在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
信頼感さん
大人の責任は今ほど真剣に考えることを要求されている時代は無いのではないでしょうか
本来の意味からは外れますが一つの事例として最近の「今風の名前」が有りますよね?
仕事柄そういった名前に出会わすことも多いのですが、本当にこの子の親は真剣にこの子の
未来を考えてやっているのかと思う名前が多すぎます。
このエデュでも確かこの手にスレッドがあったと思いますが、私はまともに読めもしない名前
を付けることには絶対反対です。
どうか「夜露死苦!」
地域、時代様
ポートキー様、
公立一貫様
> もしかしたら歴史に学ぶ人間って、結構単純でア○な性格なんでは?
> というのも、彼って自分の経験でしか物事を語れないタイプなんですよね・・・。
ドキ! 私は歴史に学ぶ人間かどうかは自信がないけど、単純なア○であることは確かです(泣)。
歴史から学ぶ、という姿勢を育てるのは、案外すごく単純なことで、小学校時代に縄文時代の火起こしの大変さを体験するとか、十二単を着てみるとか、
集団疎開の模擬体験をするとかで、「自分の体験」をできるだけ多く積むのが有効のような気がします。
そんな「体験」が基になった歴史理解を、中学高校で習う知識とうまく結び付けられればいいんじゃないかと。
学校のテストも論述中心にして、記憶力競争だけでは対応できないようにすればいいと思います。
「生きる力」につながらないかな? 単純ですみません。
世界史は、いきなり中学過程から、しかも断片的に始まるから大変なんですよね。
蟹鹿王、ほんとおもしろい! 私は高校で、ギリシャ人の名前(みーんな〇〇〇〇ウス!)のところで挫折しました…。
■公立一貫さん
確かに、変わった名前多くなりましたよね。
個性的を超えてる場合も・・・読むことが不可能な場合も・・
最終的には、親の権利?なんでしょうが・・
昔・・
******************************************
1993年8月11日、東京都昭島市の役所に「悪魔」と命名した男児の出生届が出された[1]。「悪」も「魔」も常用漢字の範囲であることから受付されたが、市が法務省民事局に本件の受理の可否に付き照会したところ、子供の福祉を害する可能性があるとして、親権の濫用を理由に不受理となった
******************************************
ありましたね。
名前は、祝福であって欲しいですね。・・・常用漢字の範囲だからといって・・・
「生きる力」・・これは、ちょい難しいですよ~。
皆さんと一緒です(笑)
私も・・・ちゃちゃいれしかできません。すみません。
ただ、思うのは、ゆとり教育は、「これ」を目指して、「頓挫した」という思いがあります。
ゆとり教育の、理念は、生きる力、そして、先に進むより、全員、基礎を理解できる子にすることを重視する。落ちこぼれを作らない。
・・ということだったと、記憶してます。
ミスターゆとり教育の寺脇 研さんは、そのようなことを言っていたような。
でも・・
理想と現実とのギャップ・・・
落ちこぼれが劇的に減ったとも思えない・・
全体の学力の低下・・・
お茶をにごした、生きる力のカリキュラム・・・
うーん。です。
ポートキーさんのように、「感受性」や、「生きる力」なんて、授業で簡単に見につけられたら、苦労しないわけです。
ただ、常に、そこに、繋がる授業を、継続して、提供することは、必要ですし、諦めてはいけないのですけど。
ハリーポッターさんの、言うように
>・・「自分の体験」をできるだけ多く積むのが有効のような気がします。
うまいこと、体験を組み合わせるとか・・地道に・・
昔、養老さんが・・・
都会の子は、クラスごと、長期(一ヶ月?)の、田舎暮らしをさせればいいという提案があって、それはいいと思いました。自然と触れ合うってのは、時間が必要という考えでしょう。
ハリーポッター様
私は日本史から、過去も未来も変わらない普遍的なものはないのか?とそれをお題に読んでいます。
もちろん、そのような読み方をするようになったのは大人になってからです。
どういう状況の時に、一つの盤石であろうはずの集団がおかしくなるのか?
なぜ、命をかけてまで戦う必要があるのか?
また、戦があった時、歩兵の一人一人は何を思い、何を考えて命を捨てる覚悟が出来るのか?
戦争は、なぜなくならないのか?
などなど、、、。
と、真面目な事を考えつつ、一方では、私が将軍になったらどうするかな~??
美味しいもん一杯食べられるんやろな♪でも、毒入ってるかも、って思いながら食べる食事ってどうよ?
あの時の大老だったら、あの判断は、違うんちゃうか??
でも、基本、私は女なんよな~。と考えると、大奥の中で暮らすのは嫌やな~、絶対に嫌、性に合わんで。
とか、そんなありえない事を考えて楽しんでまーす。
上杉謙信は女性だったかも知れない説、読んだりすると。
そんな荒唐無稽な~!!あ、、でも、私なら髭さえ生えれば、周囲をだます事は可能やな(爆!!)、なら可能なんか?
とか、ワクワク出来るんですよね。
公立一貫様、適性様
名前の問題・・・現場では、難しい名前が多いのですね。
身の回りでは、「ウラン」ちゃんって子がいます。可愛いらしい感じ♪
それから牧師先生で複数存じ上げる名前が「モーゼ」さんです。
何れも、ある人格を指してそのようになって欲しいという親の願望なのでしょうね。
「悪魔」くんもコミックの主人公だとすると1万年に一人という超天才児のようですね。
親御さんは、この主人公のイメージを言葉で切り出せず、主人公の名前を選択してしまったのでしょうかね。名付けられた子どもが、この文字を背負って人生を歩むことをもう少しリアルに想像出来たら選択しなかったようにも思います。
漢字の持つ意味合いよりも、キャラクターや音の響きを重要視する・・・流行りなんでしょうね。浮世流行れて巡るだけ・・・ってことかもしれません。
コロンビア白熱教室第3回目、4回目
信頼感様がおっしゃる「アイエンガー教授はシーク教徒です」これが、教授が「選択」というものを強く意識するベースになっているのではないか?
また、教授は人生の半ばで目が見えなくなった。
その事は彼女の選択を狭めた事は間違いない事でしょう。
しかし、彼女は第2回目で言っている。
「私は目が見えないというハンディを負った代わりに、感じる能力が発達したとも思っています。」と。
また、アイエンガー教授は「自分が感覚で選択してると思っていても、そこには自分の学びと、経験が確実にベースになっている。結果、自覚があるなしにせよ、直感とは経験の積み重ねから発生している感覚である。」と。
私は、ここの部分に深く同意しながら話を聞いていました。
そこで面白いのが「選択日記をつけてみて下さい」という、方法論を教授は学生さん達に教えるんですよね。
あれは選択する訓練だと思うのですが、結果的に「直感を養うための訓練にもつながるのだろうな。」だと私は感じました。
次の授業が楽しみです。
で、、信頼感様。
あの授業を聞いている学生さんの中に、存在感のある素敵な日本人男性がいらっしゃいますよね。
第3回までは後ろの方に座っていて、4回目で前に座ってるブルーのシャツ着た男性。
私の信頼感様のイメージはあの人っぽい感じ。どうっすか?あの男性と似てる?似てない?っすか?(笑)
また、あの帽子かぶったおばさんのキャラは濃いっすね。すっごい気になる女性です(笑)。




































