女子美の中高大連携授業
私立中学の価値
この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。
2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝
本日、出張前に買って、一気に読み、電車の中で、抜き書きをつくるつもりで、感想を打ちながら、さきほど帰宅しました。
ネタバレなので、不快に思う方もおられるかも知れないが、もういいよね。
超長文、あまり受験と関係ない、私の私的体験との対比が多い、というものなので、読み流してください。
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益川先生と山中先生との対談、おもしろかったです。そして、非常に考えさせられました。
科学者になり切れなかった私と比較して、悲しくなったりしました。
私は、山中さんの言うことは、非常によくわかり、感心することしきりです。一方で、山中さんがどのような研究指導者か、予想できます。益川さんは、非常に尊敬でき、人間的にすばらしい人だと思うけれど、どうもよくわからないところがある。どう考えても間違っているんじゃないかというところもある。生意気だけれど、そういうところも書いてみます。
私の中に生じた妄想
山中先生と、私の知人二人が、非常に近い距離に居ることに気付きました。
一人は、バリバリの臨床系だけれど、再生医療でたいへんに注目される、日本を代表するような成果を挙げている。山中先生といっしょにやらないかな、と妄想したりしましたが、やはり、京大の臨床屋が出てくるんだろうなと。
もう一人は、企業の人で、山中先生の発言に何度も出てくる装置(DNAシーケンサ)の原型を開発した人です。現在の、遺伝子関連のほとんどの研究のベースになっており、日本が世界に誇る発明と思います。私よりはるか年上で、何回か、ノーベル賞候補、と書かれたこともある、大家ですが、あるご縁があり、いろいろな話をさせていただいています。
山中先生がこの2人が一緒にノーベル賞だったら快挙、という妄想。
もっとも驚いたこと。
益川先生が、何日も徹夜で考えたことが2回あって、2回とも、学生の博士論文の誤りを修正するためだった、というくだり。私の先生も非常に面倒見のいい人だったけれど、普通、博士論文の指導は、こういう感じにはならないです。というか、こんなにやさしい先生、聞いたことも無い。研究テーマ、進め方、論文のまとめ方の指導はしてくれるけれど、根幹の部分は、学生がやる、間違っていたり、結果が全然出なかったら、もう一年頑張ろうね、あるいは、退学してどっかに就職したら、で終了。
学生と同じ目線で理論を構築できる若い頭やエネルギーを益川さんが持っていたことと、それを学生のためにやる優しさ、やはりタダものではないですね。
私の考え方が間違っていたのではない、と意を強くしたこと。
ひとつは、プレゼンテーション能力の重要性。山中先生が強く指摘しておられます。益川先生との、時代の差、分野の差を感じます。あんまり、私は、英語英語言い過ぎて、一部に不興を買ったかも知れませんが。もうひとつは、人脈の重要性、一流誌のエディターとファーストネームで呼び合える関係になっておかないと、という、これも、山中先生の指摘。これは、確か、私は、裏筋をつかむ重要性、というような書き方をしたと思います。
益川先生は、あんまり同意していませんね。内容こそすべて、という主張に見える。これはこれでピュアで正しいのだけれど、益川先生の分野と時代だから成立したんだろう、という気がします。
今でも、理論屋さんで、パワーポイント1ページに数式が15行ずつ書いてある、これが10枚も15枚も続くようなプレゼンをする人もあり、もっと信じられないことに、このプレゼンに関して、けっこう盛り上がった議論が行われることもあり、まあ、いろいろなんでしょうが、益川先生の分野は、こういう感じの人も生きていけるのかも知れません。
回旋型の人生
私の人生が客観的に回旋型かどうかわからないけれど、私の会社の中では、明らかに、回旋型ですね。実は、私の入社したときの部隊は、リストラで、雲散霧消しております。不幸なことに、リストラのとき、私は、ジェネラルマネージャー補佐のような立場で、GMの人物金の手配を手伝ったり、サブプロジェクト間の調整をやったりしていました。ここで、経営判断が下ったので、仕方なく、先輩かたがたの行き先を、社内外に求め、一人づつ交渉してはめこんでいきました。私自身は、後始末を終わった後に、前から興味のあった、まったく異なる分野の開発チームに混ぜてもらいました。そこで、3人の同士をつのって小さいグループを立ち上げ、会社に眠っている先人の発明を発掘して、商品化をはじめました。これがヒットしたから、なんとか今でも会社に居させてもらっています(まだ結構売れ続いていて、現在、日本の総人口の2%くらいが使ってくれています。ありがたいことです。)
