在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
ボーダーで志望校選びに悩んでいます
志望する私立中学が2校ありますが、どちらを第一にするか悩んでいます。
一つはなんとかギリギリで入れるかもしれない学校。
もう一つはまず間違いなく入れるだろう学校。
塾の先生はレベルの高い学校にすべきだとお話されますが、なんとか頑張って入学できたとして、果たして子どもは幸せな6年間を過ごすことができるのだろうか…と考えてしまいます。
おだてて伸びるタイプの子なので、余裕を持って入った学校の方が幸せなのではないか…と。
埼玉なのでそろそろ志望校を決めないといけない頃なのに、揺れに揺れて悩んでいます。
偏差値や校風ももちろん考慮の際の基準なのですが、学校へ行って生徒さんを見ると(特に中1や中2くらいの生徒さんたち)明らかに学校によって平均的な精神年齢の差を感じると思います。それはある程度偏差値と言う物差しではかれる部分もあると思います。ですから、偏差値を基準に学校を選ぶ事はそう表面的なことでもないと考えています。中学受験は早稲か晩生かでまったく要領が違うと思いますし、要領でかなり点を取る事が出来ます。
御自分のお子さんをその志望校の中1の生徒さんたちの中に置いてみて違和感が無いかどうか、も大事な物差しだと思います。
6年間で子ども達はまた大きく育ちますので、最終的にはどうかはわかりませんが、少なくとも中学の3年間、背伸びしすぎず、一緒に成長してゆけるお仲間を得られれば最高だと思っています。
おずおずさんのいうことはもっともですね。
ただ、ずっとこのスレを最初から読むと分かるのですが、
『受験する学校の偏差値は高ければ高いほどいい』
という主張を繰り返していたひとがいたのです。
本当に行きたい学校は第一志望の一校とすると、
第2志望校以降、順次ある程度合理的な判断が受験校選びになされるのは自然でしょうが、
『本当に行きたい、行かせたい学校』の選択を偏差値の高さだけでするといっているわけですから。
別にその方はそれでいいのでしょうが、
校風なんて・・・とその理由を言うので紛糾するわけですよね。
だってそういう人が自分の気に入っている学校を受けて競争率上げたらイヤですものね。
それはそうと、「おずおず」というHN,
かわいくていいですね。
なり・あがりといわれても偏差値が高い学校に通えると言うことは子供自身の実力があるということです。
それはこれまでの努力の結果。子供自身も誇って良いことですし、恥じることはないと思います。
よほど子供が学校と合わないという場合を除き、世間の評判を気にするのは親御さんのほうでしょう。
しかしながら他に選択肢がなく、なりさがり伝統校に通うことになった場合は子供になんと言ってフォローするのでしょうか。子供の方が偏差値表に敏感ですよね。皆さんに伺いたいです。
どちらも学校の個性として受け止めなければ親としてはやっていられない気がします。
昔の偏差値などを持ち出す方がいらっしゃいますが、
昔は中学受験する人数から全く違っていたわけですから、本当に意味がないですよね。
首都圏模試の偏差値とSAPIXの偏差値を比べないのと同じでは?
偏差値は人気投票と同じ。
どういう学校が指示されるかということは、時代と共に変わっているのですから、
偏差値というものは校風も含めているのだと思います。
進学実績が奮わなくて偏差値が低くても、時代にあっていないから人気がなくなったのだということで、それでよいと思えば、気にする必要はないのではないでしょうか?
それぞれの家庭で、その子にあったところを受ければそれでよいのです。
ただ、人気がある学校はやっぱり活気もあって、魅力的に見えます。
人気がない学校が、人気者に嫉妬して昔の話を持ち出すのは、かなりみっともないことだと思います。
学校の評判を貶めるだけですから、やめて欲しいなあと思います。
思うに さんへ:
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> ただ、人気がある学校はやっぱり活気もあって、魅力的に見えます。
> 人気がない学校が、人気者に嫉妬して昔の話を持ち出すのは、かなりみっともないことだと思います。
> 学校の評判を貶めるだけですから、やめて欲しいなあと思います。
>
>
「人気がある学校は活気がある」−これって真理だと思います。
大学も、早慶上智ICU理科大等の偏差値上位校のキャンパスは活気があると聞きます。
学生の心理的要素が大きいと思いますね。
これは重要 さんへ:
-------------------------------------------------------
> 「人気がある学校は活気がある」−これって真理だと思います。
>
>
これはいえるかも。
でも偏差値そんな高くなくても活気がある学校もあります。
人気があるというのはいつの時代も人の注目をますます集める要素ですよね。
人気者になりたいとみんなおもっています。
でも人が分からないよさを見出せる人々に支えられているというものも世の中にはあります。
人気者に近づけるけれど近づかない人も世の中には在ります。
人気がなぜあるのか、その理由も分からないまま近づいても相手にされないという事もありますよね。
やっぱり人の評価でなく、自分で本質見ないとと思います。
途中かなりの紛糾を経ましたが、ここまで読んできて、見方に多少の変化が
おこったり、自身の価値観が浮き彫りになり興味深いスレでした。
「校風」重視を主張する方、中でも伝統や名門であることを重視し、
そうでない学校を「なりあがり」と蔑む方に非常に疑問を感じました。
代々がその名門の出ならともかく、中学受験で志望校に選んだだけの方が、
今の時点では、先代の築いた礎に乗っかるだけ(しかも合格すればの話)の方が、
何故、まるでその伝統をかさにきたようなような発言ができるのでしょう?
随分むしのいいハナシです。
また、例えば日比谷高校のように、伝統があり名門でもある学校でも
現在の進学率が振るわなければ「今の日比谷じゃねー」「なりさがり」と
蔑まれています。やっぱり多くの人は進学率気になるんですよね???
伝統があり、名門であり、過去も現在もそれなりの結果を出し、悪い評判のない学校。
なんだー、結局いいたい放題なだけなのかぁ・・・と思ってしまいました。
校風はどの学校にも存在します。
私は偏差値も校風を形成する一つの要素だと思うので、あまりかけ離れた学校は
避けます。
中学受験が学力選抜である限り、そこに手が届くよう偏差値を上げる努力は必至。
立てば歩めのなんとかから、更に上を目指してしまいがちで、そうなると偏差値
至上主義なんていわれてしまうのかな?
どちらにしても、目指す学校への「憧れ」が存在しているんだからいいと思んですが。
それでは【祈】合格! おずおずはここで失礼いたします。




































