アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
あれ?さんは
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学校の教師全員、さらには在校生や保護者、志望者は責任をとらされるのではなく、単に不利益を被る可能性があるということでしょう?責任をとらされるのは、体育科の教師全員(校長その他の教師も)とありますが。責任をとらせるのが市長の役割だから自分がやる、教育委員会では無理だから、と市長は言っているようですが。
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『責任をとらせてはいない。』と、橋下氏と同じことをいいますがね。
ツイッターでも、自分の判断は
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受け入れ態勢が整っていない学校に新入生を受け入れるわけにはいかない。在校生についてはそのまま継続。そして受験生には普通科枠の増員。これが混乱回避のギリギリのところ。生徒や受験生に責任を取らせたわけではない。
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「責任を取らせたわけではない。」
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なによりも実態解明。なぜ桜宮高校がこのような状態になってしまったのか。生徒や保護者意識も含めて解明する必要がある。その上で対応策。それができて、初めて活動再開。それまでは活動は停止だ。それが子どもたちのためである。
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「子どもたちのためである。」
と言ってますが・・・詭弁ではないでしょうか?
「責任」とは、たいがい、その責任あるモノが、『不利益』をもって、責任を取ったことにするのです。
移動、減給、などなど。
責任が「直接」ない者への、「不利益」は、避けるのが当然です。
「生徒や保護者意識」を問題として、どーも、「間接的」に責任があるかのような、発言をしてますが。
不利益によって、「結果的」に『責任を取らせているのです。』よ。
入試をやめ、部活をやめ・・誰が、不利益を受けるのですか???
「生徒や保護者」に、『それを容認した、止めれらなかった・・・その体質が』・・と責めてますけど。
市長が、「教育においては、バシッと、頭たたいてでも」ってこと言っていたのだから・・トップがそういう「体質」だったわけだし。
「そんな体質は、変わらない」というなら、市長だって変わらないだろう。
なぜ、自分は、一瞬でできるのに、「生徒や保護者」や先生は、無理なのだ??
市長は、もう反省したから、自分はいいけど・・「生徒や保護者」は反省してないということになるのか?
「生徒や保護者」が、『先生を止められなかったこと』を、責任として追求し、その不利益は受けるのは当然というのは・・「ムチャ」である。でも、結果は、そういうことになる。
だいたい、そんなこというなら、
橋下市長は、
「過去、自分が所属した属性の、誰かの、問題全て、止められたのか?止めてきたのか?」
「止められなかったことにたいして、不利益をうけることによって、責任を取ってきたのか?」
「市役所の、職員に、1人でも問題があったら、全員、転勤させるのか?市の活動を停止するのか?」
できなかっただろうし、してないだろう。
『自分のことを棚上げ』です。
■シルバースプーンさん
>大阪市長もそうだし、視点さんもそうなんだけど、
>議論に負けない人って、要は、自分のことを棚上げできる人なんですよね(苦笑)。
そうなんですよね~ はげしく同意。
『自分のことを棚上げ』です。
>しかも体罰を容認してきた市長自身が辞職しなければ筋が通らない。
>なんで追及側にまわってんねん?って話です。
これも同意です。
適性様
身の危険がある場合の体罰は確かにありですし、それは幼少期の躾けの時期に合致します。トイレットトレーニング以後の2~5歳ぐらいまでの話です。
>■「体罰」というものは、場の『緊張感』を高めるのに、非常に「効果的」です。
体罰という手段以外にもあるとは思います。指導者の迫力とか・・・声が大きいとか。
それでは、足りない場合もあるのでしょうが・・・。
>『完全』に『例外なく』禁止して、それを十分わかっている「なめた」生徒に。。
暴力以外で『強い』精神作用がある(こころに残る)方法なんて、あるのか?
適性様は度々この例を示しますが、根っこは可愛らしい子供だったわけで、度重なるボタンの掛け違いによるものです。現実問題、こういう生徒には特別なプログラムが必要だし、時間も膨大にかかります。(根本解決は専門家に依存するしかない状況)
老眼様も仰るように未就学児童の躾け及び養育者への指導を充実するだけで少なくとも駄々漏れで輩出される小1プロブレム児童を一定レベルに食い止められるのではと考えます。適性様の示した該当生徒とは対処を分けた方がよいと思っています。
人は、信頼関係以上の強制(父性)を受け入れられません。溢れた部分は我慢するだけです。我慢の器も溢れたら、他者に暴力を向けるか、自分に暴力を向けるか、何かに依存するかだけです。
>先生に、何らかの、生徒をコントロールする、武器?は与えられないのですか?
生徒をコントロールできないのは、先生だけが理由ではありませんしね。
中高での現実的な対応として考えるべきなのかもしれませんね。
ただ、小学校では、武器=愛情でなければ、中高で爆発する子供達を輩出してしまうことになろうかと思います。
適性さんの問題提起「体罰の効用は?」はじっくり考えてみる必要があるでしょう。体罰反対は結構だが・・・・・究極になると「すべての力の行使は反対。話せばわかる」と善意にあふれた聖人のような人が「人としての道」を説くのだが・・・・・こういうのはどうなんでしょうね?