山中先生との違いは、もちろん能力が桁違いに違うのも大きいけれども、山中先生は完全能動的、私は半受動的、ということかな、と思ったり。いや、単にポテンシャルの違いだろうけれど。
東大医学部の学生の手紙
益川先生の記述だけではわかりませんが、直観的には、あんまり、この学生は買えないな。私の会社は、博士以上を積極採用しているので、ときどき、トンデモ物理を持ち込んで来る人ともお会いします。ほとんどは書類で判明するのですが、何かの間違いで、前段の面接をすりぬけて私のところまで来る。こういう人の面接は、非常に疲れます。真空中の光速は、一般に知られている速度の半分だ、と言って、式を延々と展開した人も居ました。私は益川先生と違って、学生と数式の展開で議論したりする能力は無いので、直観でお引き取り願うしかないのです。もしかしたら私が間違っているかも知れない、ものすごい天才を逃しているかもしれない、とは思っていますが、まあ、採用ミスを事前に回避した、という確率がはるかに高いだろうなと。益川先生が丁寧に返事を書いたのは、やはり、やさしさ、だったのだろうと思いますし、能力の一端に気付かれたからかも知れないのですが。
研究の秀才病について
私のやってきたことは、基本的に「見切り千両」みたいなものだから、秀才病の最たるものかも知れないけれど、私が何とか生き残ったのは、この見切りがうまくいったから、という感じが濃厚にあります。
私には、ひとつ信念があって、「ビギナーズラックのある開発はうまくいく」というものです。もちろん、仕上げるまでには、ものすごい苦労をすることが多いのですが、立ち上がりが早い。最初から苦戦の連続のやつは、さっさとやめたほうがいい場合が多い。もっとまずいのは、本音では自分でもうまくいかないだろうと思っていても、研究の評価とか、自分のボーナスとかが気になって言いだせない、これがもっとも不幸なパターンです。
一方で、部下には、いつも、他人に踏み荒らされたような流行の分野に後から出て行ってどうする、というようなことは、言っています。
大学受験ついて
試験を1回にして、もっと時間をかけて、記述式でやれ、というのには、基本的に賛成。しかし、単科学で、物理や数学の先生が1~2名しか居ないところで、それを強制されたら、教師もたまらんだろうと思う。今は過剰な情報戦で、小樽商科大学の数学Iの問題が、18年前の奈良県立医大の数学と同じだ、けしからん、となるわけです(大学名は、あくまでも例です)。高校数学の範囲なんだから、そりゃ、たまに一致するわな、と。だから、こういうところは、センターもいいかと。
東大が、センター試験の比率を非常に低くして、ゴツい記述の二次で合否を決めようとしているのは、見識だと思います。
心配ごと
山中先生のチームの方々、これからどうするんでしょうね。この分野が大きくなり、実用になり、ビジネスも産み、金も人も循環すればいいんだけれど、そうなるまで、公的資金でもなんでもいいので、持ちこたえられるか。ダメな場合、数人のスターと、大量の高学歴ワーキングプアを産むことになります。
山中先生は群を抜いてすばらしいと思うけれど、バイオ系の日本の歴史には、こういう負の側面が色濃くあります。
また、加速器実験など、素量子物理のビッグサイエンス礼賛みたいになっているけれど、何百人もかけて、クォーク見つけて、何人かスターになって、残りの人、どうするのかね、と。装置開発は企業の装置屋にビジネスでやらせて、そんなものに大量の物理研究者動員するなよ、というのが、私の発想。絶対、大先生にも、大学院生は無料どころか国の補助金が出るけれど、企業には金を払わないといけないから、ただの労働力として院生を使う、という発想がある。
いただけないこと
益川先生が、学者は誤りを認めない、というのを力説しているけれど、いただけない。論文誌には、Errataというのがあって、ショートノートのような形で、実験結果の誤りや、計算のミスを修正することができます。後生に間違ったまま残るよりも、さっさとErrata出したほうがいいと思うんですけれどね。
