アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
退院後(幸い大事には至りませんでした)ざっと読み終わりましたが・・・・・・・レベルが高くてとてもついていけません。根本的さんお帰りなさい。雲隠れしていたとは人が悪いですね。
好奇心の話やそれぞれの子供の感受性が違う話興味深く読みました。視点さん登場でどんな方向に進むのかと思いきや生物学やら動物の本能の話に進みました。
自然派の私はロケットで仲間を月に送るのが人間だけだとしても「人間も進化のなれの果て」つまりは「自然の一部」という考えです。神が人間だけを特別に作ったとかダーウインの進化論を認めないという一部の宗教家はやはり・・・・・間違っているんでしょうね。
8階の病室から田んぼに舞い降りるシラサギの優雅な飛行を眺めていると・・・・・来し方、行く末あれこれ考えました。正に「胡蝶の夢」の一週間でした。
動機さん、お大事になさってください。
私も人間は「自然の一部」なんだと思います。
ロケットを飛ばすことも、自然の大きな流れのなかの
ちっぽけな一部分じゃないかと思います。
それが何につながっていくのかは分かりませんが。
地域、時代さん、凡才さん、ありがとうございます。
おすすめした本を手にとっていただくというのは、とても幸せなことです。
地域、時代さんが先日触れておられた「モンテッソーリ教育」と
橋本先生の「奇跡の教室」は、大切なところで通底しているように思います。
モンテッソーリ教育は、
子どもに好きな作業を選ばせ、それを何時間でもいいから、何日でもいいから
飽きるまでやらせますよね。とことんやらせる。注意深く放置する。
幼少期にはできるだけ広い範囲で興味を持たせたいと、大人はついつい思う。
でも、集中を始めたら決して妨げないことのほうが、はるかに大事なのではないか。
大人にとってそれは、とても忍耐力の必要なことなのだけれど。
好奇心を自分で満たす喜びを覚えたら、集中力がつく。
そればかりか、
次なる好奇心の行き先を自分から探していくから、
結果的にはそのほうが
広い範囲にアンテナを巡らせることにもなるんじゃないか。
そんなふうに思います。
幼少期に良いとされるそうした教育法を
中学校に持ち込んだところが、
橋本先生の「奇跡の教室」が奇跡たる所以なのでしょうね。
動機さん、少しよくなられたようで、よかったです。
まだ暑いので、しばらくゆっくり過ごしてくださいね。
自然の一部、私もそう思います。
心を癒やすための宗教が人の争いを引き起こしているようにも思えます。
何をやっているのでしょうね。人間は。
>父親がパーフェクトだと子供もつまらない人間に育つからね。
「自分に働きがないのは、子どものためにやっている」という
『坂の上の雲』の父上を思い出しました。
全面的に子どもを信じ、見守っている。
子どもも気持ちが楽だったでしょうね。
視点さんと似ているのかしら。
ここは外でも家でも働き者の男性が多いですね。
私の場合、父への思いと母への思いは申し訳ないけど相当違っていますが、
今は仕事も家事も育児も頑張る男性が増えているから、子どもの思いも変わってきているのでしょうか。
この思いは、純粋に子である自分のために行ってくれたと感じられる度合いで違ってくると思うのですが、
日本よりもあっさりなアメリカのほうが親への思いが深いのが不思議です。
宗教の教えなども関係しているのでしょうか。
>日本よりもあっさりなアメリカのほうが親への思いが深いのが不思議です。
実際には老人の世話指数はそれほど差がなくなってはいませんか。
信頼感さんが示してくださったデータですが,
1990年代の高校生の意見をまとめた%を読むとそういう感想を持ちますが,
果たして,アンケート時点での気持ちと,実際にするかしないかの段になった場合との%には乖離が生じる可能性がありますね。
何やかんや言っても,40~50代は老人の世話をできる範囲でやってる場合が多いですからね。
いろいろな読み方がありますが,高校生時代にやる気がなかった日本人が現実にはちゃんとやるのか・・その変化が日本の風潮なんでしょうね。
アンケートの理解,記入に際しての決断の成熟度,将来は自分で作るものではなくなあなあでやればいいこと,などが背景にあったりするのでしょうか?
