女子美の中高大連携授業
生き残る中高一貫私立はどこか?
桐朋が今年東大現役一人だそうだ。駒東も東大が減少して大騒ぎしている。
少子化と公立の復活で今後中堅私立中高一貫校はますます大変になるだろう。
環境を買うのが私立受験の大きな理由と言っていたがやはり第一は進学実績(男子の場合)だっということが明らかになった。伝統だけでは駄目だと言うことだ。進学実績が下がれば凋落校と認定されてしまう。
今後、桐朋に続いて凋落する私立学校はどんどん増える。逆に内申がどうだ、教師の質がどうだ、公務員に子供を任せられないなどと言っていた私立親も日比谷や小石川、横浜翠嵐の実績を見れば考えを改めるかもしれない。
悠然と構えていられるのは昔からの名門校、麻布、武蔵、学習院、暁星、成城、成蹊などで高校入試をやっている開成は今後劇的に(日比谷に流れるので)東大合格者を減らすかも知れない。学芸大附属に続いて開成凋落も視野に入ってきた。あと5年もすれば東大100人を切るのではないか?
やっぱ、動機氏は中学受験に挑んでこけた組か。
晩成にとっては中学受験がつらく、中高一貫が無用の存在なのは当たり前として、逆にそうでない早いうちから勉強のできる子供にとっては、今度は公立中学の授業が退屈に満ちた苦痛なものだということが、分からないんだろうな。
自分基準、自分が標準で、自分よりも早熟な人間は皆、自分の進度に合わせるべきだと考えていると思われても仕方のないことをずっと書いているわけだが、当然、当人はこういうことは認めない。
人間、自分自身は公正無私な絶対に正しい論を述べている教の信徒は、楽しくて楽しくてやめられやしない。実に楽しい。
>自然はいい。こういう自然の移り変わりを見ることなく育つ中学受験生はやはり何かを見落とす。 学力つけるよりもっと大切なことが子供時代にはあるのではないか?
県庁所在地ではありませんが、人口約20万人の地方都市に数年前に2年ほど住んでいました。近くには大きな川やハイキングも出来る小さな山もあり、多くの公園もありました。しかし、平日に子供が外で遊んでいる姿は見たことがありません。
地元在住の人に聞くと、今時は変な人も多いし、人目も少ないので外でなんて遊ばせられないといいます。家でゲームでもやっていてもらった方が安心だと。
また、少し教育熱心な家庭だと、良い県立高校に入れることを視野に小学校の高学年から地元の進学塾に通わせる人がほとんどだといいます。夜8時頃、闇夜の中で一際目立つ明るい看板を出している塾の近くを通りかかると、お迎えの車がずらっと並んでいます。お母さんが軽で迎えに来ていたり、お父さんがレクサスで迎えに来ていたりと様々です。
相当に田舎の山の中の分校に行っても、果たして自然の中で友達と外遊びなどという牧歌的な光景が残っているのかどうか。「うさぎ追いしかの山〜」という郷愁を誘う光景は、大都市の住民の脳内により多く存在しているということなのかもしれません。
中学受験の過酷な勉強を批判し続け10年以上になった。
その間、各地の公立中高一貫、都立の復活などがあり長期間の塾通いや夏期講習などして中学受験する必要はなくなりつつある。地元の公立中から地域のトップ校に入れれば東大でも医学部でも入れるようになってきた。
誠に喜ばしい。この傾向はさらに進み小学生は過酷な中学受験勉強から解放され自然に分け入っていけるだろう。
中学受験算数の問題点も何度も述べてきた。
難しすぎる。12歳の子供にあれをやらせる意味が分からない。いずれ中高生になればもっと一般的な方法で解けるのに子供を悩ませる。もちろん早熟な子はいい。そうでない子が中学受験算数にどれくらい苦しめられているか親はもっと理解してやった方がいい。
いずれ大人になれば分かることをあれこれひねり回して貴重な子供時代を潰す。その後の脳の発達を待てば分かる時期が来るのに10歳前後の子供を苦しめ悩ます必要はない。
好きな者はパズルのようにやればいい。だが大方の子供にとって受験算数は必要ない。ただ苦しめ受験産業が潤う元凶になっている。多くの子供がこれをパスしても大学に進めるようになりつつあるのは慶賀すべき事だ。
たかが算数を「難しい」というのは動機君の個人の感想に過ぎない。
彼が「難しい」と思うものを毎年数千人の単位で楽々クリアしているという事実が証明している。
実際の問題を見もせず、レッテル貼りに終始するというのは、幼児とはいえない年齢を自称している人としては考えられない醜態だというのが率直な感想。
思い込みを修正する機能がついていない人と仕事をしなければならない「周囲」が気の毒でならない。




