もうひとつ、Letter(短い論文で、速報性を重視)が嫌いだと言っているけれど、これも、いただけない。本論文書かないとどうしょうもないけれど、物理の大発見は、今は、Physical Review Lettersという、速報誌に集まっています。
益川先生、人間に興味ないというようなことを言われているけれど、本当かな、と。自然が独創的だとか、先生一流の韜晦かと思っております。
面白い位、ぐーるぐーるぐーるぐーる回って、元に戻りますね。
きっと、これは今話題のスパイラル効果だ。
スパイラル効果とは、繰り返し繰り返しやっていく事によって、定着を図る。
結果的に、視点さんの言われる暗記の達人、受験秀才と同じ訳だ。
では、学校と塾は、どこが違うのだろうか。
私には、これがさっぱり理解できないし、そもそも同じにしか見えないのだが。
受験のシステムの加速度は確かに速いと感じてはいるが、それは、学校の義務教育とて同じ。
一番の問題点は、その加速ポイントにおいて、置いてけぼりになる子達を無くす事が大事だと思う。
置いてけぼりを無くすのに、それを頬って置いたら、さあ大変。
想像力を伸ばす、公立から目を伸ばす、とてもで無いが、そこまで論ずるところまでなど行き着くはずが無い。
だから、中学受験のカリキュラムに無縁である子達にも、触れる機会があれば、とても良い事だと思う。
本当に中学受験の問題は、考えさせられる問題がてんこ盛りである。
公立でも、中学受験の面白い問題が有れば、どんどん利用しても良いと思う。
それによって、今まで関心を示さなかった子の、きっと新たな開花が見られると思う。
やってよかったなー、と思えるのではないのでしょうか。
福の神さん
フォローありがとうございます。
>灘、開成に入れるか入れないかは、子どもたち個人個人の
>力じゃないの?
>多分、視点さん以外は、そう思ってるんだろうけど、
>誰も言わないから……。
うん。こればっかりは動機さんでさえ同意してないですもんね(笑)。
まあ、でも、視点さんもホントは個人差だと思ってますよ、きっと。
お金と努力と才能の配分に見解の相違はあるにしても。
ただ彼はキャラを立たせなくちゃいけない宿命を背負ってますから、
100%お金だと言わざるを得ない。
標的というか道化役を買ってでているのでしょう。
頑張ってると思いますよ、視点さん。
昨夜、読了しました。
感想を書きます。
益川さんの発言を読み、視点さんの存在がちらつきました。
視点さんも益川さんの発言になにがしかのものを学ばれたと思います。
学んだことを書くのは気恥ずかしいので、今までのスタンスを踏襲されているのでしょう。
【益川】予測、仮説を立てて、理論的に検証する。仮説検定みたいな形で切り込んでいくのがいい(P13)
私の仮説に対するコメントにそうでしょうか?さんが異議を書かれていましたが、そうでしょうか?さんのおっしゃるとおりです。
視点さん、あの仮説に対する私のコメントは取り下げます。申しわけありませんでした。
仮説検定には恣意的でない情報やデータが必要です。
視点さん、これからは恣意的でない情報やデータで仮説検定を行い、理論的な検証をお願いします。
【益川】一般論としてどんなにきれいな理論になろうと、現実の自然がそうなっていなければ意味がないんです。たとえば、「クォークは百ある」と予想を立てて、それでうまい理論ができたとしても、現実に自然の中にあることが証明できなければ、意味がないわけ。(P38)
当然、この証明には恣意的でない情報やデータが必要となります。
視点さんの入江塾に関してやお金をかければ灘や開成へ行けるというご意見にはそれを裏付ける恣意的でない情報やデータがあったでしょうか?
【山中】中高六年間の試験で唯一、解けなかった問題が、(P57)
【益川】名古屋大学の教養の二年の時、数学コンクールというのがあった。(P58)
視点さんは、数学オリンピックの問題には答えがあるのでそれを解くことは学問ではないとおっしゃっていましたね。
しかし、山中さんも益川さんも答えのある問題と格闘されていました。こういう勉強も視点さんのおっしゃる学問につながるのではないでしょうか?
私の夫は数学は得意だったので、浪人時代には「大学への数学」で数学の勉強をしていたとのことです。
「学コン」の問題と格闘し、それが受験勉強の息抜きになり、時には成績優秀者に名前が載ったそうです。
やはり、視点さんは数学オリンピックを意味のないものとお考えですか?
