女子美の中高大連携授業
東大推薦入試合格者を出した高校
初の東大推薦入試が終わった。灘、開成、桜蔭などの受験有名校から合格者が出たんですか?
東大が欲しい人材は中高一貫校+東大受験塾で育った子供かそれとも地方の公立で伸び伸び育った子供か? 果たして大学以後に伸びる子供はどちらなんでしょうか?
新大学入試に移行すると国立大学でも一般入試以外の生徒を3割ぐらいまで次第に増やすそうだ。今度の推薦の延長が東大の欲しい生徒だとすると、子供時代を長時間塾通いし中学入学以降ずっとターゲットを東大入試に絞った学習やさらなる塾通いをやった子供は望まれていないかもしれない。
東大当局が受験第一主義で育った生徒を忌避するようになると、都会の中高一貫校の没落がはじまりそうだ。
ノーベル賞は元々、運みたいなところがあって、必ずしも個人の能力を表すものではないから、今回の議論の対象としてふさわしくないんだけど
中村先生、益川先生は型破りなところがあったので推薦は無理でしょうね。山中先生は人格者だから推薦の対象になったかもしれないけど、今回排除された側の国立中高一貫校の出身。
大村先生、梶田先生はよく分からない。
<何年か前の東大総長式辞から>
4人に1人が東大合格者数でトップ10の高校の卒業生
5人に2人がトップ20の高校の卒業生
多くが中学高校の6年間同じ学校で学び、入学試験で選抜された
女子学生は20%弱。でも合格率は男女でほぼ同じ。つまり女性が受験しない、東大に来にくい社会的背景がある。日本の主要大学の中で東大の女子学生比率は最低レベル。
世界の大学、 Harvard、Cambridge、Stanford、Princetonなど学部生は男女半々です。各大学が目標へ向けて努力している。さらに米国の一流大学の例、たとえばアイヴィーリーグ8大学ではその4大学で女性が学長。
東大の弱さは多様性に欠ける、均質性が高い、国際性が低いこと。
教員も学生も男性が多く、女性も、外国人も少ない。
自分の「良さ」、「強さ」、そして「弱さ」は違った環境に出てこそはじめて認識できるもの。グローバル世界の中での自分の「強さ、良さ」そして「弱さ」を知ることはとても大事。自分を過信することなく「弱い」所を知ることで、謙虚になれる。その謙虚さこそが自分の「弱さ」を生かす「本当の自信」を生み出す。「自分を過信せず謙虚に」これこそがグローバル世界でどんな活動をするにしてもあなた達の「自信」となる。
大前研一氏がマッキンゼーの入社試験を受けたとき、ほぼ全員がノーと言っていた中で、一人が強力に推したので採用された、とどこかに書いていた。
一人でも採る、と言えば採用できるシステムがあったそうだ。
その後、採用する側の大前氏が鶴の一声で採った一人がDeNAの南場さんだという。
で、何が言いたいかというと、そうでもしない限り、学校推薦や合議では
型破りのユニークな人材は掬い取れないだろうな、ということです。
AO義塾で鍛えられたそつのない学生だらけになってしまうことでしょう。
東大の下半分が劣化コピーと書いたのは、このスレが始めてですが。。
なお、子供は「東大の上位にはとてもかなわない」と言っています。東大など大した事ないとは決して言いません。彼は彼なりに、東大生感があるのでしょう。
東大の下半分が劣化コピーというのは、私の実感です。
劣化コピーという言い方は、少々刺激的すぎるかもしれませんが、とにかく似ているのです。上位も下位も。
総合大学には、もっと多種多様で魅力的な人間がいた方がいいと思っています。
他の大学。例えば早稲田の学生などと交流すると、そのよさが分かってくるところがあります。
東大上位の学生は、下から追われる感覚がありません(大学院まで行くとまた違うのですが)。
上位同士で、多少インスパイアされる面はあっても、それ以外の学生に対して「こんなヤツがいるのか」と驚愕するようなケースは少ないのです。
だから、今回の推薦で、上位の学生が「推薦でおもしろいヤツが入ってきた」と思えるようになれば理想的だと思っています。
「各校が1名推薦」という時点で、いわゆる、アファーマティブ・アクション的な選考になる事は目に見えていた。