>アンケート時点での気持ちと,実際にするかしないかの段になった場合との%には乖離が生じる可能性がありますね。
確かにそうですね。
介護をするのは、そのときの事情であって、親への思いの有無には関係がないそうです。
介護は嫌だけど遺産は欲しいでもめている話も見聞きします。
単に面倒なことは避けるという感じなのかしら。うちも元気よく「いいえ」にするかも。
それにしても、低すぎる。
>何やかんや言っても,40~50代は老人の世話をできる範囲でやってる場合が多いですからね。
この世代の親は戦前、戦中、戦後直後生まれで、結構親の苦労を見聞きして育っていませんか?
逃げ場のない自宅での祖父母の介護も見てきたと思います。
まだ親の威厳も残り、家に縛られてきた人もいるというか。うちはそうでした。
世間で名付けられる○○世代。
親がどの世代か、自分がどの世代かで意識はかなり違ってくるように思いますが、
親の死後も年金という事件もあるので、上の世代は大丈夫というわけでもないですね。
親ってとてもありがたいものであり、とても重たいものでもあると思っています。
家族を教えない個人主義の中では、単に重たいほうが勝ってしまうのでしょうか。
親の気持ちが子に伝わらないのか、子の求めるものが違って不満のほうが大きいのか、
気持ちのズレと縛りのない自由さの結果のような気もします。
中国は信用できるのは血だけみたいな社会通念があるので、この意識は高いですね。
アメリカが不思議で、寄付するのが普通という文化と同じ何かがあるのでしょうね。
日本は個人主義を勘違いして、ただの利己主義になっているという話も聞きますので、
マネしたつもりだったけど、何かをマネし忘れてしまったのかなと。
動機さん
>雲隠れしていたとは人が悪いですね。
いえいえ、「死んだふり」とは冗談ですよ。いろいろありまして。でも、お声をかけていただいた皆様には、申し訳ありませんでした。ただ、時々ROMしてましたよ。
>自然派の私はロケットで仲間を月に送るのが人間だけだとしても「人間も進化のなれの果て」つまりは「自然の一部」という考えです。神が人間だけを特別に作ったとかダーウインの進化論を認めないという一部の宗教家はやはり・・・・・間違っているんでしょうね。
>私も人間は「自然の一部」なんだと思います。 ロケットを飛ばすことも、自然の大きな流れのなかのちっぽけな一部分じゃないかと思います。(シルバースプーンさん)
私もそう思います。原発事故だって、核戦争だって、人類の滅亡だって、結局は「自然の大きな流れのなかのちっぽけな一部分」に過ぎず、自然にとっては「もっけの幸い」かもしれませんね。
ただ、毎度ややこしい話をさせて貰いますが、その自然を支配しよう、そしてその上に君臨しようと欲する傲慢な生き物は人間だけでしょう?神や宗教は(あるいは科学も)、そのための手段にすぎないのかも。これは不思議な現象ですね。
自然を自然のままにまかせておいただけで、このような欲望をもった生物が、自然に生まれてきた。神という概念の発明は自然現象のひとつに過ぎないでしょうが、神という概念自体は自然を超越したものでしょう。しかも、人間はその超自然の発明によって、自然界に君臨しているようにも見えます。これも自然のなせるわざなのか?
宗教的信念から、ダーウィンの進化論を否定する立場に立つつもりは全くありません。ただ、ダーウィンの進化論では、生物の性質の多様性について、遺伝子(DNA)の突然変異の集積の結果だと説明しているようです。つまり、偶然の積み重ねだというわけです。それにしてはあまりにも出来過ぎではないか?という疑問は否めないんですよね、私は。
それにしても、動機さん。入院とは、大変でしたね。お大事に。