【益川】科学の基本は国語ですよ。(P59)
【山中】国語力は全ての基本だと私も思います。(P60)
私の夫も息子も理系です。
夫が息子に高校時代に言っていました、「まずは国語力が大事で、国語力があって英語の理解につながる。英語は論理的な言語なので、理系的思考に役立つ」と。
しかし、息子は数理に比べて、国語・英語が苦手でした。
P60に益川さんはお父様のことを書かれていますが、益川さんが理数に興味を示されたのは、お父様の「教育」のたまものです。
これは私の夫にも言えることです。夫は義父ではなく、義母の影響を受けています。
昔、夫の実家に行ったときに義母から夫の子供の頃の話を聞きました。
あの子は小さいときには躰が弱く、病院通いが多かった。
田舎でバスも通っていなかったから、病院には私の自転車の荷台に乗せて行った。
その行き帰りに、あの子は私に「どうして空は青いの?」「あの月は(昼間でもうっすら月がでていた)自転車は前に進んでいるのに、同じ場所から動かないの?」と次から次へと質問した。
私は自分の知っている知識で説明してあげた。
でも、私の説明には満足しなかったのか、小学校の低学年の時に本屋さんから本を買ってきた。
そして、貪るように読んでいた。
わからないところは私に質問した。
その本に書いてある程度なら、私にも説明できた。
義母はその本を見せてくれました。
それは、中学生向きの天体の本でした。
義母は夫の思い出の品を大事に取っていました。
言ってみれば、息子自慢ですが、そこには息子への愛を感じました。
【山中】子供の頃からずっと父に「お前には・・・医者になれ」と言われていました。(P62)
【益川】うちは、山中先生のところと反対で僕に家業を継いでほしかったの。「砂糖問屋をやれ」と。
これって、親の誘導でしょ?
私は親の誘導に乗る(山中さんの場合)もよし、親の誘導に反発して違う道へ進む(益川さんの場合)もよしと思います。
私の夫は益川さんのケースと似ています。
夫は長男で本来は家業を継ぐはずでしたが、大学入学と同時にさっさと家を出てしまいました。
家業は義弟が継ぎました。
その義弟が笑いながら、時々言います、「兄貴はずるい。抜け駆けしてさっさと家を出た。だから、俺が家を継ぐ羽目になった」と。
益川さんのお父様も義父(私の夫の父親)も、息子が家業を継がなかったけれど、息子が自ら選んだ道へ進んだということに喜びを感じられたと思います。
義父を見るとそう思います。
【益川】まだ高一ですから、坂田先生に憧れて素粒子の研究をしたいと思ったわけではありません。(P65)
【益川】四年生になっても、数学と物理のどちらに進むか、日替わりで迷っていた。・・・「そんなものを相手にするのは坂田研(坂田昌一研究室)ぐらいしかないだろう」って言われて、坂田研に配属された。(P70)
益川さんの名大進学に関する視点さんの書き込みとは少しニュアンスが違うようです。
【山中】国公立の医学部合格を目指して、三年の秋から猛勉強しました。(P68)
【益川】高校三年ぐらいで猛勉強すれば、みんなに追いつくことができたんです。(P68)
益川さんは、今なら無理だったと謙遜されていますが、お二人とも受験能力もすごいと思います。
山中さんは神戸医で東大理1理2程度あるいはそれ以上ですし、益川さんも旧帝大です。
私の夫はそこまでの受験能力はなかったので、現役では志望校に届きませんでした。
東大医学生と益川さんのやりとりに関して、視点さんはこの東大生を全く否定的に捉えています。
私は違います。
益川さんが「これは放っておくわけにいかない。正常に戻さなきゃいかん」と思われたのは、この東大生の独りよがりを矯せば、ものになるという愛情表現だと感じました。
この東大生が益川さんに手紙を出さず、益川さんの返信がなければ、この東大生は独りよがりのままだった可能性が高かったでしょう。
益川さんとの出会いで、独りよがりから脱出できる契機になる可能性があります。
人は人との出会いで変われる可能性があるのです。
【益川】宗教がいちばん重要視するのは、人々を入信させるという「結果」であるように思えます。つまり、「論理の過程」は必要とされていない。これは近代科学の考え方に真っ向から反します。(P185)
