女子美の中高大連携授業
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
公立一貫様
>さて上記切抜きの部分ですが、ここに日本の未来の大きい部分が含まれている
>ように思うのですよ、日本人は
>本当の意味で、西洋的概念のエリート像はどこか馴染まないように思います。
>やはり親方と徒弟制度が馴染むのではないか、そこに市井の幸せがあるように思います。
「道」や「禅」の文化、なのでしょうか。
「極める」ということの意味、
技の習得と精神的な修練が切り離せないような。
一人一人が内的に研鑽を積む(人知れず、でよいのです)ことが理想
と思われている社会では、
西洋的なエリート像は、居心地がわるい、のかもしれない、ですね。
>あのころは素直に明日は今日より必ず良くなると、子供ながらに日本の未来を信じられた幸せな時代でした。
>翻って現在を敷衍するに、今日より明日が必ず良くなると今時の子供たちは信じられるだろうか・・・
若い人たち(20代から30代前半)は、ソーシャルな志向が強いですよね。
ベンチャーも「ソーシャルベンチャー」が盛り上がっていたりして。
彼らは、豊かになっても足りないもの、に敏感なように、思います。
彼らの世代の直観が、環境や格差や高齢化などの課題を、
経済活動に結びつけながら、乗り越えていく力、になれれば、いいな、
と、経済志向の世代の自分は、思いながら、見ています。
読者さん
> 「道」や「禅」の文化、なのでしょうか。
> 「極める」ということの意味、
> 技の習得と精神的な修練が切り離せないような。
> 一人一人が内的に研鑽を積む(人知れず、でよいのです)ことが理想
> と思われている社会では、
> 西洋的なエリート像は、居心地がわるい、のかもしれない、ですね。
私の書きたいことを端的に纏めていただきましてありがとうございます。
正に「道」を究めることに価値を置くということ。
話はそれますが(すみませんついつい横に行くのが好きなもので)
読者さんの文章は美しいですね、いつも感心しています。
実は以前趣味の分野ですが、ある雑誌に雑感程度の執筆をしていたことがあります。
いつも出来上がった文章を改めて読むと、その纏まりのなさに落ち込んでおりました。
今も進歩は有りません、文章で人に何かを伝えるための表現力を磨くことは、
なかなか難しいものですね、修行あるのみかも。
理由は「無試験であり、他の種類の公立が無い」から。
日本の公立一貫はダメ。理由は「入試があり、他の公立が在る」から。
元々存在理由を問われていた国立一貫と同じものを大量に作って、教育状況を悪化させた。
雑然と思いつくまま書いての投稿ですので、読みにくい点ご容赦願います。
1.学習到達度の目標をしっかり確認するために「改訂 高等学校学習指導要領 地歴、公民」をレビューし、始業した子供の通学する学校の新学年シラバス(私立高3)の内容と比較し、学習目標の設定内容、そして学校カリキュラムと学習指導要領による目標との整合性をチェックしてみました。
指導計画の作成に関しては、「公民科との関連並びに地理歴史科に属する科目相互の関連に留意すること」と社会関連各教科の知識を関連付けて包括的に社会を理解するようなガイドが記されています。子供の学校シラバスでは、指導要領の目標である科目相互の関連や資料・データの読み取りといったテーマに時間を割いてカリキュラムに取り入れていました。それは、早期カリキュラムにより高3迄に獲得した各教科の基本知識をベースにして、学習指導要領の目標にステップアップするための現実的に達成可能な要領に落とし込んでいることだと理解しました。一方、公立校で高3まで組み込まれるカリキュラムでは、多くの生徒がこの学習到達目標に達するのは時間的な制約から困難だと感じました。
2.また、今週は、アメリカでの教育機会格差改善するために若者達が取り組み、社会的にも話題になっているNPO、Teach for America(TFA)の取組みに関する紹介の書籍「世界を変える教室 ティーチ フォー アメリカの革命」を読み、彼らが目の前の最貧困地域での劣悪な教育の改善して学力向上に寄与するという目の前の課題を解決し、社会に長期的な変革をもたらすことを実現しているのか、その成果の本質を知りました。日本の公立校の教育基盤はアメリカよりしっかりしているようなので、内容的にはそのまま日本に当てはまるものではありませんが、学習効果を高めるため生徒に向かい合う教師という視点で見てみると、日本の学習課題上の問題点(例えば、世界的、全国的学習到達度評価試験での課題や、グローバル化要請の社会にもなっているにもかかわらず世界での社会活動に関心を示さない学生が多いとか)の改善で参考になる点が大いにありました。
上記の二つのレビューにから、個人、そして公教育での持続可能なそれぞれんのレベルで、いくつかの課題の改善策のピースをつなげ考えてみました。
課題 (参考キーワード)
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1) 学習目標の設定: (学習指導要領、社会の要請、個人の将来の目標)
2) 教える側が 如何に教えられる側の意欲を引き出し、学習に対する強固な意欲と意志を持たせることが可能か (生きる力、教師のイニシアティブ、制度)
3) 学習要領 (達成可能なカリキュラムへの計画、到達目標と過程での学習成果のモニタリング法)
3.ところで、昨日は、Webにアップされた「東京都の私学行政」についてレビューしてみてました。冒頭に、私立学校は、公教育機関として国・公立学校と変わりなく公教育の一翼を担っている。すなわち私立学校にも、公立学校と同様に憲法、教育基本法及び学校教育法が適用される。学校の設置基準も公立私立で変わるものではない、と明記されています。(自明なことですが。)
近年の変化に対するか新しい課題への取り組みは、私学の方が、学校単位で自主的に運営が出来て、制度にも柔軟性があり、教師裁量の余地が広く学習到達度の目標に対して工夫出来る余地があるため、特に今は、中高一貫校で高い学習効果を出しているのだと思います。公立校も制度、カリキュラムや取組みを変革し、教師のレベルアップを計ることで学習到達度を上げることは充分可能です。日本の公教育のレベルアップには、今後も、公立、私学両方の健全な競争と共存が必要だと感じました。
公立一貫さま
道は「極める」のではなく「究める」なのですね。
お恥ずかしい。。。
文章ほめていただいて、ありがとうございます。
公立一貫さまの文章は、とてもわかりやすいですよ~
わかりやすいから、思考に入ってくるだけでなく、心にも、ストンと落ちてきます。
ああ、そうだな~、と。
>ワーグナーの名曲「ニュルンベルクのマイスタージンガー(親方歌手)」
>私はワーグナーの曲では異色のこのオペラが一番好きです。
オペラですか~。
私は歌舞伎派、です。
極彩色の、不思議ワールドで、廻り舞台とか、ドロドロ、とおどろおどろしい太鼓の音と共に、花道の7:3(七三)から、物の怪が、せり上がりで出てくるとか。
>何と言っても楽しいですよ。
楽しいのが一番、ですよね!




































