アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
訂正)中学受験率が 6.7%という事実と合致しないですよね。
正)6.7%の私学中学在籍者という事実と合致しないですよね。
この資料は、以前のコメントから参考資料HPを載せていますので
ご参照ください。
私は、中学しかいけなかった小学校の同級生ですね。
その子は、ものすごく優しい子で母親思い。
話すことを拒否して誰とも話さないという子がいたのですが
唯一心を開いて話したというのがその子だった。
人は、感受性という感覚を失うと
自分の目の前と周囲のことしかみえなくなるんですかね。
日本の感覚も世界基準でないように
世界からみた日本は非常に恵まれているように。
視点さん
>悩まない人間はダメってことです。
開成生だった蜷川さん
悩んだのは、自分のことではなく社会の構造についての
自分自身への問いかけで
自分自身の小さな悩みでなかったこと
これが偉大なる演出家になった原石ですよね。
>開成生だった蜷川さん
>悩んだのは、自分のことではなく社会の構造についての
>自分自身への問いかけで
>自分自身の小さな悩みでなかったこと
>これが偉大なる演出家になった原石ですよね。
思考と感性が入り混じったものなのかもしれません。
「桜が灰色に見えるようになったのは、この春からだ。ぼくはやり場のない怒りや青春の鬱屈を抱え、でも、どうしていいかわからなかった。」って書かれています。
さくらさん 無常感さん
私はレス要らずさんのおっしゃること、もっともだなと思いました。
疑心暗鬼になっていたら、新しい意見は聞けませんよね。
それはちょっと残念かも。
通りすがりだっていいじゃない。
言い方と姿勢によっては、ああ…(以下略)と思うだけのことで。
いい気持ちはしないけど、世の中いろんな人がいますからね。
お互いさまのところもあると思います。
通りすがり4さん
お名前が変わられたのでしょうか。
私は、いくらでも手を加えられる法には興味ないのですよ。
法など全部知らなくても、生きることに不自由はありません。
結局合憲にしたのは世論ということなんでしょうね。
国民のほとんどはそんなに詳しく知らない無関心な者だから、
そこを知っている世論にも関係者にも都合がいいということで。
ところで、憲法を改正したら、争点になっている89条を変更すると思いますか?
私はきっと変えないんだろうなあと思うのですが。
>日比谷・戸山など公立が進学校化
>「進学校に公費を使うな」の声
こんな声があったんですか。学校名を変えれば、まるで無常感さん?
何か矛盾していません?
その声はどこから上がって、助成金を決めるときはどこで息をひそめていたのでしょうか。
すべてに言えることですが、
国民は直接決められるわけでもないし、危機感もないし、よこせよこせ。
行政は自分のお金じゃないし、あまりにうるさければ、どうぞどうぞ。
そんなこんなで1,000兆円の借金だって。
こんな状態でもまだ予算の半分が借金で、よこせ&どうぞ。
どうなるんでしょうね。この国。
自分が生きている間は大丈夫だからいいのか、
一族は住みやすい外国へでも行くからいいのか、
潰すのが目的なのか、どこかに脅されているのか、
頭が飛び抜けていい人たちは何をどう考えているのでしょうか。
まともそうな意見の人は辞めちゃうんですよね…。
視点さん
大学時代にあることをきっかけに、自分 とは一体何なんだろう? と随分悩んだ時期があります。1ヵ月くらいずっと自宅に閉じこもって、考えに、考え続けた・・哲学、現代思想、宗教思想、総動員です・・学生時代の特権ですね。
食事も喉を通らず、ガリガリに痩せました。歩かないから、足も細くなって・・
その結果・・自分とは?・・「分からない」、そのことが、よく「分かりました」。
でも、社会人になってからも考え続けるのですね・・いまでもそうなんです。
実は、考えることそれ自体に意味があるのではないか・・と。
いまの若い人は考え方が 淡白 ですよね。
東京都では何十年かかけて都立から私立優勢に移行してきたと書いたのは2つの理由からです。
一つは
「図録東大合格者数高校ランキングの推移」
www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3860.html
では、少なくとも1981年には全国20位までに西と戸山が入っていることです。
同年の20位までに入っている首都圏私立は開成、麻布、武蔵、桐朋、駒場東邦の5校で、都立がまだ健闘していることがわかります。
もう一つは、首都圏の中学受験率は1980年代(学校群から10〜20年経過)で約8.5%だったことです。
その後約20年かけて今の水準まで上がってきました。
学校群前の都立が大学合格実績において一人勝ちだったのは、今の私立と構造が似ているとは思いますが、
違うのは、馬の骨様が言われているように、都民以外の越境者が多かったことです。
しかも私立に比べて公費の割合も多かったのだから、批判が出るのは当然だったと思います。
ですから、当時の都立への批判をそのまま今の私立に当てはめることはできません。































