在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
ちゃうちゃう。。。職業観じゃないかも。
今回は、使う単語が難しい~!(涙)
音楽の道で生きてこられた信頼感様と、ビジネスの世界で生きてこられた高校生親様との立ち位置の違いと言えば良いのかな?
私の職業はその中間地点みたいな部分があるので、お2人の言ってらっしゃる事がどちらもすごく理解出来るのですよ。
しつこいですが、高校生親様がお薦めして下さった本、読んでみて下さい。
私と違い信頼感様ならすらすら読めると思います。
紹介して下さった本を今読んでいる私は、高校生親様は、かな~り深い思考と意思を持って、今の日本の現状に問題意識を持ってらっしゃると感じています。
地域、時代様
>つまり、私の学校生活は遺伝的要素、環境に振りまわされてきているのですよ。
何をやっても「俺達(私達)とは違うし~」で、「褒めて貰えない」わけです。
それに対してもがき苦しんだのですね。
地域、時代様のこの苦しみに対して他者承認を得たいという欲求は良く分かりますよ。環境からして自然な流れだと思います。
>一般論にお2人の職業観が出ていると、私は感じております。
そうですか・・・内向性と職業観って関係しているかもしれませんね。
高校生親さんと信頼感さんのお話読みごたえがあります。
とても良いことだと思います。
以下お二人の深い考察には程遠い単なる呟きと思ってください。
信頼感さん
> 結局養育者の価値観を子どもたちはマネているだけです。
仰ることもっともだとは思いますが、むしろ親は反面教師であるとの見方は無いでしょうか、
親の価値観を否定することから自分を確立する意思はないのか。
私は見た目も考え方も理系の親父が嫌いでした、なにからなにまで自分の気質に合わず徹底的に
文系気質で対抗しようとしました。
求めるものは違っていたけども、行き着くところにあまり差異がないことに気が付いたのは所帯
を持って子供が出来てからですかね。
今思うと親不孝の息子でした、亡くなったとき本当に後悔しましたが後の祭りでしたね。
ついこの前まで、私の息子もそうでした、徹底的に父親を反面教師にしていましたね、話もしてくれ
無い時期もありました。
最近は一緒に酒も飲むこともあり、なんとなく解ってくれている感じもします。これからは自分で生きて
行くのに親父の背中は少し役に立てそうです。
高校生親さん
> 更に進んで言うと、今の、私が社会とのかかわりを意識し始めて欲しいと思う小学校中学年
> から高い偏差値を取ることだけが価値だと思わされる状態がどんどん進んでしまうと、
> 偏差値・大学名で選ぶことこそ社会との係わりだと思ってしまうのではないかという危惧があります
これは小中高だけではどうしようもない問題でもあるように思います、所謂ブランド大に入ることで志とは
別な世界で、評価される一面があることは否定しようのないところでしょう、根本的に産業界と大学との係り
が改善されない限り一定の価値観保有者が世に出ていくのは事実でしょうね。
志とはなんだろう、わたしも今まで係っても志のなんたるかが見えずじまいで生きてまいりました。
生活を何とか支えるだけで精いっぱいだったような気がします。(単に怠け者だったからかもしれませんが)
それよりむしろ、ますます窮屈に世の中が収斂していくような気がします。
現状を受け入れる気はさらさらないのですが、日々流されてしまっているのもこれまた事実・・・
本当は手に職を付け一生かけてその仕事をものにする「匠」の精神が志に近いと思っているのですが、全然異なる
人生を歩んでおります。
信頼感さまと高校生の親さまの話は、私には難しすぎて理解できていないのですが、何となく、現実と理想を表しているのかなと思いました。
大学を理想に近づけるにはどうしたら良いのか、ここ数週間、いろいろな方のご意見を伺って考えたのですが、解答が見つかりません。
大学の就職活動も公務員を除いては、ほぼ決着がつきました。今年は、早かったです。
私から見て志の低い学生(安定志向で、楽して金が多いところを狙うひと)ほど面接対策がうまく、内定をどんどんとってきてしまい、この会社にどうしても入りたいと熱望する学生は、肩に力が入り過ぎてだめだったりする。これだから、人生は面白いのでしょうね。
就職に対する学生の話を聞いていると腹が立ってきます。我々教育者の責任なのでしょうけど、大企業の人事部は何を考えてるのだろうかとも思います。理系であっても、大学が理想とする学生と企業が欲しい学生は違うのでしょうね。
でも、会社に入ってからが勝負ですから。
皆様
私の事情により、当面レスできなさそうになってしまいました。尻切れトンボになってしまうので、なんとか時間を見つけようとは思っていますが、頻度は大幅に下がると思います。皆様とここでお知合いになれて大変うれしかったですし、掲示板でここまでの議論をさせて頂けるとは思っていなかったので、大変残念ですが、事情ご賢察ください。また近いうちに。
公立一貫様
>仰ることもっともだとは思いますが、むしろ親は反面教師であるとの見方は無いでしょうか、親の価値観を否定することから自分を確立する意思はないのか。
あります・・・私もそうです。昨年他界した父親を反面教師としていました。ただ、自己が反面教師と決定した時期を振り返れば自我確立後です。小中段階で自律出来ていたとしても、養育者の影響下にあり、それなりの安心感、信頼感の中で生活しています。(ネグレクト、DVを除く)何より養育者の価値観の強い影響下にあります。養育者が市場規範を重視するなら、自我確立前の子どもは、その影響を排除できないと感じています。
>最近は一緒に酒も飲むこともあり、なんとなく解ってくれている感じもします。これからは自分で生きて行くのに親父の背中は少し役に立てそうです。
素晴らしい関係ですね。人生の先輩が、価値あるものを示してくれるので未来をイメージし易いです。私にとって重要な相対性(自分と対比して優れているもの)は、公立一貫様のように満足感のある人生を歩まれている方と相互依存関係を構築し、より多くの満足感ある方々に囲まれたいということです。つまり満足感の相対性を拡大したいと考えています。物質的(資産)相対性の拡大は、どこまで大きくしても満足感-疲労感の差引の連続になると感じています。




































