女子美の中高大連携授業
中学受験した結果が「残念」と思うのはどのラインまで?
理科大に通う子を持つ親です。
小学5年生から塾に通って頑張って勉強してきました。
中高一貫の給費生にも選ばれ、親としてはそれなりにサポートはしました。
子は得意な科目は一生懸命勉強していましたが、不得意科目はさほど伸びず、、
結果、東京理科大でした。
大学受験では残念な結果もありましたが、私は子供が行きたい学部に進んだので「よし!」と思っていますが、同じ中受を経験したお友達親に「理科大に決まった」というと微妙な反応。
残念と思われているのかなと、ちょっとモヤモヤ。
皆様は中受までしてどのラインが許容範囲ですか?
東京一工?旧帝?早慶?駅弁?MARCH?関関同立?
結局、勉強に対する才能というものがあり、一定量以上の勉強を経れば結果は才能の差になる。
日本人はスポーツだと才能を認めるけど、勉強についてはなかなか才能を認めない。
昔は猫も杓子も中学受験、ということはなかったので、一部の熱心な家庭が中学受験してそれなりの学校に入っていた。当然才能がないので中学受験してもその先で途中で落ちこぼれる者もいたわけだが、そんなものだという了解があった。
ところが塾産業が過熱し、少子化で一人当たりにカネをかけることもできるようになり、高齢化・人口減少・政治の停滞で日本の将来への不安が増したことで、中学受験熱が過熱してきた。
当然、才能のある子が増えるわけではないので、中学受験までしたのに理科大に進む子も増えるということ。
だから今の時代は許容範囲がどこというのもなくて(昔なら早慶ぐらいだったとしても)、中高一貫校に進んで進んだ学校がその子の限界値だといえる。
その意味では、公立に進んだ子は、中学受験していればもっと・・・という気持ちにもなる分、夢が見られるというメリットと、後悔が続くというデメリットがありその人次第。
まあ、4年して就職したらまた景色が変わるし、それから10年もたてば「さすが東大いったからね~あの子」というセリフよりも「東大行ったんじゃなかったっけ?あの子」というセリフの方を多く聞くようになるので、受験エリートも結構つらい人生なのですよ。
だから進んだ学校が自分にとって最高の場所なのでは。
》それら公立中のごく普通の子たちと結局同じ最終学歴になってしまう。
せっかく中学受験して私立中高一貫へ行っても、公立中のごく普通の子と同じ最終学歴では残念、と言う事でしょうかね。
では、公立中でもごく普通ではなくて、公立中でもどの程度と同じ結果であれば満足なのか。いや、どの程度でも同じ結果なら、お金を掛けなかった方が良かったのか。
なら公立中高から塾無し現役東大もいる訳で、私立中高一貫から現役東大でも、同じ最終学歴では満足出来なくなるのか。
私は母子家庭育ちですので、中学受験なんて出来る環境ではないことは重々承知。
東大なんて最初から無理。才能もこれといってないのは明白。
東大は無理でしたが、東京にある国立大を卒業しました。
あまり知られていませんが、東京の多摩地区にある国立大は、その地域にある大学間で認められる単位があります。
私はそれを利用して国立にある某国立大の”投資”に関する授業を受けて、それを実践した所、既に”裕福層”の仲間入りが出来ました。
高校時代からアルバイトもして、早くから少しは世の中の仕組みが判り、お金の大切さも学びました。
確かに中学受験すれば、東大に入れるかもしれませんが、それは入試での勉強だけです。私の廻りでも若い頃から投資をしている人は殆どいませんでした。
話が逸れてしまいましたが、入学難易度にばかり眼が行ってしまう親御さんを
観ていると、社会人になってから何をまずどうすれば良いのか?
判っていない人が多すぎるような気がします。
大企業に入っても、出世競争は激しいし、給料が順調に上がっていくのはほんの
一握りの人しかいません。
であればもっと社会に出てからどのように資産を作っていくかどうか
どうやって生きていくか?という事を考える事も必要なのではないでしょうか
周りの子供たちがどの学校に受かったか、あれこれ屈託なく話せるのはせいぜいが中高まで、それすら色々な事情で話したくない人もいるもの。
大学、就職先となると様々すぎてあまり詳しくは聞いたり話したりしないようになりました。
もう、健康でいかに楽しく暮らすかだけに話題の中心がうつり、子供たちはそれぞれの人生を勝手に歩んでいる、という前提で友だちと語り合っていますよ。
子供がどこの学校でもその子の努力の結果ですから、頑張ったね、で良いのでは?




































