女子美の中高大連携授業
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
面白い考えですねさん
人の心が読めないわけではないけれどそこに人間としての耐性がないと
一方的に相手が悪いと決めつけたり
論理性のない憎しみだけの会話になるのでしょうね。
私留学したときには、
10カ国ぐらいの生徒と同じクラスでディスカッションしましたが、
アラブ人なんかイギリスの先生と論議して(けんかにもみえる)
一歩も引きませんから。
(ちなみにアラブの方々は日本人に好意的でした)
あんなところで自分の意見なんか吹き飛ばされるんですけど
やはり、相手の意見をきちんと聞こうとする姿勢だけはきちんとありますね。
全然違う価値観でもきちんと聞く。
空気を読めという文化は読みすぎて相手の立場になりすぎると
意見も言えなくなりますね。
結局ある自分の理想の形に自分を押しこめているんじゃないですかね。
(服装でも形から入れって言うのもあるけど)
それよりも自分のなりたい未来の理想を追求していけば
結局自分を磨くことになり
それが自信になりそうした自分にまわりもよい感化を受け
同調する仲間ができるんではないでしょうか。
未来の自分を想像できていないから
内向きになるのでは?
>それよりは、多少、KYでも良いので、自分を出してと話しているのですが。なかなか、難しい問題です。今の学生の中には、他人に接するときに配慮し過ぎる傾向にあります。他人との接触ができなくなったり、うつ病になってしまう人も少なくありません。空気を読むという言葉が一時はやったのですが、それが強迫観念になるケースも多々ありました。
>こんなことを言わなければならないほど、今の学生は自分に利益が(見え)ないことに関して、無意味だというのですよね。 研究室にいる間に、少しずつ、学生の意識改革を試みているのですが、なかなか聞いてくれない子も2割ぐらいいますね。
面白い考えですよねさんは大学の先生ですよね。
東大でしたっけ?
ご苦労様ですって、ねぎらいたいのもやまやまですが、
しかし、まあ、
健全じゃないですね。いろんな意味で。
該当する学生はかわいそうだ。
被害者でしょ、社会の。
加害者は、我々。
若者に職を与えないは・・、若者の負担を増すは・・、
ですから、
学生さんに意識変えろと言ったって、
変えるべきは誰よ・・と思いながらも、それを言ったところでもらちがあかない・・
とまっすぐな学生ほど、考えたりもするのでしょうね。
面白い考えですねさん
例の文科省の文章なんかもそうですが、
文書の形にすることで、はい考えてます対応してます、って片づけられてませんかね、いろいろなこと。
どんなにきちんと文書化されても、それを基に実際の変化として反映されなければ、これは何もしていないと同値ですよね。
学生さんたちは、虚と実のギャップに敏感なのではないでしょうか、我々と違って。
さくらさま
>空気を読めという文化は読みすぎて相手の立場になりすぎると意見も言えなくなりますね。
我々もそうなのですが、いくら空気を読んでも、相手の立場に立つことなんて不可能だと思うのです。それより、自分なりに相手の為にどうすれば良いかを考えて行動する方がいいのではないかと。もちろん、全然外れていることもあるかもしれませんが、それでも良い方向に向かうと思うのです。
>未来の自分を想像できていないから内向きになるのでは?
そうですね。良いヒントをいただきました。未来を想像できるように考えてみます。
糞親父さま
>被害者でしょ、社会の。
>加害者は、我々。
私も以前同じようなことを書きましたが、全くその通りだと思います。彼らはある意味、我々の被害者です。
ただ、
「被害者だから」で終わらせてしまう学生と、そこから立ち上がる学生の差が、より大きく出てしまうのが今の世の中だと思います。ましてや、お前らが立ち上がらんで、誰が日本を支えるんだと思ってしまうのです。
ある意味、我々も祖先の被害者(被害者という言葉を使うと両親に申し訳ないので、影響を受けた者とさせていただきます)であり、そこから立ち上がってきたのですから。
> 学生さんたちは、虚と実のギャップに敏感なのではないでしょうか、我々と違って。
そうですね。私などは、ずるくなっていますから、虚と実のギャップは当たり前のものだと認識できる(ある意味鈍感)のですが、彼らは純粋なのかなかなか納得できないのかもしれませんね。どうしても目に見えるものしか見ようとしないです。もう少し、遠くや後ろを見ろとは言っているのですけどね。
今は、自分の学科の学生の意識改革(人生を楽しむという意識)で手一杯ということろですが、今後もう少し広げていきたいと考えています。アドバイスがあれば、是非お願いします。
自分たちが、悪い環境を作って楽しめというのも心苦しいのですが、どんな状態でも楽しむことは可能だと思うのです。
きまりをつくっているところは、自分たちの都合の良いきまりを作るか、もしくは、そのきまりを自分が作ったという実績を作りたいのだと思います(これに関しては、具体的なことは発言しにくいです)。
>> 本来、子供には知的好奇心があるから、それを伸ばせばいい。
それが「受験のため」の勉強になり、「親がやれ」という勉強になるから、受験が終わればそこから解放されるべきものになる。 それじゃだめです。
>やはり、視点さんが出てくると、議論が面白くなりますね。
>だめであることは、わかるのですが、なぜ、こうなってしまうのか。
金が目当ての仕事は、報酬がなくなると仕事をしなくなるし、報酬以上の仕事もしなくなる。
それじゃろくな仕事もできません。
勉強も同じです。
「受験のため」となった時点では、勉強は「自己目的的」なものではなく、入試のための「手段」になる。
だから合格という目的が達成された時点で、勉強をしなくなるのでしょう。
大学合格も手段であるはずですが、それが目的になっているのがたくさんいますからね。
>>道徳といった人としての基本を徹底して教える。 そして自分で判断させる。
>実は、これは非常に厳しい育て方なのですね。
>親にとっても、子供にとっても。
>理想的なのですが、自分の子供をこう育てるには勇気がいるのです。
もちろんバランスですよ。
受験で頭がいっぱいの親自身が、「勉強>道徳」という価値観では話になりません。
>「好きか嫌いか」「心地いいか心地よくないか」という点では、非常に同意しております。ただ、前にも書きましたが、今の学生の中には、他人に接するときに配慮し過ぎる傾向にあります。他人との接触ができなくなったり、うつ病になってしまう人も少なくありません。空気を読むという言葉が一時はやったのですが、それが強迫観念になるケースも多々ありました。
中学高校時代に部活もせず、勉強しかしてない学生が多いからでしょう。
部活は1つの組織だから、中学高校としっかり部活で活動していれば、対人能力もつくはずです。
勉強ばかりで部活等の人間関係が皆無では、どれだけ受験勉強ができても社会に出てやっていけません。
>その通りだと思います。「空気読めよー」という言葉を聞くと、結構、腹が立つ方です。
>ただ、今の若者の間に空気を読むという文化が定着しており、それにどう対応するのか(あまりに人の心が読めないのも問題だと思いますし)、難しいところです。
人ではなく意見に対する意見は辛辣でもいいのですね。
KYという言葉でそれを封じたら、議論も、進歩もありません。
KYという言葉は、相手に対するラべリングであり一種の人格攻撃でもありますね。




































