女子美の中高大連携授業
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
弱点さん、横からの失礼をお許しください。
その「有識者」の発言と、視点さん・動機さんの発言は
同じ趣旨に見えて(見せかけて)ベクトルは正反対なんだと思いますよ。
そのことに、適性さんは義憤を感じておられるのでしょう。
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ネット上の貶下的言説は本質的に「呪」である。
「呪い」は「批判」ではない。その二つは別のものである。
「批判」は発信者の身体を差し出さない限り機能しないが、
「呪い」は発信者の身体を隠蔽することでより効率的に機能する。
呪いの発信者の実名が知られるとき、呪いは効力を失う。
発信元がわかった時点で、自ら発した「呪い」はまるごと
「 return to sender 」(宛先人不明)として発信者に戻ってくるからである。
だから、呪詛の霊的効力が公的には信じられていない現代社会のおいても、
呪いの言葉を書き連ねる人 々は、
自分の名が知られたときに、どれほどの制裁を受けることになるかを知っている。
私はいまネット上に瀰漫している「呪いの言葉」を
霊的に制御する装置が必要だろうと思っている。
行政やメディアは、法制的な制御を提案しているけれど、
私はそれとは次元の違うところで策が講じられなければならないだろうと思っている。
(「大人のいない国」〜鷲田清一&内田樹〜より)
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批判は物事をプラスに働かせるための行為。
呪いはマイナスに働かせるための行為。
ですよね?
シルバースプーンさん
Good Job です。
>他人のパフォーマンスなんてあげられるはずないよね。
>パフォーマンスを上げられる人がいるとしたらその本人だけ。
なんて人は、「呪い」もなにもないでしょうが・・・
しかし、視点さんは、内田先生の何を、読んでるのでしょうか?
ハッキリ言いましょう。
ある属性の人たちを十把一絡げに
「こいつらはこういう奴らなんだ」
っていうのは、差別です。
辞めた大臣が、「自分は九州の人間
だから」「自分はB型だから」と
言って反感を買ったのはそこでしょ。
お二方が言う理念には賛成できる
ところがありますが、中高一貫の生徒
が○○だ、というのはいくら「わたし
の意見です」と言ったからとはいえ、
許されるものではありません。
福の神さんも異を唱えておられる
視点さんの「私の意見です」発言に対して、
内田先生の論説をもうひとつ。
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現在、呪いの言葉を吐き散らしている人々は、
そのことを「言論の自由」の行使であり、
「政治的に正しい」行為の実践であるとみなしている。
彼らは「言論の自由」の大義によって自分は守られるべきだと考えている。
この「大義に守られている」という確信が、
自分がしていることが「忌まわしい行為」であるという自覚にたどりつくことを
構造的に妨げている。
私は「呪い」の効力を解除するためには、
それは「言論の自由」によって守られるべきものではない、
ということについての社会的合意を形成することが必要であると思っている。
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ほんとうに、視点さんは内田先生の何を読んでいるのだろう。
都合の悪いページは、お得意のスルーか。
めっちゃ早く読み終わるやろな。
議論のじゃまにならないようヨコのウシロの立見席から失礼いたします
内田のおっさんの本を読んで 細かいことはさておき
1つ大きな謎があるんですよ
やれ総理から意見を求められ やれ文科省からもお声がかかり
やれ何百万ものブログアクセスをほこり
やれあちこちで教育講演もされている
それはそれは たいへんな人脈をもち
多大なる信頼を得ており 人々に絶大な影響を与える立場のおっさんが
口すっぱく訴えても 世の中の教育 ほどんど 何も変化がない
これいかに?
聞き手のレセプターの感度の問題?
おっさんの指摘する問題の本質は 学校教育では 対応不可のもの?
