女子美の中高大連携授業
生き残る中高一貫私立はどこか?
桐朋が今年東大現役一人だそうだ。駒東も東大が減少して大騒ぎしている。
少子化と公立の復活で今後中堅私立中高一貫校はますます大変になるだろう。
環境を買うのが私立受験の大きな理由と言っていたがやはり第一は進学実績(男子の場合)だっということが明らかになった。伝統だけでは駄目だと言うことだ。進学実績が下がれば凋落校と認定されてしまう。
今後、桐朋に続いて凋落する私立学校はどんどん増える。逆に内申がどうだ、教師の質がどうだ、公務員に子供を任せられないなどと言っていた私立親も日比谷や小石川、横浜翠嵐の実績を見れば考えを改めるかもしれない。
悠然と構えていられるのは昔からの名門校、麻布、武蔵、学習院、暁星、成城、成蹊などで高校入試をやっている開成は今後劇的に(日比谷に流れるので)東大合格者を減らすかも知れない。学芸大附属に続いて開成凋落も視野に入ってきた。あと5年もすれば東大100人を切るのではないか?
ドイツ人やフランス人も英文雑誌に投稿し英語でディスカッションする時代だから第二外国語の需要は外交官や文学やる人に限られるでしょう。第二外国語が簡単に見えたとしたら欧米語としての英語を先に習っているから。(似ている)
佐藤優がロシア語を習った時は英国の情報機関に?放り込まれたという。大学時代にやっていなくても大人になってからでも差し迫った事情があれば語学はモノにできる。 ドナルド・キーンなども海軍日本語学校に入ってから学習を始めている。
大学や高校が実践的な英語授業やってくれない(討論、エッセイ添削、論文読んで要旨を作る)のは多くの生徒にそこまでの英語力は必要ないからだ。そもそもそんなことができるクラスを編成するには皆が英検準一級ぐらいの実力がなければ無理だろうし先生は英検1級以上、TOEIC950以上なければお話にならない。
必要な人は自分の必要に応じてやる。これは音楽でも水泳でも体操でも同じ。
学校教育だけではチャイコフスキーコンクールには行けないしとんぼ返りターンも大車輪もできない。
中高大の学校英語から得られるものは少ないでしょう。本気で英語を物にしたければあちらに留学すること。その準備は各人が自分なりの資力と時間をかけてやる。そのための教材や教室は溢れるほどある。
しかし、ほとんどの学生はそれだけのモチベーションもないし必要を感じない。(日本語だけで卒業、就職ができる)
あおいとりさん、お久しぶりです。
イタリア人とスペイン人は、お互いの母国語でゆっくり話せば、込み入った会話でない限り理解しあえるそうです。
google translateで欧州言語を英語に翻訳すると、イタリア語とスペイン語ほど近い言語ではないはずなのだけれど、
Die Zeit(独語→英語)でも、Le Monde diplomatique(仏語→英語)でも、La Repubblica(イタリア語)でも、ほぼ読解可能な英文に仕上がります。(英語→日本語はまだ全然ダメ)
こういう現実を目の当たりにすると、第2外国語を必修で学ぶ意義に疑問を持たざるをえません。なにしろ自分の場合2年間学んだのにほとんど何も残っていないから。辞書なしで-いや、辞書ありでも-新聞や雑誌など読みこなせませんでした。
ロシア語選択の友人は、ロシア旅行に行ってきさえすれば、試験の出来によらず必ず単位をもらえる教官だったと言っていました。教養をつけるという視点からは、いっそのことそういうシステム(当該言語使用国への短期の旅行or語学研修を義務付ける)の方がいいのかもしれません。
ちなみに欧米の医師の間では今でも医学用語にラテン語が使われているというのを最近欧州人から聞きました。日本で医師がドイツ語を使うのは奇妙だとその人は言っていましたが本当ですか?(かつがれたか?)
>なんかまた、サロン的などうでもいい書き込みが増えてきましたが(俺はこういうのも好きだけど)、英語さん、論証に関して何かありますか?
掲示板の投稿は論文書いてるわけじゃないので、はじめからスキがない論証をしようとは思いません。ここの意味がわからないので質問したい、という方がいればお答えすればいい。
それをもって私個人の論理性を判断されるのは心外ですが、まあロングライダーさんの自由ということにしましょう。
古文、漢文、第二外国語の必要性、ということだけど、正直わからん。
必要なことだけやればいい、という考え方をするならいらないだろうけど、教養というのはそういうもんでもないと思う。
役に立つことだけを最優先で行う、というのは、準一流というか、二流と思う。
若いうちはいろいろと幅広く勉強させるのが良いと思う。
教養とはそういうものというのもあるし、どの方面に適性があるか探るのが若い頃の勉強の目的だから、というのもあるかな。
>役に立つことだけを最優先で行う、というのは、準一流というか、二流と思う。
準一流や二流の人が英語を使えないから日本は弱い、という話をしている訳で。
一流の人にグローバル教育は不要かも知れないが、教養こそ金持ちの道楽でやればいいのでは?
「もしかすると非欧州言語圏の人は英語学習に先行して他の欧州言語を履修した方が、結果的に英語スキルも上がるかもしれない」
という仮説は、有意な統計とれるだけのサンプル集められそうにないのが泣きどころですね…(T_T)




































