在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
受験勉強よりも大切なこと
偏差値第一主義、ペーパーテストの点数さえ取れればいいという考えでやってくると社会に上手く適合できない。では彼らは何が足りなかったのか?
1.相手がどう思うかという「思いやり」
2.自分は完璧ではないという謙虚な姿勢
受験勉強ができる=自分は他人より頭がいい=相手を見下してもいい
という考えのまま大人になるのは非常に危険。思い上がった人間は人に嫌悪される。
将棋の藤井君、囲碁の井山裕太をご覧なさい。圧倒的な勝率を収めても謙虚だ。彼らは自分の力などどれほどのことでもないと思っている。藤沢秀行はこういった。「碁の神様を100とするなら私など2~3ぐらいのものだろう」
隣の小学生より受験勉強ができて灘、開成、桜蔭などに入学できても社会で活躍できなければ意味がない。自分より能力の低い者にいらいらするのではなく彼らを引っ張り上げる、モチベーションを上げさせる努力をしなければいけない。
受験勉強の神様など存在しなくても数学や物理、分子生物学などの神様(今の人間にとって未知なもの)はいるかもしれない。受験勉強ができて東大に入ってもそこで満足するのではなく神様相手に精進して欲しい。
道を誤った彼女は、私がいつも言っている「受験勉強ばかりしていると大切なものを取り落とす」を満天下に示してくれた。私の危惧が的中した。
優秀な受験生を持つ親にとって今回の事件は他人事ではない。
家族でよく話し合い、何のために勉強しているのかもう一度確認すべきだろう。
あのニュースみて、小学生のころヘビを捕まえようとして失敗したことを思い出した。
石垣の隙間に逃げ込むキレイな黒い蛇がいたので、とっさにその尻尾を握って引っ張り出そうとしたけど、蛇の力は思いの外強かった。
逃げようとする蛇としばらく綱引きしてたけど、予想外に蛇がこちらに向かってきたので、ビビって手を離してしまった。
そのスキに逃げられた。
60cmのヤマカガシ捕まえた少年はいろいろ調べてたんだろうなあ。
蛇事件の続報読んだけど、何故か学校で蛇採りが流行っていたんだとか。
蛇を捕ってきて見せびらかすのが子供達の間で凄い!になってたんでしょうね。
ただ、今回助かったから良かったものの、ヤマカガシの毒の恐ろしさを知らない辺りはちょっとお粗末かな。
昔の子供なら自分の体験とか親に聞いてとかで何が危ないかをわきまえている子供が多かったんじゃないかと思います。
勇敢と無謀は違うので、野山を駆け回るのにも多少のスキルは必要かな。
>勇敢と無謀は違うので、野山を駆け回るのにも多少のスキルは必要かな
そうだろうね。
でも、小学生は、親の知らないところで相当危ないことをしているものじゃないかなあ。
個人的にも、アレ危なかったなあ、という思い出はいくつかある。
常識もないから、社会的にもヤバイことしてたしなあ。
そういうのを経験してスキルを身に着けていくのだと思う。
小学生の頃、排水溝に落ちていた黒猫の死骸をひっぱり出して、意図せず、どなたかの玄関の前に置き去りにしたことがあった。
悪気は全くなかった。
しばらく公園で遊んだ後、その家の前を通ると、お巡りさんが来ていて、なにやら話しこんでるのをみて、これはヤバイと思って逃げたことがあった。
子供はアホだから、黒猫の死骸を玄関前に置くことの意味を知らなかったんだな。
ガキがアホなことをやってるのに気付いたら大人は叱るべきだけど、大人の気付かないところで子供は沢山の悪いこと、危ないことをしてるもんだと思うよ。
男親なら知ってると思うけど。
黒駒さんのおっしゃるのわかりますよ。男の子だと特にいろいろやらかしますものね。
だから、せめて経験不足で未熟者だと自覚しておけってことね。
ちょっと思ったんだけど、あのヘビ事件の小学生、迷惑をかけたことで叱られたとして、その次に二度と山に行くな!と叱られるのと、ヘビを捕まえに行くなら充分な準備をしてからにしろと叱られるのとでは今後が違ってきそう。
でも新聞沙汰になっちゃうと「この次に行くなら」って言いにくいかな。
沢山の投稿すみません。
雨で今日の予定が潰れて映画鑑賞の日になっちゃったもので。




































