アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
体罰の定義には社会的コンセンサスがあるからだれも再定義しないのです。
対罰の可非と定義をごっちゃにするからおかしくなる。
大津の場合、肉体的暴行は犯罪ですので、現場に居合わせた第三者は、最低限の力を使って抑止し、拘束して公権力に引き渡すことができます。
現行犯逮捕は、別に警察官でなくてもできます。
教師でも教育長でも県警本部長でも、いじめをした学生を後で呼び出して殴ったら、立派な犯罪です。
これが日本の法律の枠組みです。
心ある教師は、この枠組みの中で苦労している、なかには、法律くそくらえ、と暴力に訴える人も居るわけです。
教師と生徒の関係に例外規定を設けたいですか?
しかし、別の話だが、
今の悪ガキは極めて狡猾だから、義務教育期間には、なにも怖いものがない。
教師に胸ぐらをつかまれれば、教育委員会に訴える、くらい言いかねない。
出席停止にさえできない。
親は無関心。
変なプライドで、学内に警察を入れるのはタブーでした。
こういう問題は、ある。
既に同様の回答はございましたが、
>これは「体罰」ですか?
体罰です。
いじめた子供を諭す目的での腕力行使ですから。
(一般論として)
諭し方の問題だと思う。
あるいは諭すことが必要な場面を減らすことはできないものだろうかという問題だと思う。
体罰(腕力による暴力)にしろ、言葉による暴力にしろ、
それらを用いずにすむ教育は?
その教育をしない歴代の大人社会の怠慢さと理不尽さに、
かの高校生も、これまでの被害者同様に、耐えられなかったのではないでしょうか。
昔は、中学でもめっちゃ怖い生活指導の先生がいた。
だから生徒は恐れてたし、口頭での指導でも言うこと聞くわけです。
今は、手が出せないのが分かってるから、生徒も教師をなめる。
当然言うことも聞かない。
だから教師もいじめを見ても、かかわらないよう逃げに回る。
子育てもそうです。
親が一切手をださずに育てたらどうなるか。
ろくな人間に育ちません。
虐待はだめですが、子育ての場面でも、殴るべき場面はあります。
あの、体育教師の行為の正当性と、
体罰(定義された)の正当性を、
混ぜて考えるから、話がややこしくなると思います。
教育現場に於いて、体罰(定義された)が容認されない理由は何でしょうか。
本当に、自衛隊などの組織で、体罰は容認されるのでしょうか。
それはどんな時ですか?
視点様
視点様の「体罰」の定義と容認できるできないの境界線について前レスでお聞きしましたが、いかがでしょうか?
>子育てもそうです。
>親が一切手をださずに育てたらどうなるか。
>ろくな人間に育ちません。
本当にそうでしょうか?
視点様はよく断定的に書かれます。
私は親から殴られたことはありません。
でも、私は「ろくでもない人間」ではないと思います。
自分の子どもに一度だけ頬っぺたをひっぱたいたことがあります。
私が感情的になり、思わず手が出ました。
その後反省し、殴ったことについて子どもに謝りました。
夫は義父からよく殴られていたとのことで、それがトラウマになったようです。
それが理由で、夫は子どもに手を出したことは一度もありません。
子どもが納得できるまで諭していました。































