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私立中学の価値 2校め

【2043250】
スレッド作成者: ようこそ!書き込み歓迎 (ID:4Xzxz71IPe2)
2011年 03月 02日 23:08

既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。

【2179411】 投稿者: 適性   (ID:Eq6l..xxUQI)
投稿日時:2011年 06月 24日 14:38

>>今話している意味での「積極的なエリート教育」は、現在、日本にあるのですか?

>ミッション系の学校だと、正しい価値観も教えているのでは?

なんでミッション系??仏教系や 無宗教とどう違うのか?
では、ミッション系の中高一貫校はいいのか?

たぶんないんだよ。


だいたい、この「正しい価値観」レベルの話じゃないだろ。

無欲無私、自己犠牲を当然というメンタリティーまで、要求してるのが視点さんだろ。

「自分の、能力を高めて、生かしたい。さらに、それが、社会に貢献できればいい。」
なんてことは、「だれでも」思うわけだよ。
たとえ、どこの中高一貫校の生徒でもね。

「そんなことさえ、中高一貫校の生徒は、考えもしない」ということを、
前提にしてるのは、視点さんだけだろ。

そういうレベルをエリートの素養というなら、問題ないよ。

でも、違うから、文句いってんだろ。

【2179421】 投稿者: 老眼   (ID:.tIqQh3slYc)
投稿日時:2011年 06月 24日 14:51

>中学や高校なのに「人のために貢献すべき」という価値観を教えていない。つまりは勉強しか教えていない。それが「予備校化」ということですよ。


例えば「貢献とは」というタイトル(連関すればなんでもいいと思いますが)で、年1回程度講義でも講演でもホームルーム時間でもあればいいのですけどね。
受ける側と渡す側に熱意があって、価値を感じることのできる子供たちであれば、自然とその枠も内容も少しづつ発展するかもしれませんし、そうでなきゃ、その時間も互いにとって本物にはならないでしょうし。視点さんのこの御意見はタイトですが、重要な部分だと思います。ただ、学校の実態がどうかについてはわかりません。

【2179533】 投稿者: 遺伝   (ID:9/A7IaZ3Ipg)
投稿日時:2011年 06月 24日 16:55

>>中学や高校なのに「人のために貢献すべき」という価値観を教えていない。
どこの学校でも触れてはいるのでは。
でも。そんな時間があったとしても、
生徒にとっては昼寝の時間になってしまってる気がする。
だって試験にはでないし。
難関大学への入学者にその価値観が身についていなかったとしても、
それを中学や高校のせいにするのはおかしいよ。
それと難関校ほど、基本的に「教え込む」ことはしない。「導く」だけ。
勉強でもなんでも。そういった意味で、
難関進学校に関しては、予備校化しているというのは、ずれていると思う。
新興の準難関進学校になると、またちょっと違うかなとは思うけど。


それと先に倫理教育は家庭が主体となってするものだと書きましたが、
本当に能力がある子なら、高校時代にさまざまな書物に触れるでしょ。
親から言われなくても、どんな家に育っても、
自らリーダーに必要な要素を身につける人ももちろんいる。
ただ、そんな本ばかり読んで、空想妄想にふけっちゃうと、
なかなか東大には行けないらしいね。最近は皆がよ~く勉強するから。


ちょっとおもしろいなと思ったんだけど、東大の学部入試の
外国学校卒業学生特別選考小論文の問題(平成20年)。
A現代社会において、少数者あるいは弱者の利益を
いかにして守るべきかについて論じなさい。
B国境や文化・宗教の違いを超えた「正義」の存在可能性について論じなさい。
だってさ。
普通の入試でもやればいいのに。
日本語は得意なんだから、もっとすごい量かかせるやつ。
だからといって、入学者に志ある人が増えるかどうかはもちろん謎。
ただ、すべての東大を意識する生徒が、
この手の本を読み、考えてみる、そんな時間は増えるかなって。

【2179544】 投稿者: 未来   (ID:vF872kvN6ms)
投稿日時:2011年 06月 24日 17:03

>先に書きましたが、刷り込みは幼少期にしないと難しいかと。
せめて生まれてから小学校低学年までに終えないと。

遺伝さんのこの視点
納得するものがあります。

今、レディ ガガさんが来日されていますね。
今回の震災には、いち早く行動された。
多額の寄付をして頂きました。

この方は、とてもユニークな人で学生時代はいじめにあったとか
けれど行動をみていたら理屈抜きにチャリティ精神が
芯に入っていると感じる人です。

竜馬も、人格者であった育ての母や、乙女姉さん
家族によって形成されていますよね。

小学校低学年までの教育に注目すべき
っていう考えは非常にわかります。

【2179563】 投稿者: 適性   (ID:Eq6l..xxUQI)
投稿日時:2011年 06月 24日 17:15

■視点さん

学校の予備校化?について・・

>中学や高校なのに「人のために貢献すべき」という価値観を教えていない。
>つまりは勉強しか教えていない。
>それが「予備校化」ということですよ。

おいおい、公立では、「人のために貢献すべき」という価値観を教えるが、私学では教えないのか?いったい、どこの情報だ??

「予備校化」ってのは、学校の文化的事業を削って、学習にほとんどの時間をあてることを言うんだよ。これは、どちらかというと、視点さんが嫌う学校では「なく」、とにかく、休みを削り、授業時間を増やし、部活を制限する、それこそ、大学実績で生き残りをかける学校ことだろ。

こっちの方が問題なんじゃない?視点さんとしては、どうなのよ。そこは。
都立なども、のこの方向だろ。

予備校は、おまけなんだから、この話には、実は関係ない。

実際、学校の文化的事業の「密度」と、通塾の関係は、あまり関係ないというのが、私の感想。つまり、塾に行っているから、塾に行き始めたから、文化的事業に「消極的」になるということが、特にないということだよ。

学校であるなら、最低限、予備校ではないのだから、文化的事業と、生徒が選択的行動できる場所と時間と確保していることが、大前提だろうと思うな。
それが、ほとんど、なければ、それこそ、学校だけど、予備校だろ。

視点さん。選択してごらん。

 ●学校らしい学校だが、塾にも行く。

 ●予備校のような学校だが、塾にも行かない。

どっちがいいんだ??

