女子美の中高大連携授業
小学校での英語教育は時間の無駄
文科省は新しい学習指導要領で3,4年を英語に親しむとして歌や踊り、5,6年は教科として教科書も使い成績もつけるという。
これは識者が再三指摘するように(藤原正彦ほか)全くの時間の無駄と思います。英語が必要で無い日本社会で中途半端なことをやっても英語を使えるようにはなりません。本当に必要になるのは日本人の1%もいない。
外国語の音声は子供の頃から頭にインプットしてもいいが教科としてやるのは中学からでも十分間に合います。日本人が英語能力が無いのは日本語で全てが間に合う社会に住んでいるため、英語を使う機会がないので極めて当たり前です。
英語で世界と対等に渡り合うためには、本当に必要な人(学者、海外と交渉に当たる企業人、政治家、官僚)にたっぷり時間をかけて学習させその上で実践の場に放り込むこと。具体的には東大・京大の学生は全員一年留学を義務づけるとか、官僚もあちらに行かせるようにしたらいい。
この予算は大した額ではないでしょう。日本人の子供全員に英語を教える予算を考えたら(教員派遣、養成、教科書など)重点的に本当に必要になる人に税金を投入すべきです。日本人の子供には日本語の物語や歴史、昔話などをもっと読ませる方がずっといい。
高校以下(小、中を含めて)の学校出口での英語力は、大学そして実業の社会で必要とする英語力からの逆算で考え、小ー>中ー>高ー>大ー>社会へと円滑な接続をすることが、目標を達成するうえで大切です。グローバルの最前線にいる大学、実業社会が必要とする英語力は、とても足りないというのが現状認識。
文科省指針は全体を導く目標であり、実際には当然相当のばらつきが生じるのは当然。横並び(低いレベルに合わせる)の必要もありません。高い英語教育を掲げて、出るところが出ればよいのです。
流れからして、大学入試での英語のウェイトが上がるでしょう。
日本語を捨てて英語と言うと極論と言われますが、英語と日本語は文法構造も音声構造も似ても似つかないので、日本語と英語の両立は非常に難しいと思います。
AIの進歩が誰も予想できないのと同じで、英語公用語化だって笑い話ではないと思います。
人事さん
人事さんの一連のご発言は、ある意味、東大卒業生のメンタリティを代表していると思うことが多いのですが、こと、英語に関するご発言だけは、賛成反対の前に、宇宙人の言葉を聞くようで、まったく理解を超えています。
人事さんは相当に高度な英語力をお持ちと思いますが、何がご不満なのでしょうか。
私のように、人事さんとは比較にならない低い英語力でも、社員を食わせて自分も食うために日本から出て行かなくてはいけない人も居る、社員も、欧米だけではなく中国や東南アジアに突撃しなくてはならない状況なのですが、国辱ものだから日本から出るな、とおっしゃりたいのでしょうか。
企業の人間から見ると、あまりに高い閾値は、絵空事で、迷惑でしかないのです。
ある人は言いました。英検5級でも1級でもなにも変わらない。TOEFL50でも110でもなにも変わらない。英語がまったくできないという意味で一緒。
もう勝手にしてくれ、としか言いようがありません。
音譜を初めて見るのは小学校1年生の教科書。詩を歌い楽器も演奏。きっと五感にも響いているはず。
なのに、聞いた音からドレミを言い当てられない。譜面を見ても調を知らなければ、譜面上のオタマジャクシでドレミが判らない。だけど歌詞を追っかけるだけのカラオケは上手い。得意な、好きな楽器は演奏する不思議さも。しかし大衆の音楽文化としては成立。
カラオケ好きなタイプやテレビを見て踊り出す様な子供なら聞かせる、話せる相手がいて、好む会話内容なら耳と口は英語圏。教科書で学ぶ英語は反対に定着しないのかも。
譜面は言語が違っても音に表しやすいように簡単なロジックで記述されているのに何故か子供に教えながら楽器や歌を楽しむ親が少ない。小学校一年生からできるのに勿体ない。
ここにピンと来た人なら文法の簡単なロジックを紐解いて上げれば。頭の悪そうな、路上生活者でも最低限の英語は話す。簡単なロジックで。長文、短文なんか意識していないと思いますよ。
楽しく音楽と英語の両輪で。英語ダメで音楽に興味が無い親に対しては....どんな処方があるだろう。
話を中学受験に戻して、英語を受験科目にすべきかどうかですけど。
数学(算数)という科目は、ある程度以上のレベルになるとセンスが要求されますので、どんなに頑張ってもこれ以上は無理、という限界が発生します。学習指導要領などで、単元で出題範囲を絞ることも可能です。
なので、算数を中心とした今の中学受験は(もちろん関西の灘対策とか相当訓練しますが)、ある程度の範囲に収まっているんじゃないかと思います。