【益川】科学の研究というのはこのように、証明したい理論を徹底的に疑って、疑ってかかります。そして、「これは違う、これは違う、これも違う」と、執拗なまでの検討を重ねた末、「どうしてもこれは排除できない、認めざるを得ない」というものだけが残されていくわけです。(P189~P190)
視点さんの主張は「論理の過程」は必要としない、近代科学の考え方に真っ向から反する「視点教」に感じてしまいます。
益川さんは天才肌で、山中さんは能力ある努力家であるというのが、この本を読んでのお二人に対する私の感想です。
誰もが認める実績を出した人は、自分の努力には触れないことが多いでしょう。
お二人は、優れた才能をお持ちで、常人が及ばないような努力をされてきたでしょう、イチローのように。
山中さんはチャンスをものされた方でしょう。
誰もがチャンスをものにできるわけではなく、才能と絶え間ない努力と準備があったからこそ、チャンスをものにされたのだと思います。
私の夫は天才肌ではありませんが、やはり、益川さんに似たところがあります。
おそらく、益川さんは若い頃は今以上に「生意気」で「尖って」いたと思います。
でも、周囲から愛される存在だったでしょう。今もそうですが。
私の夫の大学時代の友人が、出張や学会のついでに、わが家を訪れることがありました。
三人で話をしていると、夫は私に断定的な物言いをしました。
すると友人は、笑いながらおっしゃいました、
「やっぱり、変わっていないなあ。○○(夫の名前)は学生時代からそういうところがあった。私に対してや他の友人に対して歯に着せぬことを言っていた。言われた時にむかついて、こいつ殴ってやろうか思うこともあった。でも、よく考えると、○○の言ったことは正しいので反論もできず、自省してしまうことがほとんどだった。そうなると○○に感謝する気持ちになった。○○は得だなとよく思った。何を言っても許されるのだから。そして、言ってくれてありがとうという気持ちにさせるのだから」
と。
夫は卒後も上司に対してずけずけとものを言ってきたようです。
夫の意見の半分は採り入れられ、上司から「君はどう思う?」とよく意見を求められてきたようです。
そして、伝え聞く話では、部下に対しては、厳しい面もあるものの、面倒見もいいようです。
少々、いや、かなり、夫自慢になりまして、申しわけありません。
ところで、視点さんは、この本から何を学ばれたのでしょうか?
地域、時代様、ありがとうございました。
時々、書き込ませていただいています。
どちらかと言うと、あたくしのコメントは海外のことも含めて入試制度などが多いです。
山中君(女子学生はそう呼んでいました、男子学生はヤマナカと呼び捨て)は、いえいえ山中先生の活躍は本当にびっくりしました。
卒業以来、一度も会っていなかったしね。
あたくしも母校には残りませんでしたから。
学生時代には今の彼が想像ができなくて、同期で薬理学系の教授になった人が学会で彼に出会ったとき、「やまなか、おまえ基礎に行ったのか?整形の臨床でバリバリやってると思った」と言ったそうです。
それくらい、今のイメージとかけ離れていて、もともと才能があったのでしょうけれど。
ポジションを次々に変えて、業績を出していくのは、アメリカ的なのかな、と思います。
母校の大学に残っていたら、いまの活躍はなかったと思います。
良い環境を求めて、飛び出していくパワーは尊敬します。
予算面も含めてハードとソフト両面で大変な苦労をされているようですけれど。
>今日、図書館で「中央公論」を読んでました。
>日本の大学のはてしない軽さについて
>利根川さん(マサチューセッツ大学 ノーベル賞受賞)が 東大でも大学教育はなされていない。 今の受験は見直すべき、受験勉強で点数は、反復作用暗記の結果。
>日本の大学は1、5流とも。
まったく、その通りですよ。やっぱり、世界大学ランキング「非英語圏」では「上位」ですなんて威張ったってしょうがないですよね。学問の世界は全部英語になっちゃったんだから。そこに適応できなければ、要するに負けってことです。オランダとかオーストラリアと比べたってしょうがないじゃないの。
利根川さんの発言は読んでいないけど、やっぱり、あちらにいる人から見れば、日本の状況なんて「丸見え」ってことなんでしょうね。




































