女子美の中高大連携授業
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
糞親父さん
>徹底的に教える、というのは、子ども視座に立つと、徹底的に教わる、になります。
流されないためには、受動的な方法より能動的な方法(試行錯誤)、がよりいいのかなあと思うのですが。
他動詞teach、自動詞learn ・・ですね。
このヘンのところが、難しいですね。
教え過ぎると、学ばないし、
教え過ぎないと、学び気が起きない わけですね。
どのようなさじ加減で、どんな魔法をかけたら、自ら学びだすのか・・・教育の永遠のテーマでしょうね。
さくらさん
>昨日、外国の方で俳句活動をされている方の文を読んでいたのです。
オーストラリアの方だったのですけど
海外によって四季が日本のようにないところでは
季語を入れるということにこだわらなくてもよいという
わりと柔軟な感覚で楽しんでいるようです。
Anime、Bonsai、Haiku... 外国でうけいれられている日本文化はおおいですね。
>ローマ字表記だったら
もっとうけいれられるのでしょうか?
せめてひらがなだったら
ハードルが低くて もっと浸透するのかもと思いますが、
深みがあるほど魅せられるということはあるのかな。
俳句や和歌は日本語文化の代表格かもしれませんが、おもしろいのは、俳句や和歌はローマ字表記にしても、ほかの文学にくらべて、影響がすくないことです。それは俳句、和歌は文字の文化ではなく、音をあじわう文化だからです。五七五というのも文字のかずではなく、音のかずですね。書き留めるのには文字をつかわなければなりませんが、もし文字にすることによって深みがますのであれば、それは、俳句としては、むしろ出来がわるいのかもしれません。
>スル―プさんは確か
私学助成廃止してその分足りない公教育に資金を投入するという
考えだったような
はい。そうです。
昨年つぎのような投稿をみかけました。
わたしはどうしても公立高校にいきたいです。塾にはいかずいっしょうけんめい勉強していますが、自分の弱点をしりたいと思い、お母さんにたのみこんでお金をだしてもらい模試をうけました。ところが模試は合否判定だけで、答案と採点結果がかえってきませんでした。これでは、じぶんの弱いところがわかりません。むりをいってお母さんにお金をだしてもらったので、またべつの模試をうけたいとはいえません。くやしいです。(原文ではありません。わたしの要約です。)
高額な学費をはらったうえさらに一口何十万円の寄付金をだせる家庭があるはんめん、彼女のように経済的にめぐまれない家庭の子どもいます。私学助成金は裕福な家庭も恩恵をうけるので、それにかわって、経済的にめぐまれない家庭のこどもたちに重点的に支給される奨学金のような制度をとりいれるべきと思います。
>私学そのものを廃止ということだったでしょうか。
私は、私学の価値を語るとしたら逆にそのような意見こそ必要なのでは
ないかなと考えます。
私学も公立もそれぞれに大切だと思います。
私学については、公権力から一歩はなれて自由で多様な教育を提供できるのが、その価値だと思います。しかし、助成金をうけている日本の私学は「公の支配に属し」ていることになりますから(憲法第89条)、私学が真価を発揮するためにも助成金は廃止すべきと思います。
憲法第89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
>宗教関係の私学というのは税金的にはどうなっているのでしゅうか?
こどもが成長の過程でふかく宗教にかかわることのすくない日本では、宗教関係の私学の存在意義はすくなからずあると思います。しかし、そこに税金からお金をだすべきではないと思います。
さくらさん
>けれどいくらなんでも、流れで仕方ないとかいった曖昧な理由で
全員スル―ですよと歌っている 掲示板に みんながなにも言わず
仕方なかったで集えるものなのでしょうか。
それで、つけたしみたいに あれは強制的ではないとかなんとか
書いても 普通に読んで
一人の人を エデュという公共性のある掲示板で
排除するという行為を 白昼堂々と大人がやっているというのは
そこで道徳を語ってどうなると思うのですね。(さくらさん)
まさしく、そうなんですよね・・
そして、これって、なかなかの「おもしろい教材」なんですよ(笑)
1.外国だったら、これは・・背景に「組織」があって、事前に口裏を合わせている、
よく考えたら、携帯電話を持ち込んで、みんなで集まってやれば、こんなこと簡単に出来る・・
このように疑う、と思うのですね。(ここでも、この可能性がありますよね)
2.もうひとつ、そうではなくて、日本人なんて、みんな流されるんだなあ・・・という見方ですね。
なにやら、教祖さまみたいな人がいて、「好き」というプログラムだけで、周囲の人間がついていくわけですね。
この可能性も十分あります。
これって「私」を殺して、ボヤ~とした「公」に流されてしまう 日本人意識と同じではないか。
戦争もこれがために、回避出来なかったわけですね。
ところで・・私学の精神はどこにあるのか?・・やはり助成金などいらんな・・などとつながっていくわけです。
>>既成のルールのないところで生きる時こそ、自分に備わった価値観が大切です。 そうでないと、安易に流れるだけなのですね。
>徹底的に教える、というのは、子ども視座に立つと、徹底的に教わる、になります。
>流されないためには、受動的な方法より能動的な方法(試行錯誤)、がよりいいのかなあと思うのですが。
価値観の部分は、正しいかどうかではありませんから、「試行錯誤」で到達するものではないのですね。
だからこの点は教え込むべきだと思っています。
武士道なんてその典型ですね。
子供の頃から教えこまれていたから、躊躇なく切腹した。
あの道徳性は試行錯誤では到達するものではありません。
>わたしはどうしても公立高校にいきたいです。塾にはいかずいっしょうけんめい勉強していますが、自分の弱点をしりたいと思い、お母さんにたのみこんでお金をだしてもらい模試をうけました。ところが模試は合否判定だけで、答案と採点結果がかえってきませんでした。これでは、じぶんの弱いところがわかりません。むりをいってお母さんにお金をだしてもらったので、またべつの模試をうけたいとはいえません。くやしいです。(原文ではありません。わたしの要約です。)
こういう書き込みを見れば、まともな日本人なら、私立合格した途端に塾に走ることのみっともなさに恥じ入るはずなのですが・・・そういう価値観でない人もいるのでしょうね。
>>価値観の部分は、正しいかどうかではありませんから、「試行錯誤」で到達するものではないのですね。
>そうですか・・。
>だとしますと、価値観は、初めからありき、のもので「観」いらず、になりませんか。べきなのですが・・・そういう価値観でない人もいるのでしょうね。
価値観は、国によっても、家庭によっても違いますから、「観」ではないですか。
客観的なものではなく、主観的なものですよ。




































