女子美の中高大連携授業
ボーダーで志望校選びに悩んでいます
志望する私立中学が2校ありますが、どちらを第一にするか悩んでいます。
一つはなんとかギリギリで入れるかもしれない学校。
もう一つはまず間違いなく入れるだろう学校。
塾の先生はレベルの高い学校にすべきだとお話されますが、なんとか頑張って入学できたとして、果たして子どもは幸せな6年間を過ごすことができるのだろうか…と考えてしまいます。
おだてて伸びるタイプの子なので、余裕を持って入った学校の方が幸せなのではないか…と。
埼玉なのでそろそろ志望校を決めないといけない頃なのに、揺れに揺れて悩んでいます。
何だかすごいことになっているので。
私は45歳ですが、当時東大合格者数は5〜10人だったと記憶しております。
それでも、私立女子高では、トップでした。
お茶大附の方が多かったかなと思います。
中堅校だったとのご指摘がありましたが、御三家でも一歩抜けていたと思います。
クラスメイトは、御三家を二つ合格して(2/2の学校がありましたので)、
桜蔭へという方がほとんどでした。
お茶大附の抽選落ちも多かったですね。
それから、スパルタとは全くことなります。
勉強は進度も深度も濃かったと思いますが、勉強勉強!と追い立てられた記憶はありません。
ただ、やはり真面目な生徒が多いので、結果的に勉強したと言うことでしょうか。
行事も多く、充実した6年間でした。
校則は厳しく、うんざりしたこともありましたが(笑)
後になってみると、校長先生始め、人間として大切なことを真剣に考え、教育していただいたと思います。感謝しております。
過去はどうでも、今がんばっている学校、伸びている学校、すばらしいと思います。
子供が入った学校がベスト!、前向きに進んでいきたいと
私は願っています。(と、思うように努力しています。ですね)
中学入試は人生のゴールではないのですものね。
今年、桜蔭の学園祭に行ってきましたが、生徒がきちんとしていて、且つ元気が良くて、すばらしい学校でした。うちの娘も気に入って、同窓会の展示室で自分のこづかいで桜蔭マーク入りのシャープペンを買ってきて、今でもそれで勉強してます。残念ながらとてもあれだけの偏差値はクリアできないでしょうが。
みっとみない さんへ:
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どこが的外れなのか、具体的にご指摘願います。
きわめて真面目に書きます。
私が書きたかったのは、日本経済が右肩上がりだった時代に、子女の教育に関心のあった
層が、それまでの「良家の子女」の通う「お嬢様学校」ではない女子教育の場を求め、そ
れに応える学校として期待された学校が桜蔭だった、ということです。
ですから、私が受験した当時は、さほど目覚しい進学実績をあげていなかったでしょう。
それでも、そこそこの実績は上げていた、だから私の親は桜蔭に「賭ける」気持ちになっ
たのだと思います。
探したら、昭和48年7月20日付けの新聞部発行の「桜蔭」という新聞が出てきました。
そこに載っていた昭和47年度卒業生(48年3月卒業ですね)大学合格者数です。
時代は変わる、ですね。
( )内前年度卒業生
・四年制大学・
≪国立》
東京大学 (1)
東京教育大学 (1)
千葉大学 1
大阪大学 1
名古屋大学 1
東京水産大学 1
東京外国語大学 3
東京農工大学 5(1)
埼玉大学 2
横浜国立大学 1
信州大学 1(4)
計 16(4)
≪公立≫
東京都立大学 1
計 1
≪私立女子系≫
日本女子大学 12
東京女子大学 6(1)
東京薬科大学 7
津田塾大学 4
共立薬科大学 4
東京女子医科大学 3
その他 12
計 52(2)
≪私立共学系≫
早稲田大学 29(2)
立教大学 28(1)
青山学院大学 11(1)
慶応大学 10(1)
東京理科大学 10(1)
学習院大学 9
明治学院大学 9
上智大学 7
その他 66(12)
計 179(18)
・短期大学・
≪私立≫
東京女子大学短期 6
女子美大短期 5
青山学院短期 4(1)
その他 16(1)
計 31(2)
≪その他≫
国立 2
各種学校 8
計 10
母校のことになるとスルーしなくてはと思いつつ出来ないことを、
どうぞお笑いください。
傍から見ていて可笑しいだろうなあと、自分でも思います。
時代は変わる さんへ:
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> 私の母は跡見を出ていますが、当時の跡見の滑り止めは桜蔭が定番だったそうです。
> 跡見と桜蔭の両方合格した場合は100%跡見へ進学したそうです。
>
得した人
桜蔭が入りやすい時に入学した人→すごい学校の卒業生だったんだ。
損した人
昔は入学するの難しいかったのに今は成り下がってしまった学校の卒業生
→過去のことをやたら引き合いに出す。
昔はどうであれ今は優秀な生徒が集まるから子供を入学させたいのです。
校風?もちろん考えますよ。よく似たレベルの学校から選ぶ。JGか桜蔭か。
52L12 さんへ:
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> >
> 大正期に設立された旧制7年生高等学校には、官立の東京高校(戦後、一高、旧制浦高とともに東大教養学部に)、浪速高校(大阪大学教養学部に)の他、私立から戦後大学に転換しつつ中高も併設した、成蹊、成城、武藏などがありました。入学時点で言うと旧制中学、卒業時点では旧制高校でしたから、一面では旧制府立一中と並立するのですが、卒業時でいうと、旧制一高などとライバル関係にありました。
これはいくら何でも言い過ぎでしょう。
一中とは同等かも知れませんが、一高のライバルとは言えないでしょう。
旧制高校の全てがライバルだったわけではありません。
旧制高校の中でも格差は大きくありました。
一高のライバルと言えば、やはり三高でしょう。
昔のことなんて、もう、いいじゃありませんか。
どの学校にも、それなりの歴史があるのでは?