一方で、英語は、時間(+お金)をかければかけるほどできる科目です。しかも、学習指導要領はどうあれ、リスニングのスピードを調整したり、文章を長くしたりすれば、いくらでも問題のレベルを上げることができます。純ジャパの子を帰国子女と同レベルにすることも、時間とお金を(外国人を指導者にして英語シャワー)かけて訓練すれば可能だと思います。本人の資質に関わらず訓練すればできてしまうので、中学受験が苛酷化するおそれが強いと思います。
私は、必要に迫られて、今も英会話スクールに通っています。
外国赴任が決まった専門職の方、海外法人から帰国して英語力を維持しようとする方、など、いらっしゃいます。
この1年くらい、教室で、小学生をたくさん見かけるようになりました。前から小学生は見かけますが、格段に増えました。彼ら、ものおじしないから、休み時間なども、教師とコミュニケーションが取れています。
セミプライベートのクラスも、プライベートもあるようです。
プライベートなら、40分8000円くらい。
週に4レッスン、年額300万くらい。
セミプライベートなら、この半額くらいでしょうか。
これを6年間続ければ、多少は力がつくかも知れません。
私の家の近くでは、ある教室が、小学生専用の英語教室を開設しました。品の良い若い西洋人の先生に、小学生が群がっている光景は、珍しくなくなりました。
ここは、上の価格より、多少は安いです。
ざっと、小学校6年間で、1000万から2000万、英語に投資すれば、という感じでしょうか。
私の子供が、こういう時代の前に大学にはいってくれてよかったと、切に思います。
私は、現行の受験システムではどの科目も同じことと思っています。
国語や算数、かりに英語が選択可になったとしても、難関校は難しい出題でしょうし、簡単な学校なら簡単な問題。
中学受験の国語の現代文など高校受験レベルというより、大学入試でもおかしくないもの、算数も数列、数の概念や空間認識では高校数学と同レベル?と思うことも。
ただ、現行の中高大の受験システムは、どの科目もおおむね、手順を追ってどこまで繰り返し訓練、どのレベルまでできたかだと思っております。
英語は、たぶん国語と同じ、単語の数とか、言い回し、習わないものは注釈つけたりなどなる可能性もあります。まだまだここ2-3年検討中でしょう。
英語は、単に英語力だけなのか、大学入試など、理系の物理化学はまだよいとして、社会科目が英語の出題だったり、英語の授業だったりが増えてくると、大変ですね。
今までは、まあまあ日本語英語変換が出来れば点とれることが多かったと思いますが、英語をツールとして、他科目横断的に記述しなさいとか、欧米文化やNYタイムスの時事問題などでくると(もう一部大学ではやってますが)それこそ大変です。
一つ前に英語と音楽のお話出てましたが、私も同様に思っています。
平均的リテラシーを上げることと、みんなが一律に、ある水準読み書き聞く話すが出来るような教育とは違いますし、後者は難しいし、意味ない。
一番遅れている子に、かりに数学も英語も中1の時合わせるとしたら、どういう教育になってしまうのか? です。
>この1年くらい、教室で、小学生をたくさん見かけるようになりました。格段に増えました。彼ら、ものおじしないから、休み時間なども、教師とコミュニケーションが取れています。
この環境が小学校に欲しいです。都会、地方に限らず外国人による英語学習の時間を設けている学校が増えてきています。休み時間は一緒に体を動かし、地域行事にも参加。子供達は教科英語の他に、ワイワイがやがや文化をも学ぶ。反対する人は、ここで教師の質を問うのでしょうか。
中学受験...戻すと、学びに対するチャンス機会に不公平感を生む。英語を通じて+αを学びとる。食育では世界の料理を給食で学んでいますよね。中学生より小学生だから有益な育成時間。
文化は多様。素敵な家庭のサポートもあれば子供は伸びるでしょう。カラオケ論と同じで語学をスタートに何を感じ、学びとって欲しいのか?
バラード様のご意見のとおり、入試問題はピンきりでいくらでも難しくできます。中受で準2や2級程度を求めるなら写真入りでゴミ問題、過疎地域、紛争と平和...現代社会との係わり...ローカルバスによる小旅行...題材は無数。
お金以外、親の資質が試される、ゆとり教育から脱却した新しい知育を考える良い機会なのでは。小学生の成長過程は、貧困格差..親の感心度の差も強く関係するとは思いますよ。
通塾させても親子で楽しむ生活スタイル!これがナイなら???




































