在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値
この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。
2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝
適性様
ほんと、、なんで消されてしまうんでしょうね。涙~。
視点様の方が、よっぽどの事書いてらっしゃるのに。。。
またまた、適性様の書き込みに、パソコン前で爆笑してる私です♪
視点様
視点様の大好きな亀田兄弟は、子供時代、学校行かずにボクシング漬けの生活でしたよね。
以前、長男か、次男か忘れてしまいましたけど「学校でも怖がられていたでしょう?」ってインタビューで聞かれたら
「俺、ほとんど学校行ってなかったから、学校で怖がられるって思い、そんなにあらへん。友達ほとんどおらんかったし。」って言ってました。(ワイドショーも面白いですよ)
一番大事な人と関わる部分を放棄して、同年代の子供と遊ぶ事もしないで「チャンピオン」ですね。
これって、視点様的にはどうですか?
そして、ボクシングでチャンピオンになる事と、お医者さんになる事と、単純に「どちらが社会的貢献?」と問われれば、誰がどう考えてもお医者さんの方が圧倒的に人のためになる仕事なんじゃないですか?
ボクシングのチャンピオンを目指す若者が「社会のため」と思って苛酷なトレーニングを行っているでしょうか?
もちろん、彼らの闘っている姿は見る者を感動させるでしょう。
でも、お医者さんほど直接的に彼らは人を救いません。
お医者さんになりたい子供達、うちの息子の学校は多いです。
「親がこんな患者さんを救った、お父さんはすごいと思った。」
「自分が昔病気で、お医者さんに助けられたから」とか、みな純粋な動機の子が多いですよ。
特に、お医者さんのお子さんは、親を通してお医者さんの苦労も見てきているので、半端じゃない志のお子さんもいます。
ちなみに、私は亀田家の長男好きです。
彼、エエ顔してます。
次男はまだ、顔が出来てませんね。
余談でした。
で、、、シルバースプーン様や、適性様の質問に、ちゃんと答えて下さいよぉ~。
野球やボクシングは学生時代の練習がプロにつながるんですよね。
社会で活躍するために勉強は必要だし基礎学力は必要。
でも「必要以上の」受験勉強は社会での活躍に全くつながらない。
不要であり無駄なのです。
与えられた問題を解くことに慣れすぎると、自らテーマを探し探求していくという積極的な探求能力が失われてしまうことを考えると、無駄なだけでなく有害なのです。
>「親がこんな患者さんを救った、お父さんはすごいと思った。」
>「自分が昔病気で、お医者さんに助けられたから」とか、みな純粋な動機の子が多いですよ。
自分を犠牲にしてでも患者を救いたいという志をもって医者を目指す人は目指せばいいと思いますよ。
そうでない学生が少なからずいる気がするのは勘違いですかね。
某中高一貫校に長年勤める体育の先生が
心不全で倒れられたとき・・・
入院先の救急病院に、
全国津々浦々、何人もの外科医から
「私に治療させていただきたい」旨の電話がかかってきた。
その救急病院の医師たちは
「この患者はいったい何者なんだ?」とたいそう驚いていたとのこと。
教え子の執刀で命を救われた先生は
今もその中高一貫校で教鞭をとっておられ、
この話を生徒たちにうれしそうに語られるそうです。
「地上の星」はいるんですよ、全国津々浦々に。
私立出身であろうが、公立出身であろうが、
頑張って生きている人を、ましてや子どもたちを貶すのは
まっとうな大人のすることではない。
と、私なんぞは思います。
>そうでない学生が少なからずいる気がするのは勘違いですかね。
確かめるためにも東大に入りましょう。ご自身の目で確かめないと信じられない方と思います
のでぜひ入りましょう。司法試験を受けていると思えば、何歳であっても東大受験してもおか
しなことではありません。加齢とともに記憶力が減退するとの考えは医学的には間違いですか
ら、日々時間に余裕のある視点さんならば頑張れます。
20年以上前は知りませんが、それ以降は志がない人って他学部に入りますよ。
5年半必死に勉強して研究課題もみつけながら卒試受け、やれやれと思ったら卒業までの数ヶ月
は国試の受験勉強もして、お上に気に入られるようにも行動して・・・・
志がなければやれるものではありません。
もっとも志はあっても職人の世界ですから技がない者はいるでしょうけれど。
>野球やボクシングは学生時代の練習がプロにつながるんですよね。
プロへの道が存在する場合は、その努力は、価値があるって論法か?
毎年、何人がプロになれて、何人が活躍できるんだ?
99%の子供は、全てを野球に時間と努力を傾けても、どこかで、プロ無理だとわかるんだ。
これは、全く悪いことじゃないけど、事実だろ。
分かってしまってから以降は、職業とは別の意味しかもたなくなる。
甲子園が目的だったり、楽しむことが目的だったり。
プロには、「ほとんどの子」はつながらないんだよ。
そんな子にとっては、どんな努力も、職業という視点では、無価値な行為になるな。
だってそれでは、食べられないからね。
>でも「必要以上の」受験勉強は社会での活躍に全くつながらない。
>不要であり無駄なのです。
学問に本当は、必要以上というラインなんて存在しないんだよ。
これより先に行ってはいけないとか、そんなこともない。
行きたければ、行けばいい、知りたければ、知ればいい。
あるのは、試験範囲かどうかだけだ。
これ以上は、不要とか無駄とかいうラインを設定してるとしたら、それこそ、間違ってる。
そんな線はないよ。
学問は、社会の活躍とも直結しなくても、まったく問題ないってことも、理解してほしいね。
>自分を犠牲にしてでも患者を救いたいという志をもって医者を目指す人は
>目指せばいいと思いますよ。
>そうでない学生が少なからずいる気がするのは勘違いですかね。
仕事ってのは、自分の時間を、相手の為に、ある意味犠牲にすることでもあるけど、自分の人生を犠牲にして、全てを捧げることを誓えってのは、『過剰』な要求だよ。
仕事に割く時間の問題だけではないからね。




































