アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
視点さん
> 少なくとも私にはそう見えます。
そう思いたい気持ちは解る、でもそれが正しいと亀田選手に刷り込まれていたら
自分の子供に対しても、暴力を使うようになる。
暴力行為は自分の中で正当化されて、他人に対しても必要とあらば暴力を行っても
正義のために構わないという考えに何れ至る。
> 自分の学校の生徒が世間様に迷惑をかけるような生徒でもほっとけと?
ほっておけとは誰も言っていない、暴力はそれでもいけないと言っていると思いますがネ。
>亀田のおやっさんは亀田選手殴ってましたよ。
>今亀田選手はおやっさんのこと心の底から慕ってますよね。
ボクシング界の親子関係はまた別じゃないですか(笑)
下手したら父が殴られかねませんから。
(私は正当防衛は否定しません)
体罰は、体を傷つけるだけです。
心に響く躾を心得ている人なら、安易に体罰に走りません。
体罰は殴った側の自己満足で終わりますから。
>前にも書きましたが、「体罰」以外に解決法がない場合ってあるのでしょうか?
前に書きましたが、次に手がでる場合の口頭指導と、手がだせない場合の口頭指導は全然ちがいますよ。
そういえば、ここにいる皆さんの子供は、小学校の時から中学受験塾に私学と世間から隔離された環境しか知らない人達ばかりでしたね。
だから「暴力反対」「話せば分かる」なんて夢物語を語ってるのか。
公立中学なんて、警察のお世話になる子供もいるわけで「話せばわかる」なんて甘いものではありません。
それと
> 私自身も子供の時に親によく叩かれたけど、親に対するわだかまりなんて何もないですよ。
これを言っても意味ないでしょ、少なくてもこのスレ内でも親を反面教師にとらえている人もいるのだから。
視点さんはそうだったという域を出ていない。
でも私もよく親からは叩かれたけど、わだかまりはありませんよ。ただし個人的感想に過ぎないですがね。
私もわだかまりはありませんよ。
風化してしまっていますし、
歳を取った父に恨みつらみを言う気にもなれません。
でも弱ってきても、未だに母に手を出そうとします。
明らかに自己顕示欲の強い人が暴力に走りやすいと思います。
公立中の話せばわかる相手ではない場合でも、
教師からの体罰は一方的です。
それこそ、体を張って道を正すべきで、
手に負えない場合は警察を呼べばいいでしょう?
殴りつけて服従させることの意味がありません。
公立一貫様
>少なくてもこのスレ内でも親を反面教師にとらえている人もいるのだから。
私の夫もその一人ですね。
夫と義父の会話や夫が義父を話題にする場合も、夫が義父にわだかまりを持っているように感じたこともありませんし、良好な親子関係に見えます。
夫から義父を批判する言葉を聞いたこともありません。
私が子どもの頬をぶった時に夫にそのことを話した時、夫は「俺は親父からよく殴られたから、自分の子どもには絶対に手を出さないと子供心に誓った」と言いました。
そして「子どもが親を尊敬していて、親が子どもにわかるように話せば、子どもは納得してくれるはず」と言いました。
夫は子どもに手を出したこと一度もなく、私も1回だけです。
視点さんの指す体罰って、教育ではないですよね。
力で悪を押さえつけることに正当性があるかどうかは
論点が違うと思います。
少なくとも、イジメる子を教師が殴ることは教育ではなく
犯罪を防ぐための手段ではありませんか?
これを教師がする権利があるかどうかは、また別の話しです。
親や教師に殴られたことがある・・と言っても
肉体的、精神的に傷つくほどの力でのことではないでしょう?
これは言葉の暴力も含みますが、相手を傷つけたらアウトですね。
自分の行為が相手を傷つけているかどうかも判断できず
それも人前で感情的に殴るようでは、教育者としていかがなものでしょう。
ちなみに人前で罵倒するような行為は、海外では完全にご法度です。
まちがいなく逆恨みされます。
亀田親子(格闘系)のような特殊事情を一般論化するのも
おかしいですね。
以前書きましたが今回の大阪の自殺にいたる過程で私が信じられないのは・・・・・・・・顧問の暴力を「体罰」と表現していることです。
教育現場に限らず「力を力で制する」という場面は沢山あると思います。その意味では視点さんの意見には賛成。もちろん理由のない力の行使には反対ですが。
この事件は悪事を働いた生徒の罪が最初にあって(万引きとか他の子をいじめるとか授業妨害したとか)・・・・・・・それに対して罰を与えたというものではなく「気合い入れ」とか「活を入れる」「皆の見せしめ」にするという暴力そのものではないですか。
あの教師のやったことは「体罰」でなく一方的な「暴行」でしょう。強くするための精神注入が高校スポーツで必要とは思わない。
一方、力の行使とは「言葉で説諭しても効果がない」「相手が殴り掛かってきたときに・・・・・・・緊急避難的にその場で相手を張り倒すとか反撃してこちらが大きなダメージを負うのを回避する」などなどで認められると思う。
いじめっ子がいて弱い級友が順繰りに毎日泣かされていた。しばらく様子を見ていたがあまりにひどいのでその学年の番長クラスが何人か集まってそいつを呼び出して制裁を加えることにした。
野原である種の暴力行為が行われた。そいつは2度と弱い者いじめをしなくなった。クラスは平和になり弱い子たちもいじめっこに怯えず学校に通えるようになった。こうした先生の手を介さない自主的な秩序の維持が私の学校にはあった。
ただ・・・・そういうことが成立した条件はいくつかあって・・・圧倒的にケンカの強い子供が複数いてそいつらが一朝事ある時は団結して・・・・頼まれなくても一肌脱いで先生たちも一目おくようなところがあった。
もちろん先生はびんたもしたし罪に対する罰という意味での体罰も普通にやっていた時代だった。家庭でも星一徹のような暴君親父は多数いただろう。
「力の行使」は必要なときはある。ただ今回の事件はただの教師の暴行傷害だとしか私には思えない。































