女子美の中高大連携授業
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
宮台さんが言ってるのは、
生徒も保護者も体罰容認体質になっていて、
桜宮高校には体罰指導が土壌に根付いてしまっていると。
だから、そんなところに受け入れても受験生のためにはならない。
募集停止をして改善が確認されてから入試再開をすべき。
それが真の受験生のためであり、市の責任の取り方である。
と、そういうことですよね。
入試停止に反対している人も(私も)、このロジックに反対しているわけではない
と思うんです。
そうではなくて、4月までに改善するのが市の責任だ、という考えなわけです。
根付いちゃってるからできない、というのが宮台さんの見解なんだけど、
私は逆に、期限を定めないことで改善の手が緩くなり、
結局はウヤムヤのままで終わってしまわないか、という危惧をもっている。
原因究明をどんな体制でやるのか、今後どんな教育を目指すのか、
いつまでにそれを成し遂げるのか、これらを早急に明らかにして市民・府民に納得してもらう。
現状、これが抜けているから、受験生の不利益ばかりが目立ってしまい、
世論を二分してしまっているのではないでしょうか。
コギトエルゴスム(我思う故に我有り)というデカルトの言葉がありますが、私自身は心の動きが先にあって言葉、理屈は人が後から付け足しただけのものという解釈をしています。一方「先ず言葉ありき」というのもありますがこれは典型的な信者の発想で私に言わせれば空しいだけです。
変わった変わった、これもまるで言葉の通じない信者の言葉(例えば南無阿弥陀仏とか)の如くです。教養の議論もまるで教養教の教えのようでした。
私が興味を持ったのは無常感さんの家族構成や職場環境なのですが良ければお答えください。何人家族ですか?両親、奥さん、子供は不機嫌になっていませんか?その中で無常感さんに影響を与えている人はいませんか?職場はなんていう部署でどういう立場でしょう?上司や部下に嫌がられていませんか?
前よりはっきりと不機嫌になったように感じたので私は無常感さんを相変わらずと表現しました。居場所を奪われるような環境の変化があったのではと心配になります。書き込みが無茶苦茶になっているのは現実の問題と向き合えていないからというのは疑いすぎでしょうか。
あの人は・・
>2校めのような適性さんスルーはしませんから。
と言ってますが・・・
『何が、どう』変わったのか?という質問は、「スルー」してますね。
「私は、変わりました」という「だけ」では・・・煙に巻いているだけで・・『答えではない』ですからね。
適性さん
あの方は、
イヤガラセすることを恥かしく思わないカワッタオトナですからね。
丁寧に接してもムダですし、そうする必要もないと思います。
誰かが困るのをみて喜ぶタチなんです。
割って入り、破壊する。
そして得意になる。
しかも無自覚の演出付き。
ワンパターンの手法だから解りやすいです。
時間とスペースを無駄にし失礼。
産経新聞 1月27日(日)15時27分配信
大阪市立桜宮高体育系2科の入試募集中止に絡み、橋下徹市長は27日午前のテレビ朝日番組で、自らが要請した募集中止を市教委が拒否した場合について、「教育委員会と首長の判断で対立が生じたときは有権者に問うしかない」と述べ、出直し市長選も念頭にあったことを示唆した。
また、同校の募集中止に絡み、府立高体育科の定員増加をめぐる24日の協議の中で、市教委がまとめた改革プランの内容の是非について長谷川恵一委員長と府教委の陰山英男委員長との間で応酬があったことについて、橋下市長は「府教委と市教委の対立なんです。併存させる必要なんてない」と述べ、府市の教育委員会の統合の必要性を口にした。
>産経新聞 1月27日(日)15時27分配信
なぜそう言ったかというと、
「社会が示さなければならない」
という考えがあるからですね。
これには共感します。
しかし、であるなら、
体育科募集中止する/しない(受験生在校生がとばっちりを受けるだけ)
出直し市長選をする/しない
府市委員会統合をする/しない
というのは的外れで、
またもやトカゲのしっぽ切り的対応だと思います。
もっと本質的なところで示してほしいですね。
期待します。
生徒も保護者も体罰容認体質になっていて、
桜宮高校には体罰指導が土壌に根付いてしまっている。
だから入試停止は正しい。
この宮台さんのロジックに「致命的に」欠けているのは、
なぜ生徒や保護者が体罰容認体質になったのかという原因究明の視点と、
どうすればそれが解消するのかという改善への指標です。
橋下市長は「生徒や保護者、志願者にも問題があった」という。
しかし、この発言が出たことで
「学校側=加害者」「生徒側=被害者」だったのが
「学校側&生徒側=共犯者」に変わった。
人は誰でも自分が責められれば反発する姿勢を取るし、
共犯者をかばう心理にもなってしまう。
生徒らの橋下市長への暴言や体罰指導容認発言は、ここに要因があると見ます。
ゆえに、入試中止や部活動延期といった生徒側の不利益が大きくなるほど
生徒側の「罰」が重くなり、抵抗が増えるために、彼らの体罰容認体質は解消しない。
というパラドックスに陥ってしまうでしょう。
同じ入試中止でも、以前に私が書いた
(1)生徒は絶対に悪くない。
↓
(2)生徒が「体罰指導も良し」と考えていたとしても、そう思わせる指導しか提供しなかった学校が悪い。
↓
(3)改善すべく最善を尽くすが時間が足りないので入試を中止させていただきたい。
↓
(4)志望していた生徒にも、一生を左右する迷惑をかけて心からお詫びする。
このロジックであれば、
罪は「体罰指導をしていた学校側」に限られるわけだから、
不利益を被る生徒側には、学校側を責める気持ちが生まれ、体罰指導を否定する心理が育ちます。
つまり、
ロム大阪市民さんは(2)ができない、とおっしゃていましたが、
(2)をやることこそが、桜宮高校の体罰容認体質を解消する道筋だということです。
本当に解決したいなら、なぜ(2)をやらないのか。
橋下市長のいつもの強権が、なぜ(2)に発動しないのか。
私ごときが考えるロジックはブレーンだって提案したはずなのに
なぜ市長は採用しないのか。
(2)をやれば、市長自身の体罰容認姿勢をも否定してしまうからできないのか。
それは保身のために改革を妨げることにならないのか。
という疑問が湧くわけです。
桜宮高校の件では
市長への批判と体罰指導への批判は分けて考えることができない
と私の思う理由がここにあります。




