昔は、あの学校は、あ〜だったのに、こ〜だったのに・・・・、
と思うならば、
自分の子供を入学させなければいいだけのことでしょう?
桜蔭は、中学受験をしないご家庭にとっては分かりづらいと思います。
「お嬢さんどこに合格したの?」ときかれ、「桜蔭」と答えた時、
「あ、聞いて悪かったな」といった申し訳なさそうな顔をされた方も何人もいます。
で、取り繕うように、「あ、なんか...知ってるかも」と目を泳ぎながらフォローさせてしまい、却って申し訳なく思ったりしました。大学付属校や国立の方が世間的な見栄えがする様です。
1人学年240人もいますので、いろんなタイプがいます。
本当に勉強が好きな子、男の子がすきなこ、芸能人が好きな子、漫画が好きな子、部活に打ち込んでいる子、共通するのは集中力があって、テストは皆さん物凄くできます。
でも学校は全然スパルタではありません、ただ皆「勉強するのは当たり前」と思っているようです。
関係者がスルーしているのに私が熱くなるのもみっともないですね。
しかしこのスレ、本題から完全に外れましたね、スレぬしさんはもう見ていらっしゃらないかな。
受験生とその家族の皆さん、寒くなりますが本番まであと2ヶ月、心身ともに健やかに頑張ってくださいね。
スレ主さま、横レスでお騒がせしてすみませんでした。
「お子様に幸せな6年間を・・・・・」と考えて悩まれるお母様、素敵なお母様ですね。
お子さまご本人の希望がより強い学校を・・・、私としてはお勧めしたいと思います。
他人の成績との比較ではなく、「本当は自分はどうしたいか」をものさしに生きる方が、
学校生活においても、のちのちの社会生活においても、有意義に過ごせる気がします。
自分のやりたい勉強、仕事を見つけた人は、本当に強いですから。
おだてられて伸びるより、自分の意思で伸びた方が幸せだと思いますが、いかがでしょうか。
これから寒い季節になりますが、お体に気をつけて、がんばって下さいね。
さて、桜蔭の東大合格者の件ですが、うっかり勘違いをして嘘をついた形になってしまいました。
昭和49年度卒業=昭和50年のデータ、ということに気づかなかったためです。
本当に申し訳ありませんでした。
女子校でも東大合格者数でランキングされるようになるとは隔世の感がありますが、
当時でも、中学受験の世界を知る人には、「桜蔭」と言うと、「す、すごい・・・・・。」と
絶句に近い賞賛はしてもらえました。(知らない人は知らないのは、今も昔も同じです)
「御三家」という言葉もすでにあって、桜蔭と女子学院ともう一校が人によって違うという
ような感じだったと思います。
四谷大塚は成績によって通う校舎が違っていましたが、「中野校舎」に通う事自体が
ある意味「ステータス」だった中、私は中野校舎の一番上のクラス(国立)でした。
桜蔭が他の私立の「押さえ」とか中堅(底辺)という扱いだと思ったことはありません。
それは「自慢」でも「誇張」でもなく、「私にとっての事実」です。
ついでに言えば、「スバルタ」とのご指摘には「は???」という感じです。
のんびり屋の私には、もっと尻を叩いて受験指導してほしかったと思うくらいですので(笑)。
ただ思うことは、先生方も生徒も皆、きっとすごくまじめだったのでしょうね。
その中にいては当たり前で、がり勉も特別な事もしていないと思っていても、
学力をしっかりつけて頂いていたのだと思います。
学校関係者の方々のご努力と卒業生の皆さんのご活躍により、母校が今をときめく難関校
なのは、大変誇り高く、ありがたいことと感謝しています。でも「昔」の卒業生として
コンプレックスを抱いたことはありません。
むしろ私は長い間、「学歴しか誇れるものがないコンプレックス」を抱いてきました。
もっと料理や裁縫の腕を磨いて結婚すればよかったとか、学校の勉強など実生活に何の
役に立つというのか、と長い間疑問に思っていました。
けれども、どんな取るに足らないようなささやかな人生を送っていても、学問を身につけて
いるということは、大変大きな財産であって、生活の全てに渡って知らず知らず生かされている
ということに、学問の価値の大きさに、最近やっと気づいています。
「成り上がり」を許す社会は、良い社会だと思います。
特に勤勉努力による成り上がりを許す社会は。
「成り上がり」を許さず、「名門」だけがその座にあぐらをかいていられる社会は、
庶民に夢と希望を与えず、努力する意欲を失わせ、権力者の怠慢と腐敗を生むと思います。
国民を愚民のままにしておけば、為政者は安住できると思うかもしれません。
しかし愚民の多い国はやがて疲弊し、衰退していかざるを得ないと思います。
それは歴史をひもとけば明らかですし、現に教育に力を入れている国は国力を増していると思います。
「成り上がり根性」は問題ありますが、「成り上がり」自体に問題はないのではないでしょうか。
むしろ時代の先駆者として、未来を切り開くその努力と知恵と勇気は、賞賛されていいと思います。
そういう意味で、もし桜蔭を「成り上がり」と呼ばれるならば、「お褒め頂いて」と申し上げる
べきかもしれません。
PS:−−−−と表示されてしまう部分に全て「nariagari」と入れてお読み下さい。




































