女子美の中高大連携授業
東大卒女子だから虐められたのか?
高橋まつりさんの電通自殺事件。この上司は東大卒?それとも他大卒?
ご存知の方教えてください。
東大卒女子だから上司から無理難題ふっかけられ苛められたんじゃないの?
これが早慶や立教、明治なら自殺まで追い込まれなかった気がする。
彼女も真面目でプライドもあって「出来ません」とは言えなかったんでしょうね。
この問題は上司のパワハラによる自殺で長時間労働が原因ではない気がする。
東大女子は日本ではやりにくいかもしれないね。だから女性は現役で早慶に入る人がたくさんいる。(あえて浪人してまで東大を目指さない)
限界は感じていても回りは見て見ぬふりだし友人などにSOS出したくても時間も気力もないまま逝ってしまったのだと思う。
本人のものとされるツイッター読んだけど、あれ読んで友達や知人から声かからなかったのかな。もし彼女が私の友人だったら、事前に約束などしないで会いに行くレベルだったなあ。
公立中に進学するとわかりますが、家庭事情は本当にいろいろです。
当たり前のように通塾費用を賄ってもらい、流れに乗って合格、とは違う。
今の中学受験ではスタンダードなのかもしれませんが、
公立生はそうではないこともあります。
うちの例で申し訳ないですが、
数人で定期考査点もオープンにして楽しく競ってました。
3教科、5教科、9教科の学年順位は動き、いつも一番もいなかったですが。
それぞれの家庭状況もわかりますから、
アイツスゴイと思わせる要素を経験で知るのだと思います。
近年思うのは、「個々のコミュニティー内部での構成員の多様性」を追求すると、かえってより大きい括りでの「社会全体の多様性」は失われてしまうのではないか、ということです。
例えば社会全体でみると、Aという特性をもつ人が多数派で、Bという特性をもつ人が少数派であるとします。社会内部にある企業などの個々のコミュニティー全てに「バランスよく構成員を選抜するべし」となると、結果的にはすべてのコミュニティーが基本的にはAという特性に有利なルールで設計されることになります。
それを考えると、逆にマイノリティがマジョリティになれる状態を人為的につくる、いわば「保護区」のようなコミュニティーがいくつか形成された方が、実は「社会全体としての多様性」は確保できるのではないかということを近年よく思います。
社会全体としては共学が主流である場合の別学校の存在意義は実はそういうところにあるのかもしれません。
自分から望んで中学受験という道を選ぶというのは、少数派ではあるとしても、早熟な子ならすごくレアケースというわけでもないですよ。
あるいは、地元の子ども社会or私立小学校での適応が思わしくない状況があれば、子どもから(中学受験という選択肢の存在を知らなくても)何らかの形で環境を変えたいという要求が出されることもあります。その手段を親が見つけようとして中学受験という選択肢にアクセスしたので、子どもに情報を提供した、で子どもも頑張ろうという意思統一に至った、というケースならもっとたくさんあるはず。




































