アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
>視点さんも書かれていますが思考停止ってやつですね。
>教科書を読んで自分の力で読力でその主旨を読み取っていないんです。
彼らは受験に必要なことは考えてますよ。
数学も国語も考えないと解けません。
でも、受験に必要のないことは考えない。
きっと、中学受験の時から、受験以外は切り捨てるよう洗脳されたのでしょう。
大学合格後ものを言うのは、実は受験に関係ないことをどれだけやってきたかなのですけどね。
さくらさん
>やはり、影響されるには感動が伴うぐらいでないと
>って思うのですけどね。
>それは、人によって違うのでしょうね。
そうそう。
誰もが同じ人に感動するわけではないですよね。
行動全部に感動する必要もなく、一部でいいんだと思います。
たくさんの人の行動による感動を積み重ねて、
共通の規範が出来上がればいいので。
キリストやブッダは、さくらさんがオススメされるのだから、
素晴らしい人なのでしょうけれども、
聖人であればいいというものでもないと思います。
私なら「確かに素晴らしい。だって、聖人だもんね」となってしまいそう。
遠い存在すぎて、フィクションなんじゃないの?なんて思いそう。
立派すぎて雲の上の人になってしまっては困ります。
私も頑張れば、この人のようになれるかも…という
図々しい親近感も必要かなと思います。
亜流の宗教にだまされるのは、本物を知らないからではないと思います。
たぶん自分が納得できて、自分が落ち着けるなら、何でもいいんですよ。
だから、他人が脱退させられないのでしょう。
正しいとか間違っているとか、理屈じゃないんだと思いますよ。
こちらは「自分」を持っていて、自分は正しいと思考停止していたほうが、
引っ掛からないんじゃないかと思います。
子どもには基本的な規範を学ばせ、「自分」を持たせ、
壁にぶつかったときは柔軟に考えれば何とかなるという経験を積ませれば、
もう何とか生きていけるんじゃないかなと思います。
糞親父さん
>山本さんいわく、暗黙の了解といものが日本においては日本人の行動の規範になっているのではないか。
そうだと思います。
それが、いつの間にか「そんな法律はないじゃないか」と言う人が増えたんですよね。
暗黙の当たり前の規範がなくなりつつある。
穴だらけの法律のすき間を行動することが、法律を熟知した人の行動規範みたいに。
「日本は法治国家だ」と胸を張っているけれども、
実は「法がないと無秩序状態です」と告白しているようなもの?なんて思ったりします。
当たり前のことは、もともと法律が不要だったんですよね。
戦争の正当化のためだったんでしょうか。
戦争は自国の権益を守るために起こるものなのに、
負ければ責任を問われるけど、勝てば何をしても問題なし。
とにかく負けたほうが悪いという、おかしなものですね。
>さて、法外の法(ニューマ)をいつで何がどこで創るのか?ですが、
>義務教育期間に教育が学校で創る、これが良いと思うのです。
賛成です。
親が守っている小学生のうちは理想でいいから、
中高と上がるにつれ、現実も織り交ぜる。
それを織り交ぜても、幼い頃の理想はきっと残りますよね。
さくらさん
>キリスト教系の新興宗教は、旧約聖書からでも新約聖書からでも 好きな場所から好きな引用をしてトップとその周辺に都合のよい解釈をします。 で、信者はわからずにそれを鵜呑みにする なぜか、要するに新約聖書をまともに読んでないからです。・・・一体全体この宗教の根幹はどういうことなのかという 一番大切な視点が抜けたわけですよね。 一般人ではなく キリスト と ブッタ を あげたのは、彼ら自身が宗教の光であるからです。それを本当に、自分の力で考える機会を与えられるのと与えられないのとは随分違ってくると思うのですね。 海外に出たときも宗教とは一体どのような影響を人に与えているのか イスラム、ユダヤ、キリスト、仏教などの メインな宗教について自分の考えを持っていることは これからの国際社会にも必要だと考えます。 (さくらさん)
新宗教の数はべらぼうに多いですね。新宗教を創るひとは、宗教を創ればつくるほど「真理」を希釈させることに気づいているのだろうか?と思います。どれも我こそは・・との思いがあるのだから考えないか・・。大人であれば信仰をする前に自分でまず読んでみるのはいいことだと思いますが結構大変ですね。読み方によって解釈が分かれることもミソですし、まじめ過ぎの精読が新宗教へ嵌る原因にもなりかねない。だから、「承認を得た」エッセンスを共有する機会があればいいのかなーと思うのです。一神教では神様が真理を創る、仏教では真理をブッタが発見する。アサハラが真理を発見したならそれはもはや仏教ではないんです。義務教育期間中にサブテキストでちょろっと学ぶ。
偶然、ある朝刊1面下段にキリスト教の話が書いてありました。その中に「呪い」という言葉がありました。しかし本来、キリスト教に「呪い」はないはず。呪いとか悪魔とか祟りとか、これって東西を問わず新宗教ででてくる概念ですよね? わたしが違っているならスミマセン。でも違っていないとしたら、こどもも読む新聞だから正確さを求めたいなー。呪いとか悪魔とか祟りとか、こういうのは宗教屋の営業言葉だよ、とこどもに話しています。
>そして自分自身が、悪質な宗教に取り込まれないためにも大切なことだと思います。(さくらさん)
そうですね。わたしも気をつけまーす。
弱点さん
>山本さんいわく、暗黙の了解といものが日本においては日本人の行動の規範になっているのではないか。そうだと思います。 それが、いつの間にか「そんな法律はないじゃないか」と言う人が増えたんですよね。 暗黙の当たり前の規範がなくなりつつある。 穴だらけの法律のすき間を行動することが、法律を熟知した人の行動規範みたいに。 「日本は法治国家だ」と胸を張っているけれども、実は「法がないと無秩序状態です」と告白しているようなもの?なんて思ったりします。 当たり前のことは、もともと法律が不要だったんですよね。 (弱点さん)
書きたかったのはまさにそういうことです。山本さんの説はそれを何十年も前に予告したものとも言えます。山本さんは戦争にも赴いた方ですから、戦前戦後を通して御存じです。戦後のアハハオホホ時代に生まれたわたしには良い処方箋だと思っています。
動機さんが先日村社会について書かれましたが、山本さんの考察にもあります。動機さんのお考えは重なることが多い。
>戦争の正当化のためだったんでしょうか。戦争は自国の権益を守るために起こるものなのに、負ければ責任を問われるけど、勝てば何をしても問題なし。 とにかく負けたほうが悪いという、おかしなものですね。
権益を守るためなら人を殺してもよいのか・・・これは断固としてNOと言います。
こどもがYESと答えたらぶん殴る。・・・矛盾してますか・・・
どうしても戦いたいなら、ハリセン持って戦えと言う。
>親が守っている小学生のうちは理想でいいから、中高と上がるにつれ、現実も織り交ぜる。それを織り交ぜても、幼い頃の理想はきっと残りますよね。
はい、そう思います。































