代的産業資本の展開形式たる等価交換の背後の「生産過程」で労働者が搾取されていると指摘する。そして、人間社会を不断の発展・運動の過程とらえる史的唯物論は、社会自体の内部にある根本的矛盾を社会発展の原動力とし、その矛盾は上述の生産手段の変化に伴って生じる生産力の発展と人間の生産関係の間の不均衡ならびに矛盾の衝突の関係としてとらえる。
そして資本主義社会においては、国独資において生産力を著しく増大させ、生産の「社会化」を発展させる。しかしそれは、同時に資本家による生産手段の私有との矛盾を拡大化させ、社会的生産のさらなる発展のためにその「私有」は大きな障碍になっていく。
そのようななか、資本主義社会において労働関係は、労働力という商品の売買の関係として形成される。したがって、そこでは一般の物品売買と同様に契約自由の原則が支配する。だが、確かに契約自由の原則は形式的には承認されるが、実質的には労働者は不自由な立場で労働契約を締結せざるを得ない。
(続く)
(続き)
そこで、われわれの最初の疑問は自由な契約を媒介として労働関係の形成が建前上予定されているにも関わらず、なにゆえ労働者は不自由な立場で使用者に従属した契約を結ばざるをえないのか、という点である。しかも、資本主義社会は利益追求の社会であり、その利潤は上述の労働力の搾取によって産み出されると考える。それゆえに資本は、労働力を最大限搾取できる状態を作り出すことに狂奔する。それには、可能な限り長時間労働を押し付け、低賃金で労働者を使用することが便宜である。
ご承知のようにエンゲルスは『英国における労働者階級の状態』(1845年)でそうした悲惨な事情を報告したが、残念なことに今日の日本でも財界側によるこの機に労働の規制緩和を推し進め、強行法規たる労基法の解体ならびに「裁量労働」の拡大、「高プロ」の導入、「派遣法改悪」「無期雇用労働化の骨抜き」をときに議会内利益代表たる自公両党による強行採決でもって強行した。
その結果、現在でも名ばかり管理職の無制限長時間労働、固定残業制の悪用、テレワークによる労働時間の過少認定による長時間労働隠ぺい、深夜交代制勤務といった過重労働の放置、さらに最近では業務の外注化―名ばかり「自営業(労働者性を否定され、労働法の保護対象外におかれる実質的労働者)」ーの増大が社会問題になっている。しかも、労災申請事案(脳・心臓疾患、精神疾患)の増加にもかかわらず、自公政権による合理化策動によって労基署労災担当者が削減され、被災者、遺族救済に深刻な悪影響を惹起しているのである。
企業が外注を使わず大勢の社員を抱え仕事が回せる程の体力が足りないとも言えますが、外注に出している企業ばかりの責任ではなく、外注先が直接仕事を取って来れない社会的信用が足りない問題もあります。
外注先の代わりに営業をし仕事を受注し外注先に信用を貸していると考えると、全くの不平等とも言えません。
企業経営者の方々が書き込みをしてくださるとは思わなかった。(少なくとも、そう思われる)
世界的なディスインフレ、デフレのなかで、労働者も経営者も苦しんでいる、ということですかね。
こうなると、植木等みたいな無責任サラリーマンがもてはやされたり、銀座のクラブが満席の宴を繰り返していた、高度経済成長の時代が懐かしい。
このスレは、F氏糾弾が目的で立てられたみたいだけど、結果的にF氏ワールド全開のスレになりましたね。
私も彼の自作自演のアバターに間違えられていたみたいだし。笑い
やっぱり、役者が違いますね。
それにしても、F氏の、「額に汗して働く人々」というのは、何とかならないものか。
私には、高額所得のプロ野球選手やプロサッカー選手の爽やかな笑顔が連想されて、どうにもやるせない。苦笑い
日本は優しいから、多重下請構造がまだ残っているのでしょうか。
アメリカ国内での多重下請構造が崩壊したのは、ITに限ってはインドで開発を始めてからです。最初は元請けが上流工程をしてインドに仕事を外注していたところ、外注先のインドで上流工程の設計まで行えるよう力が付いてしまい、アメリカ国内の中小ベンダー崩壊が始まりました。
アメリカ国内の多重下請構造崩壊は、アメリカ国民にとっては嬉しい兆候ではないですね。































