女子美の中高大連携授業
「教育」「学校」「受験」についてしみじみ考えさせる漫画を語りましょう
一般的な所感には飽きた、というところもありますので、テーマを絞ることを提案します。
古典的な作品から
「空の色に似ている」内田善美の傑作です。
舞台になっているのは山あいの伝統校(たぶん公立の共学校)で、山梨県立日川高校がモデルではないかといわれています。
「陽気な魔女たち」森脇真末味、プチコミックですね。女子高に違和感を持つ主人公の生真面目な生徒と教師の掛け合いが面白いです。
「天才柳沢教授の生活」山下和美。主人公は大学教授ですが、さまざまなレベルの「教育とは何か」「考えるとは何か」がテーマになっている快作です。
比較的新しいものなら
「三月のライオン」羽海野チカ。とくに「いじめられっ子をかばって窮地に立つ少女」の話はリアリティがあります。
色々教えていただけるのを楽しみにしております。
「漫画」ということからは少し離れますが、2007年の「天然コケッコー」映画版は今見てもしみじみ佳作だと思います。
DVDの視聴をおすすめします。
S県というのは「島根県」のことで、出雲方言ではない石見の言葉が印象的です。
「三丁目の夕日」の西岸良平。
もうひとつの人気シリーズ「鎌倉ものがたり」で主人公の一色正和は「鎌倉高校から東大文学部、もと東大全共闘」という設定。
もっとも、もう30年以上「主人公は齢を取らない」なかでの話なので、すでにあまり有効ではない背景と化していますが。
西岸氏は立教の民青だったと聞いているけど、全共闘をごく肯定的に書いているのも不思議といえば不思議。
話は少しそれるが、ハイゼンベルグの不確定性原理の不備を修正する「小澤の不等式」を提唱した小澤正直先生は1950年生まれで麻布から東京工業大学。
京都大学の森重文先生(1951年2月生まれ、東海から京都大学)もそうだが、1969年の入試中止はただの1年間にとどまらない影響があったのを改めて感じる。
島根県でも、石見地方の言葉は広島弁に近いですね。
天然コケッコー、その点は正しく描写されていると思いますが、どじょうすくいが出て来るところは、ちょっと「?」です。あれは島根県の中でも出雲地方、しかも、一番東に位置する安来市くらいでしかやりませんから。
吉田戦車「ぷりぷり県」
「藩」「国」の単位で見ると3つか4つに明確に分かれるのに、都道府県単位で雑にまとめられることはありますからね。
秋田県のアイコンが「なまはげ」という段階でどうかとおもいますが、静岡県が「うなぎパイ」はさすがにないだろうと思います。
京都府出身なばかりに「はんなり」「京美人」などという惹句とともに紹介され「木津川ならほとんど奈良じゃん」という声は届かないというアイドルも実在しますしね。
主人公右田そよの父親は「村で唯一東京の大学出」という設定なので、「大学のコンパなどで「島根県なら安来節くらいできるだろう」という無茶振りからかくし芸になったと解釈すればわかりやすいかな。
現代の日本で「県民性」と言われるものは、今の都道府県の区分けを前提としていますが、それぞれの都道府県の中では、いまだに江戸時代までの国・藩の区分けでの、言葉、風習、気質等の違いが色濃く残っていますね。そして、いまだに対立構造が残っていて、仲が悪かったりします(例:静岡と浜松、長野と松本、等)。出身地を聞いて親しくなるきっかけにしようとして、そこを間違えると逆効果になります。
ちなみに、「ぷりぷり県」は、短命でしたね。「伝染るんです」が好きだったので、期待していたのですが。殿様が出て来て、「信州」みたいなノリで、自分の国を「ぷ州」と呼んでいた、くらいしか覚えていません。
>現代の日本で「県民性」と言われるものは、今の都道府県の区分けを前提としていますが、それぞれの都道府県の中では、いまだに江戸時代までの国・藩の区分けでの、言葉、風習、気質等の違いが色濃く残っていますね。
明治維新の戦勝県は、都道府県の区分けと旧藩の区分けが一致していることが多いですが、そうでないところは都道府県の区分けは人為的に作られたものですから。会津の人はいまだに会津県だと言ってます。
そういえば、昔、バルセロナから日本に来た来賓の歓迎式典でフラメンコをやって大顰蹙を買ったという話もありましたね。カタロニアの独立投票の話もあって思い出しました。
府県の整備の段階で「勝ち」の側と「負け」の側の扱いがまったく異なっていたというのはしばしば指摘されていて、中学受験勉強の中でも扱われる話ですね。
「県の名称」と「県庁所在地の都市名」が一致しているところとそうでないところの違いを通じて考えさせるというのは、進学塾でもよくやる整理の仕方です。
スペインは「国王のやたらに多い称号」だけでも重層的な形成過程がよくわかります。
王家がしばしばそうであるように、スペインでも「ハプスブルグ家」→「ブルボン家」の問題、フランコ総統の庇護下にあった皇太子が王となってスペインの民主化・脱フランコ化の支持に回った皮肉、など興味深い歴史があります。
漫画ではありませんが、オーウェルの「カタロニア賛歌」、ブニュエルの「アンダルシアの犬」「糧なき土地」などには強い影響を受けました。
ネット上には「自分と無関係な人たち」「自分の知らない存在」にずれたレッテルを貼って延々と粘着する愚か者が時折出現しますが、地域問題には確かに歴史的な事実が付随していますので悩ましいです。




































