アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
そう言えば、碁のお話がありましたね。
私は中高生のころちょっと凝っておりました。近所にアマ6段という地元の名士のような方がいて週一回自宅で碁会所を開いておりましたので、高3までそこに通っておりました。殆どおじさんばかりで、私が最年少でしたので、ずいぶんかわいがってもらいました。
碁というのは、性格がもろに出るゲームですね。私はこれでも普段は温厚なんですが、碁になると、殺しに走ってしまうんですよ。「この石もしかしたら殺せるかも」なんて思うと、勝ち負けよりそちらが優先してしまう。これも一種の好奇心でしょうか。
そんなわけで、「殺し屋」加藤正夫のファンでした。このひとも普段は温厚で、弟子の面倒見もよかったらしいですね。確か人気女流の梅沢さんなんかもこのひとの弟子だったとか?でも、日本棋院の理事長だかになった後、脳梗塞で若くして亡くなった(57とか)。残念です。「殉職?」なんて言われたようで、似合わない仕事がストレスだったのでしょうか?
もうひとり、「宇宙流」武宮正樹が好きでした。知らないひともいるでしょうからご説明しますと、碁というゲームでは、碁盤の周囲の「隅」とか「辺縁」とかは「地」(得点)になりやすいけれども、中央はなりにくいという特徴があります。だから、「四隅をとられて碁を打つな」なんて格言がある。堅実派ほど隅にこだわるわけです。
ところが、武宮は、全く逆を行く。平気で四隅(低いところ)をくれてやり、石が常に中央(高いところ)に向かう。厚みを築いて大模様を張る。すると、知らないうちに中央が巨大な「地」になってしまう。あまりにもスケールが大きい。だから、「宇宙流」。堅実派の代表小林光一に「君のは地下鉄流だ」なんて言ったとか。痛快でしょう。
「殺し屋」はともかく、「宇宙流」はさすがに真似することすらできませんでしたが、破天荒なふたりの碁には見応えがありました。しかも、ふたりとも、タイトルも数多く獲得している。中日の落合じゃないけど、「俺流」で勝てるようになってはじめて本物と言えるのでしょうね。自分の子供たちにも、なにかで「俺流私流」と言えるものを確立してもらいたいと思っております。
視点さん
相変わらず、「志」至上主義からくるホリエモン叩きが行われていたようですね。かつて、視点さんは言いました。Boys,be ambitious.「少年よ、大志を抱け」ってね。
でもね、クラーク先生が言いたかったのは、「君たち、もっと野心をもてよ、もっと野望をもってもいいんだよ」ってことじゃなかったのかなあ?私にはそうとしか思えないんですがね。だから、やっぱり、Boys,be greedy.のほうがニュアンスとして近いかもしれない。
きっと、クラーク先生が今の日本の若者たちをみたら、いや、今の日本の社会をみたら、やっぱり同じことを言うんじゃないかなあ?「世のため人のため社会のため」なんかじゃなくて、「野望そのものをもて」ってね。
英英辞典をみますとね、
ambition=a strong desire for money,power,...
greed =a strong desire for money, power,... than you needなんて書いてある。要するにその本質は同じなんだよ。
needなんてさ、必要以上か必要範囲内かなんて、そんなのdesireのしったことではありませんからね。そんなのは、ただまわりの「空気を読む」、それでこのあたりにしとけば大丈夫かなって話に過ぎないんだから。ホリエモンは空気を読まなかった。孫さんや三木谷さんは読んだ。ただそれだけの違いだよ。
しかも、その「空気」っていうのは、日本の現行老人powersが自分たちのpowerを失いたくないから醸し出しているものに過ぎないんだ。ホリエモンのdesireも、孫さん、三木谷さんのdesireも、その現行powersを乗り越えたいという点では同じなんだよ。だけど、今のところ、ホリエモンは「彼らの」needを超えていると「彼らの」方が判断しただけのことなんだ。
「世のため人のため社会のため」?そんなものは、desireにはならないよ。キリストや仏陀においてすら、それはdesireではなかった。なんらかの義務のようなもではあったのかもしれないが。脳外科の福島さん?「野望」をもってやっているに決まっていますよ。
根本的様 遺伝様
理解出来ました(^^ゞ
なんか、、違うようで違ってないようで?どういう事??みたいにすっごい疑問があったんです。
根本的様の説明と、遺伝様の教えて下さったサイトの写真と説明で「なるほど~」って理解できました。
本当にありがとうございました。
根本的様
そうなんですよ。
前に、この話題になった時から、私、時々この「少年よ、大志を抱け」が時々頭にあって、「大志」に訳したのは、日本人なんじゃないかな?って。
ambitious=野心というか、個人的な「夢 や ものごとを実現した気持ち」の方が英語的にはしっくりする気がするのです。
地域、時代さんが先日触れておられた「モンテッソーリ教育」と
橋本先生の「奇跡の教室」は、大切なところで通底しているように思います。
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シルバースプーン様
私もそのように思います。
幼少期にはできるだけ広い範囲で興味を持たせたいと、大人はついつい思う。
でも、集中を始めたら決して妨げないことのほうが、はるかに大事なのではないか。
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ここ、、すごく重要ですよね。
この部分に関しては、遺伝様が以前おっしゃっていた「(中国で一般の方達が気楽に受けている)遺伝子診断によって特技を見つける」や「中国の今の子供達の習いごと事情」みたいなものをテレビで見たりして、色々思う所があります。
時間のある時に、思いっきり書きたい事が山盛りです。
ただ、毎度ややこしい話をさせて貰いますが、その自然を支配しよう、そしてその上に君臨しようと欲する傲慢な生き物は人間だけでしょう?神や宗教は(あるいは科学も)、そのための手段にすぎないのかも。これは不思議な現象ですね。
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深く同意
私などは、「家畜とペットの違いって。。」って、自分の家の可愛い可愛いペットちゃんと、それと別の種類を「食っている」、、という自分の仲の傲慢さに笑うしかない時があります。
「00ちゃん~♪」なんて幼児語を使いながらうちの00には話す。
一方で、その種を「うまそう!」ってむしゃむしゃ食う私。
ああ、、、人間とは何と傲慢な生き物なんでしょう。。。