おっさん そこは この本では ズバッと仰らず
この謎の部分に どう迫っているのか そこを知りたい
お久しぶりです。
夏の節電対策で、休日シフトなどがあり、なかなか、夏を満喫、というわけにはいきません。しかしながら、意外に支障なく行くかな、という感じもしております。
前に書かせていただきましたが、企画運営にかかわったカンファレンスで、日本人、ことに若い人のパフォーマンスにショックを受け、ちょっと自分の考えが迷走しております。
小じんまりした会議ですが、八方手を尽くして、世界中から、何人も、結構なビッグネームを呼んで、技術経営のセッションをやりました。ここで議論されたことが現実世界に影響を与えるとは思わないけれど、若い人が触発されるものがあれば、と考えたわけです。中国人や韓国人やパキスタン人などは触発されただろう。日本人は、、、というお話です。
若い人、中高生でも大学生でもいいのですが、広く交友を持ち、自由に勉学し、思索し、健全な価値観を身につけ、ひとかどの人物になって、社会に貢献する、というモデルを信じてきたのですが、自信がゆらいでおります。
そんなきれいごとを言っている暇は無いのではないか。
目指せTiger Mother、友人との交遊はきつく制限、クラス1番以外は許さない、そういう家庭教育をして、中高生の1%くらいを選別。
そういう人を集めて、今の大学とは別の、高等教育機関をつくる。そこで絞りに絞りあげて、ついて来れない人をどんどん放逐して、生き残った人は、政府や企業に、普通の新入社員とまったく別の処遇で受け入れる。成果が上がらなかったら、3年なりで退場。
危険思想であることはわかっていますが、ショック療法が必要かと思っています。
ゆとり教育は、平均値を下げて、少数の指導層を育成するための施策だった、と、少なくとも、当時の責任者の一人であった三浦朱門氏は行っていますが、平均値を下げる効果は顕著にあらわれたけれど、指導層育成には、なにも手を打たれなかったように思います。
指導層育成、なんとかならないですかね。
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思い出話で恐縮ですが、高校在学中、衆議院のなんとか委員会で、ある与党(当時自民党)議員が演説しました。
国立の高等学校は、入学の難易度が過剰に高くなり、我々、社会の選良いであり、有権者の信任を受けた国会議員でも解けない入試問題が出題されている。これは、教育の実験校という役割と著しくホコトンするのではないか。
正確な記憶ではありません。しかし、社会の選良、と、ホコトン、が、学校ではずいぶん話題になりました。
当時、家永裁判などがあり、教育大関係はなんでもたたいておけ、という風潮があり、教育大はつぶされて筑波大になるのです。教育大附属と教育大附属駒場が、名称だけ筑波大附属に代わるものの、都内に存続すること自体に、特に右派と言われる方々から、強い反発がありました。そういう背景なのですが、エリート教育(といえるかどうか、というレベルですが)が嫌いで、そういう人が台頭してくると不都合な人が、社会の指導層に多いんだな、と、子供心に思ったのでした。
入試の難易度を下げるための、抽選が、いまだに導入されているのは、こういう背景です(小中だけですが)。
あ、おわかりと思いますが、ホコトンは、矛盾、の誤読です。あの原稿を書いた官僚、ルビを振らなかったのは失敗だな、あとで締めあげられて、もしかしたら将来も閉ざされたかもしれないな、などと噂しあった高校生も、まあろくなもんではない、という気もしますが。
企業人さん
>目指せTiger Mother、友人との交遊はきつく制限、クラス1番以外は許さない、そういう家庭教育をして、中高生の1%くらいを選別。 そういう人を集めて、今の大学とは別の、高等教育機関をつくる。そこで絞りに絞りあげて、ついて来れない人をどんどん放逐して、生き残った人は、政府や企業に、普通の新入社員とまったく別の処遇で受け入れる。成果が上がらなかったら、3年なりで退場。危険思想であることはわかっていますが、ショック療法が必要かと思っています。
実行すれば応じる親子も出てくるとは思いますが,そういう育ちをした子が果たして期待される役を果たせるでしょうか。「クラス1番のしばり」は本来の学習意欲を削ぎ,「友人との交友をきつく制限」これも悟性への影響は相対的に小さいでしょうけど,理性と感性の成長へのダメージが危惧されます。優秀な子を選りすぐるとするなら,それだけの手間暇は,やりかけなければならない,それが子供たちへの責務だと思います。わたしはこの案には大反対です。




































