在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
理不尽な校則のある学校
別スレで「しつけに厳しい学校 vs 自由な校風の学校」が立ちました。
個人的には今どき頭髪検査や携帯持ち込み禁止など理不尽な校則のある学校は願い下げです。
男子校・共学・女子校どこでも構いませんが、理不尽な校則がある学校を教えていただけませんか?
理不尽な校則だけどそれには理由があり、生徒や親は納得しているとかでも構いません。厳しい女子校などは逆にそれを好んで入学させる場合もあるかと思います。
ルールというのはマナーの延長上にあり、最低限決めておかないと支障をきたすというごく限られたものであるべきで、校則も変わりないと考えます。
仕方なくそれに従うような理不尽な校則があれば最初から選択しなければよいのでみなさん参考になるはずです。
よろしくお願いします。
>慶應も巣鴨も携帯禁止だった気がしますよ。
慶應は3校ありますしそれぞれ方針は違います。
我が子の通う学校は「社会の良識が校則」とされ「~してはいけない」という校則はありません。
常識的にどうなのか自分で考えなさいと。
「携帯禁止という校則はありませんが、それが授業中に鳴るのはおかしいですよね。」と例を挙げて説明されました。
授業中に鳴った場合は親子共々反省文提出らしいです。
校則やらルールの話になると、「ルールなんだから守るザマスッ」という人が出てくるよな。
こういう人は校則を金科玉条、不磨の大典だと思っているからたちが悪い。
決まりごとはその時その時に合わせて、どんどん変えていけばいいんだよ。
携帯だってスマホだって、持たせたっていいじゃないか。持った上で支障の出ないルールを、生徒と先生で決めればいい。
それを「諸悪の根源はスマホッ」とばかりにスマホ(携帯)を禁止したらつまらんよ。
子供がルールに対して能動的に考えるチャンスをつぶしてるようなもんだ。
とは言うものの、國學院久我山の男女で通学ルートが決まってる、というのは面白い。
「七夕なのに」さんの「織姫と彦星のよう」という表現が秀逸だ。粋だね。
携帯禁止が理不尽な校則ですか?
我が子の学校は震災後、申請制で持参可となりましたが、子は五年間持って行ったことありません。
あれば便利ですが、なくてもどうにかなります。
一度具合が悪くなった時は、駅事務所で公衆電話の場所を尋ねたら駅員さんが電話を貸して下さり、休ませて下さったそうです。
翌日お礼を伝えに行っていました。
通学時間の45分は読書にあてていて五年間で150冊を読破しました。(スマホがあったらそうはいかないかも)
30年前の昭和の時代の私の通学風景と変わりありません。
震災の時もそうでしたが、携帯が繋がらない時にどう動くかを考えることも大切です。
危険な世の中なので携帯禁止がすべて良しとは限りませんが、校則であるなら、学校にとっては教育上有益なことなので、保護者が批判するのはおかしいですね。
学習院の方も、難病で通学に不安があるなら、せめて携帯可の学校を選ぶべきでした。
確か、学習院は中等科は不可、高等科は自由ですよね?
受験前に聞きませんでしたか。
なぜ携帯禁止なのか、を考えるべきなのじゃないか。
「昔は携帯なんかなくても大丈夫だった。だから今も大丈夫」というのは、いささか不思議な論法だぜ。
それなら、「昔はパソコンがなくても大丈夫だった。だから今も大丈夫」ということになるよ。
でも君は、パソコンも、テレビも、電話も、車も、それぞれ使って楽しんでるだろ?
子供はなぜダメなんだい?
「校則だから、ルールだから守りなさい!」
それが君の教育観なら、もう何も言わんよ。でもそれって教育かね?
校則が厳しい学校は生徒を子供扱いしているのであり、
校則が緩い学校は生徒を大人扱いしているのである。
一見、理不尽とも思える校則にも相手が子供であれば、
納得できるものもある。
スマホなどは典型例で、中学生では正しく使いこなすのは難しいツールではないか。
大人でも使いこなせているとは言い難いが。
震災時にやっと繋がってなんとか家族と連絡がとれました。緊急時に子供だからと周りの大人が守ってくれるとでも本気で思ってるんですか?人間、自分と自分の家族以外に命かけたりしませんよ。
昔はなくても大丈夫だった?
技術がなかったからどうにもできなかっただけですよ。あれば助かった人が大勢いたんです。
使い方を子供に指導すれば良いことで携帯自体は本当に便利なツールです。
駅、コンビニや商店があれば、逆に携帯がなくても飛び込んで助けを求められます。
それは、できますよ。
でも、住宅街など徒歩途中ならどうしますか?
民家のインターホンを押すのでしょうか?
共働きでご不在の家ばかりですよ。
オートロックで入れないマンションや管理人も常駐していないマンションも多いですよ。
小学生の通学路でもあるとピンポンダッシュやいたずらが絶えないような地域となると、相手にすると思いますか?
また一旦具合が悪くなりその辺りに座り込むと、もう動けないということもあります。
日中と言えど大通りから一本入った道は人通りはそんなにありません。
通塾途中に駅商業施設内でなんだか具合が悪くなり、ちょっと休憩しようと休憩場所に座りみそのまま意識をなくしていたのか、閉館でスタッフにゆり起こされるまでの9時間の間に起きることはなく、起こされることもなく、誰にも気づかれませんでした。
子供が同じ場所に9時間も座って寝ていたいも関わらず、周辺のテナントスタッフも、警備員も誰も気にせず声も掛けない。
もしかしたらそのまま死んでいたかもしれないと思うと、恐ろしいことです。
それでも病院検査では異常はないと帰され、翌日の通塾時には少しでも具合が悪くなると連絡してくるように言い聞かせたら、やはり迎えに行くことになりました。
その翌日学校へ行ったら下校時の大捜索となりました。
人がいようと当てにはできないのですし、結局最も頼りになるのは携帯電話でした。
実際にこういう状況になってみないとわからないでしょう。
それに、思春期の子供は他の子と違うということが知れ渡るのが嫌なのと恥ずかしさもあって、学校などではギリギリまで我慢するものなのですよ。
どんなに注意しても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
特に排泄関係は大変にデリケートな問題です。
だから思春期の子を扱うのに、親の方がぞんざい過ぎてどうやら傷つけてしまうことがあるようで、看護師さんの方が本当に細やかに気を付けていらっしゃって反省しているくらいです。
実際に子供が病気を抱えると、いかに学校が病気の子への配慮をしないのかが見えてきます。
携帯電話ぐらいなら私立中学なら申請すれば認めてもらえるところもあるでしょうが、公立中は案外だめなんですよ。
それに、根本的に皆と同じことができなければなりません。
どんなに配慮が必要ですと事前に伝えてあっても、それを実践する教師の少ないこと。
あからさまに面倒くさそうな顔をする教師もいます。
学校そのものが、配慮する気はありませんから。
日本の学校教育は、みんな同じでないとダメという意識を子供や保護者に植え付けます。
それが、病気の子への弱すぎという突き刺さるような暴言を生み、根性論での体罰や暴行、いじめ、仲間外れの一因になります。
人間は皆が皆同じでないのは当然のこと。
工場で生産されるロボットではないのですから。
集団ですからルールは必要ですが、臨機応変さも必要だと思います。
世の中はどんどん変化しているのに、学校現場が最も旧態依然としていますよ。




