「人は生まれながらに善」「悪事をなす赤ん坊はいない。誰もがいい子だ」と考えるのはいいが・・・・・・こういう宗教チックな言説は本当か?
餌場を巡る争い、メスを獲得するためのオス同士の戦い、縄張りを犯した者に対する攻撃・・・・・・・・生物としての本能は地球45億年の生物の進化の中で脈々と受け継がれたものでそう簡単にすべての人間が平和主義者になり「話せばわかる」人たちだけになるとは思えない。
自己の生存、自分が食っていくためという動物的本能だけならまだ可愛いが宗教的確信やら偏見、大義のために殺しあうのだから人間は性質が悪い。ヨーロッパの統合で楽観的に人類の将来を見る向きもあるようだが・・・・・そう簡単ではないだろう。
力の行使が必要な時があるのは教育現場でも政治外交の世界でも厳然とあるだろう。 それを無視するのは理想ではなく空想。
おっと・・・・・アルジェリアの治安部隊による攻撃を見ていたら思わず書き込んでしまった。 闖入失礼しました。話を続けてください。
今朝の日経新聞の「世界で通用する大学へ 多様な人材どう育てる」で、東大の学長の浜田さんが言ってましたね。
立命館学長の川口さんが「・・・今の高校の激しい大学受験競争を変えないと、本当の意味での教育はできない・・・」と言われたのに対し、
浜田さんが「特に足かせになっているのが「公平感」だ。東大は、今、地方の公立高出身者が減っている。・・」
と言われてます。
フライングやドーピングで凡才を東大に送り込む私立の陰で、地方の公立高校出身者が減っているという、「アンフェアネス」をなんとかしないといけないという問題意識です。
そういえば、ここでも東北の合格率をだして私立優位でないといった詭弁を弄していた人がいましたね。
マクドナルドの原田さんの問題意識も私と同じ。
「自分で探求して発見する力の教育が少し遅れている」
「自ら成長するのではなく、無意識のうちに育てられている環境なのかもしれない。自己成長を育む視点が必要」
「日本では幼稚園から予備校が存在し、社会人になって初めて違う世界にショックを受ける」
「どこが欠けているか整理すると、やはりコミュニケーション能力。ドキュメンテーション、プレゼンテーション、建設的なディベート、セルフモチベーション、クリエーティブシンキング。そして最後は人間力、リーダーシップだ。」
閉じられた世界でドーピングとフライングで純粋培養された「受験秀才」は社会で通用しないしなんとかしないといけないと企業人や大学人は考えている。
>「人としての道」を説くのだが・・・・・こういうのはどうなんでしょうね?
説いてはいませんよ。
意見を書いているまでです。
人としての道、これ以外のことを優先するから、いろいろ問題が生じるのです。
>「人は生まれながらに善」「悪事をなす赤ん坊はいない。誰もがいい子だ」と考えるのはいいが・・・・・・こういう宗教チックな言説は本当か?
これらの命題、誰が答えることができましょう。
「と考えるのはいいが」とありますように、誰にも肯定も否定もできない。
完全否定の立場に立てば、他国を含め過去の歴史にみるように、かなり不自由な世の中に生きることになります。
完全肯定の立場に立てば、悪知恵の餌食になります。
完全肯定の立場に立てば悪知恵の餌食になる。
これは大変な矛盾をはらんでいます。
善しか無いのなら悪智恵は生まれませんからね。
では、なぜ矛盾が生じるのか?
善を保つための努力を我々はしないからだと思います。
だまって何もしないでは、善を得ることはできないのではないか。
努力をすれば、得ることができるのではないか。
「人は生まれながらに善」というのは、そういう条件付きなのではないか。
芽をもっているということではないか。
なぜに宗教と結びつけるのかはよくわかりませんが、無宗教ですよ、わたしは。
>餌場を巡る争い、メスを獲得するためのオス同士の戦い、縄張りを犯した者に対する攻撃・・・・・・・・生物としての本能は地球45億年の生物の進化の中で脈々と受け継がれたものでそう簡単にすべての人間が平和主義者になり「話せばわかる」人たちだけになるとは思えない。
簡単ではないから、思えない、から試さないっていうのはもったいない話です。せっかく人間として在るのだから。
>自己の生存、自分が食っていくためという動物的本能だけならまだ可愛いが宗教的確信やら偏見、大義のために殺しあうのだから人間は性質が悪い。
宗教の本質や大義の本質が殺し合いであるなら、世界中で毎日殺し合いが続き、もういい加減人間は滅んでいるでしょうね。
そうならないのは、殺し合い、それはミスだからでは?
ミスしたことをもってして性質が悪いと断じるエネルギーを、良いことを育てるエネルギーに転用するほうが良いと思います。
>ヨーロッパの統合で楽観的に人類の将来を見る向きもあるようだが・・・・・そう簡単ではないだろう。 力の行使が必要な時があるのは教育現場でも政治外交の世界でも厳然とあるだろう。 それを無視するのは理想ではなく空想。
無視どころか、現実を痛烈に認識しているが故に、それは変えなければならないと思うのです。