【2179679】 投稿者: 視点   (ID:4b.FmqGfp3Q)
投稿日時:2011年 06月 24日 19:21

自由な学校かスパルタのような学校かは関係ない。
問題は「人のために貢献すべき」という価値観を植え付けているかどうか。

軍隊のような学校でも、校長がことあるごとに「人のために貢献すべき」ことの大切さを語る学校ならそういう価値観が育まれる。
自由な学校でも、教師が進学実績や金儲けしか頭になく、生徒が一目散に予備校に行くような学校だとだめ。


そもそも「人のために貢献すべき」という価値観を教え込むべき幼少期に、「成績が上の者は偉い」「勝ち組になれ」「〇〇中学に絶対合格するぞー」と洗脳されることが大問題。

【2179851】 投稿者: 通りすがりの企業人   (ID:oniOS3OXE8o)
投稿日時:2011年 06月 24日 22:35

今の中学高校で、十分な教育がおこなわれているかどうか、私にはわかりません。
しかしながら、私自身の趣味かも知れませんが、思想教育のようなの、あまり好きでないんですよね。いろいろな価値観を学び、その中から自分が何をすればいいか考える、というようにならないかなと。
私自身、中学高校で、他者のために貢献しろ、と毎日言われても、洗脳教育だ、と思うだけで、全然心に響かなかっただろうと思います。
中学時代は、プロレタリアートのディクタツゥーラがすべての社会問題を解決する、と毎日のように聞かされていましたし。

広範な教養主義的な教育が、私は、源泉のように思えます。


ただ、自分の子供および手近な話を総合すると、下記のようなことを感じています。

・筑駒、麻布、学芸大附属、筑波大附属などは、少なくとも学校側は、東大行け、医学部行けと尻を叩くこと無く、教養主義とリベラリズムを保持している。これは、ここ30年、変わっていない。
・開成は、30年前は、「大晦日の深夜に西日暮里に集結して、日の丸の鉢巻きで、学校のまわりをマラソンし、「必勝、開成」と奇声をあげる小学生をそのまま大きくしたような卒業生が多かった。
 最近、かわってきて、実に多彩な価値観を持った人が卒業してくる。極めて芸術に造詣の深い人も。
・都立高校は、難関大現役合格率で明確に評価されるため、苦肉の策が目立つ。土曜教室に予備校の先生を招いて受験指導やるとか。それでも、リベラルな校風を残そうとしているところもあり、そうでないところもあり。
・早慶の附属は、大学入試が無い余裕の中で、高度な学問を学ぶ人もあり、社会貢献を学ぶ人もあり、暇にあかせてよからぬ方向に向かう人も少なくない。

難関校が東大医学部受験塾のようになっている、というのは、正しくないです。筑駒など国立は、先取りさえやっていないはず。
ただし、たとえば筑駒にはいったら、最低東大に受からなくては、というプレッシャーは感じるだろうし、それ相応の勉強は自分でやるんです。
能力が高いから余裕があって、その他のことも、いろいろやれる、ということでしょう。

==

さて、社会貢献ですが、明治の元勲でも、戦後の復興を支えた人たちでも、個人の欲求とセットになっていたと思うんですね。
命を投げ出す覚悟や使命感に燃えていたことは疑わないのだけれど、田舎の藩の郷士や下級武士で終わるはずが、チャンスが巡ってきた、中央でひと暴れ、ということは、坂本竜馬でさえ、考えていたと思う。
まったく見返りない、チャレンジしたら難癖つけて潰すような社会では、どうしょうもないのです。

私の考える、てっとり早い方法。
政府高官には、最低限、今の給与を保証し、定年までゆっくり勤めていただく。ただし、最高給与を、今の4倍くらいにして、貢献度で差をつける。
土日夜昼なく霞が関に居住している若手官僚の給与が数百万で、市役所で9時~5時で勤務している人とあまり変わらず、強大な権限と責任を持つ課長が1000万ちょっと、というの、ばかげていると思っています。
不祥事やとんでもない無能を除き、最低限、飢え死にせず、官庁に骨をうずめられること。
貢献に報われること。
があれば、官僚機構もずいぶんと変わるんだろうな、と、真面目に考えています。

天下りを前提、天下り後に薄給の埋め合わせをするようなシステムだと、いろいろ策を弄して天下り先の財団などつくった人が評価されるようになり、天下り先を潰すような改革案を出すとパージされてしまいます。

【2179944】 投稿者: 福の神   (ID:hM5qXTRTNf6)
投稿日時:2011年 06月 24日 23:48

社会貢献って、学校、しかも中学高校で
教えるものでしょうか?

まして校長が例えば朝礼などで、そんな
訓話を語ったところで素直に、「そうか、
それじゃぼくも社会貢献だ」って思うもの
でしょうか?

それより、やっぱりこれは家庭での躾の部分
だと思います。つまり、各家庭で違ってくる。

私学、そして難関校の生徒が、みんな一律に
人を出し抜いてやろう、とか、視点さんのいう
点数至上主義だ、とか金太郎飴みたいなわけ
ない。

親が社会貢献とは何か、しつけたり、行動で
示すものだと思いますよ。

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