アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
無常感さん
>「リスクを恐れず、面白いことを早くやれ!」・・ こういう生き方を強いられることが
>うつ病を増やしていると言えないか・・そう思うときがあるのですね。
私もあるように思います。
それまで、誰かの選択を強制的に、あるいは、無意識に意をくんで従ってきたのに
突然「さあ、自分の好きにしていいよ」と言われたら、ただ戸惑うだけでしょう。
うまく行かなかったときに、自分を責めるのが従来型、人のせいにできるのが新型かなと思っています。
>「リスクを恐れず、面白いことを早くやれ!」・・ こういう生き方をしたくない
>日本人がごまんといるわけで・・そのための家庭的な企業経営、社員教育だったわけですね。
そうですね。
そういう生き方をしたい人は、比較的少ないように思います。
そういう育てられ方もされていないと思いますし。
昔は、そういう生き方をしたい人には生きにくい世の中だったわけですが、
最近は、あちこちでそういう生き方を求められる。
従来どおりの育て方なのに、従来どおりの教育じゃ足りないと、より干渉を深め、
その結果、多くの人が苦しんでいく感じ。
もしも本当にそういう生き方をさせたいならば、
育て方から変える必要があるんじゃないかなと思います。
>給料は安いけど、終身雇用だよ・・そんな企業形態があってもいいのではないかと思います。
殺伐とした世の中だと、安心をくれる会社への信頼と感謝で、
結構いい線行く可能性もありそうですよね。
でも、会社が大きくなったら難しいかもしれません。
慣れや驕りという難題をどう制御するか、でしょうか。
>公立生にしてみれば、中学の内申の問題だけども、
>私学生にとっては社会に出てからの問題ではないかと思うのですね。
>私学生は、社会人になるまでずっと「いい子」だったわけです・・そのギャップは大きいと思いますよ。
優秀な公立生も、社会人になるまでずっと「いい子」だったわけですよね?
しかも、内申があるから、中学では進んで「いい子」を演じる必要もあった。
少なくとも私立で生徒会等に関わる子は、本当にそういうことが好きな子かな?
自分の思いで動けないという点で、公立、私立に差があるのでしょうか?
どちらかというと、親の考え方、関わり方の問題だと思いますけど。
さくらさん
決算だとかなんだとかで超多忙・・疲労もあり、レスが遅くなりすみませんでした。
>今、うつの人が増えているなんていうのは、
実は、昔は認識されていなかっただけでは
ないのかななんて考えたりするので、
>テレビを観ても
急増しているという言葉を鵜呑みにはできないです。
>本当にそうなのかなという疑問がどこかにあります。
何が うつ で何が うつ ではないかなんて、あいまいですよね。
そのあたりの事情は、昔とは変わっていない。
ただ、書いてのとおり、その原因が変わってきたというのはあると思うんです。
糞親父さんにレスしましたとおり、新たな問題・・社会への信頼感の崩壊、生き方の不安定性・・
こういったものがある、結果、年齢、症状の違いが出てくるのだろうと思います。
むかしは、若い人の うつ ・・あまり聞かなかったと思います。
さくらさん
>例えばエデュで、面接を担当している人や経営者側の人間の方が
コメントをしているのを読んでも
自分自身には満足しているんですよね。
これ不思議なんです。
そういえば、そういう人がいましたよね・・
私は不思議じゃないですよ・・要は、サラリーマンとしてのエリート意識なんですよ。
人事部採用担当等になって、意気揚々、やる気満々なわけです。
そのうち、そんなのただの従業員と同じ・・と悟って、愕然とするのですけどね。
要は、世間が見えていないだけなんです。
ちなみに・・私も採用担当でした。
>たとえば、ある国の企業戦略では、自国の人間を2年ほど住まわせて
その国には、どういうものが求められているかリサーチするんですね。
日本ってものづくりにはマニアなほど追求するけれど
そんな生活感が抜けているんじゃないのかなって思います。
郷に入っては郷に従え・・ですね。
そのための日本固有の会社形態・・総合商社って感じもするのですけど、
いまは機能していないのですかね。
大学卒業以来、大手商社の連中と会う機会が無いのですが、一度、聞いてみたいですね。
さくらさん
>給料安いけど終身雇用だよなんて会社がこれから成り立つと思われますか?
私は、理屈的には成り立つと思うのですね。
給与は固定給ではなく、変動給・・実績(利益)に応じた配当制にすればいい。
また、終身というのは文字通りの終身・・定年無し、そして雇用は保証する。
ただし在籍しても、実績(利益)が無ければ、給与は無しです。
経営的には、給与を支払ったあと残る超過利潤を将来に備え、内部留保する。
こういった会社形態に関して、アメリカ人から「民主主義国家ではない民主主義」
とは言われないと思うのですね。
まあ・・問題になるのは、労働関係法令ですね。
こんな給与で生活出来るか!・・この問題をクリア出来ないですね。
だから、正社員は難しいです・・適応可能な雇用形態に整理しなければならない。
弱点さん
夏目漱石が、その作品のなかでモチーフとしたのは、「明治の精神」・・近代的自我との葛藤です。
封建時代に組み込まれる「身分」、「家族」といった集団から切り離され、
自由に生きることを迫られる、その孤独感、寂しさですね。
また、何度か紹介していますが、これに対して、福澤諭吉が提唱したのは、「私」・・自立です。
確固たる「私」があって、国家は繁栄するということですね。
以上の明治時代の思想が生かされて、
いまに根づいているか?・・近代的自我が育っているか?・・というとどうでしょうか。
ほとんど無視ですね・・育っていないですよ。
私が思うに「新型うつ」というのは、遅ればせながらの 近代的自我不適応 ではないかと思います。
>「リスクを恐れず、面白いことを早くやれ!」
これはまさに、近代的な合理的人間 です。
日本では、どうしてもそこに乗れない人がいても、ごく自然なことです。
だから、対応は、①教育できちんと哲学(自我の育成)をやる、②近代的な生き方をしない選択肢を用意する、
といったことなんだろうと思います。
>自分の思いで動けないという点で、公立、私立に差があるのでしょうか?
どちらかというと、親の考え方、関わり方の問題だと思いますけど。
もちろん、個人差、家庭(親)差の問題の方が大きいですね。
ただ・・公立、私立の差もあると思いますよ。
糞親父さん
>>①教育できちんと哲学(自我の育成)をやる ②近代的な生き方をしない選択肢を用意する (無常感)
>どのようにでしょうか? (糞親父さん)
端的に、①はエリート教育、②は非エリート教育・・と分けたらどうか?と思うのですね。
明治以来、福澤諭吉が提唱した「私」・・欧米流の近代的自我は、
ついぞ日本国民には育たなかった・・そういうことだったのだろうと思うのですね。
明治以降150年・・いまごろになって、
グローバル化・・近代的自我を、一律に押しつけるようになったから、
「新型うつ」という症例が生じているのではないか。
私が思うに、世界のグローバル化に対応出来る人材は、「近代的自我」なんて、
当然の参加条件だろうと思うわけです。
それは日本人においては、ごく一部の精神的にタフなエリートだけがマスターできるものではないか・・
ちまたで言っているような「グローバル化だから、みんなで英語をやりましょう」
というような軽い話ではないように思います。
非エリートで・・農耕型、コツコツ、仲良くやりましょうよ・・そういう考え方もOK・・
そういう選択肢もあるのであれば、「新型うつ」は無くなるのではないか、と思います。































