アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
■視点さん
>教師がちょっと手をあげたら「体罰だ」と親が学校にねじ込みにくる今の感覚
??
「教師がちょっと手をあげた」とは、なんだ??「ちょっと」ってなんだ??
そんな話題だったのか?どこに、そんな話題どこにある?
こうやって、「ずらして」いくのは・・卑怯でないか?
「理不尽な体罰は、スポーツ指導として必要か」という話だろ??
理不尽大好き、視点さん。
>今は、自分や子供の権利しか考えない時代。
視点さんだろ、自分と自分の子供のことしか考えてないのは。
他人の子が、どうなろうと、弱かったで、終わりなんだろ?
動機さん
江森一郎『体罰の社会史』によれば、
江戸時代は寺子屋でも藩校でも、体罰否定が主流派だったとのことですよ。
学校で体罰が横行したのは日露戦争以降で、
軍隊式の教育法が採り入れられてしまったから、のようです。
拷問と教育を一緒にしちゃいけません。
企業人様
>私の中学には、昼過ぎになるとOBがバイクで乗り付けて来ました。
早く高校でバイクを買い、暴走族で成果を上げれば、暴力団が準構成員に取り立ててくれる、そうなればサラリーマンなど目じゃないくらい金が入る、と真面目に話す?一団まありました。そういう時代でした。
そうですね・・・私の通っていた高校にも真昼間から校庭をバイクで暴走する輩がいましたね。
金八先生の影響ですかね・・・仰りたいことはよくわかります。
当時、ヤマハ、スズキ、ホンダ、カワサキ等のワークスチームがGP500クラスで優勝争い(コンストラクターズで)していましたよね。世界に名だたるメーカーが4つもあるのにモータースポーツへの理解は希薄で、日本人ライダーも世界的に活躍する人はいませんでしたね。モノは作れてもそれを乗りこなすヒトを作れないこの国の縮図を3ない運動にダブらせていました。
当時思っていたこと・・・それは、日本人以外の操るホンダエンジンのクルマの優勝じゃなくてドゥカティでも何でもよいので日本人ライダーが圧倒的パフォーマンスをする姿を見たかったということです。
剥奪する解決じゃなくて教育を施すことでモノとヒト、両方育つんじゃないかと・・・。
(現在は、活躍する人もいっぱいいますけど。)
横でした。
>体罰、体罰というけれど戦前の軍隊なんてのは理不尽なんてもんじゃない。娑婆とは違うという意識を刷り込むために徹底的にいじめぬく
>本田宗一郎はスパナで殴った。それを受け入れる社員はいた。そして・・・・・多くは懐かしげに当時を話す。今の感覚からはおかしいことかもしれないが・・・・その感覚を分かる世代はかろうじてまだ生き残っているのではないか?
終戦直後から高度成長時代までの話でしょ。昔はよかった。先輩の理不尽を黙って我慢していれば、年収も上がって年金もたっぷりもらえたわけだから。
大企業のおじさんたちが自分たちの年収年金守るために若者の新規採用絞ってるような時代に、そんなお説教は通用しませんよ。
続いて、ラグビーの平尾さん。
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僕たちスポーツ指導者は、選手を兵士に仕立て上げてはならない。
追い込み型指導でそこそこ戦えるチームに導けるほど、私たちの国のスポーツ水準は低いのだ。
この現実から出発しないといけない。
ホンモノの競技力は、然るべき人間的資質を涵養しておかないと決して身につかないものだと思う。
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特に、
>追い込み型指導でそこそこ戦えるチームに導けるほど、私たちの国のスポーツ水準は低いのだ。
は示唆に富んでいると感じます。
言い換えると、追い込み型指導をやめた競技ほど強くなるということ。
例えばサッカーのクラブチームで、体罰による強制をやっているところは皆無でしょう。
私も、地域、時代さん、公立一貫さんの
「(科学的な指導方法によって)日本のスポーツは強くなっている」に賛同します。