東大が、本気で海外の一流大学と伍して、国際ランキングも上昇を狙っていくのであれば、「ペーパーテストで合格出来ない」生徒を拾うのではなく、「ペーパーテストをするまでもなく優秀で、放っておくと海外大学に出て行ってしまう」ような生徒を青田買いして、推薦枠での入学自体がステイタスになるような選考にすべきだった。
そもそも、「学ぶ意欲が非常に強い」のに、ペーパーテストもクリア出来ないような生徒は、能力に問題があるか、アピール上手な口舌の徒か、どちらかだろう。いずれにしても、入学させるべきでない。
「お邪魔します (ID:2WfM4fznpbs)」さん
>2014年にラスカー賞を受賞された、森和俊氏は、1958年生まれなので今年58才。
>中学は、元WBC世界チャンピオン辰吉氏と、元関脇鷲羽山と同じ中学みたいなので、多分公立中かと、、、
おお、それじゃあ、還暦前は二人だな。
それは失礼しました。今時の東大生をたくさんご存じということは、教えておられるのでしょうか。
私がいた頃も、私立中高一貫全盛でしたが、いろんな人かいましたよ。それから、在学中目立たなかった人が、結構卒業後活躍してたり、こいつは頭がいいと言われてた奴が、官庁に入って泣かず飛ばずだったり。
東大のレベルが下がってきたとすれば、それは少子化のせいであって、入試制度をいじって解決する問題じゃないと思います。
多様性もしかり。狭い日本、人口も減る一方で、金太郎飴になるのは仕方ないんじゃないかな?
結局、インスパイアを本気で求めるなら留学しかない気がしますが。
「開成が排除された理由? (ID:e2hhlW8kUc.)」さん
>ちょっと考えてみよう。
>試験合格を目指して「知識」を教え込まれる子供と自分の頭で考える子供。
>どちらが将来学者、研究者として伸びると思いますか? 子供の頃から受験知識をあれこれ特訓で詰め込まれてくる子供と、自然の中で何かに感動したり発見したり自分なりの工夫で遊びを考える子供。
いいですね、こういう「善き」大人が考える「善き」子供。(「善き」のところを「薄っぺらい」に変えても可)
でもどこに、こんな子供がいるのか? 私立難関?いいえ。 公立トップ?いいえ。
ではどこにいるのか? そう、それは「開成が排除された理由? (ID:e2hhlW8kUc.)」さんの頭の中にです。
こういったアナクロな人は「理想の子供」を自分の中に持っています。
野山を駆け巡り、自然に感動し、父母を敬い、自ら考え、後輩を導き、先輩を敬い、仲間と一緒に遊び学び、悪には敢然と立ち向かい、さらにほのかな恋心まで・・・。ウエッ、書いてて気持ち悪くなってきた。
そしてこういう人は、何故か都会よりも田舎、私立よりも公立を好みます。
都会はギスギスしているが都会はなごやか。私立は陰湿だが公立はおおらか。
で、中高一貫を叩こうとすると、心の中の「理想の子供」を持ち出して、「都会には、私立には、こういう子供はいないだろ!」と言い出します。
どこにもいないわい!
公立トップに子供を通わせている親に聞いてごらん。
いやいや公立トップ校の校門近くで彼らの下校風景でも見ていれば、一目瞭然だ。
彼らはスーパーマンじゃない。彼らは普通の高校生だ。ただ「勉強ができる」高校生だ。
「自分の好きなことは何?」って彼らに聞いても、答えはないだろうな。みんなだって高校生の頃なんてそうだろう?
ある程度親しくなった奴になら答えるだろうが、それだって「ええっと…ネット?・・・ゲーム?」(回答なのに何故か疑問形)
ところで
>受験算数はすべからく同じような「短時間でいかに効率よく解答するか」の訓練をしている。
>自分の頭をひねってあれこれやっているのではない。ここに中学受験算数の塾での教え込みの弊害がある。
これはちょいと違う。
塾や予備校は「合格するための勉強」を教えている。それが「短時間でいかに効率よく解答するか」という勉強なんだ。
もしそういう生徒はいらないというなら、学校が入試問題を変えればいい。
で、東大は今回変えてみたわけだが、塾に傾向をすっかり読まれていたというわけさ。
そのうち「どう答えればいいか教え込まれている」って批判するんだろうけど、2周ぐらい遅れているね。




































