女子美の中高大連携授業
「教育」「学校」「受験」についてしみじみ考えさせる漫画を語りましょう
一般的な所感には飽きた、というところもありますので、テーマを絞ることを提案します。
古典的な作品から
「空の色に似ている」内田善美の傑作です。
舞台になっているのは山あいの伝統校(たぶん公立の共学校)で、山梨県立日川高校がモデルではないかといわれています。
「陽気な魔女たち」森脇真末味、プチコミックですね。女子高に違和感を持つ主人公の生真面目な生徒と教師の掛け合いが面白いです。
「天才柳沢教授の生活」山下和美。主人公は大学教授ですが、さまざまなレベルの「教育とは何か」「考えるとは何か」がテーマになっている快作です。
比較的新しいものなら
「三月のライオン」羽海野チカ。とくに「いじめられっ子をかばって窮地に立つ少女」の話はリアリティがあります。
色々教えていただけるのを楽しみにしております。
そのドイツ人が万が一あの話を知っていたら、せかいいちぃぃ、の奇声とともに88mmで粉砕されてしまったかもしれない。
グリムはともかく、フランダースの犬はエゲレス人による対岸ディスり、最後の授業はプロパガンダと、碌でもない話を日本人は好みますね(笑)
木を植える人は、一杯のかけそば級の与太話ということでいいとして、少年の日の思い出の悪質さというのがよく分からないのですがよろしければお教えいただけませんでしょうか。
ググってみても、見つけられず、今でも国語の教材現役とのこと。
あの話については、ヤママユガが蝶であることについて悩みまくった記憶ばかりな、そんな少年の日の思い出。
フランスでは、蝶も蛾も、「パピヨン」と呼ぶ、と聞いた記憶が有ります。
繭を作る蛾の仲間は、大型で見栄えがする、羽の形状がアゲハチョウに近いものも多いので、両者を区別する発想が無かったのかも知れません。
それはともかく、国語という教科は、余計な趣味や思想を入れるのはやめて、読書という大海に漕ぎ出すための基礎と導入に徹して頂きたいですね。
「正確な読解の技術」は本質的に重要ですね。
「クジャクヤママユ(ガ)」という和名は、そもそもヘッセの作品がきっかけになって提案されたものです。
私は戦前の教科書を読むのが好きで、多くのバージョンをみていますが、共通して言えるのは「過剰に感傷的」ということかな。
修身や国史も含めて大衆文学的な「いいものと悪いもの」というバイアスをかけた文章が多く、なんだか冗談のような感じなのですがこれを本気で読む人がいたかと思うと何とも言えないですね。
歴史的に義務教育課程での国語科教育が本質的な読解力というよりは
「善悪など価値判断の基準の醸成」
にもっていかれがちだった呪縛から、教員が抜け出すのには戦後も相当長い歳月がかかったようで…
ようやく近年になってそうした「価値判断」からの解放の兆候も(「メロスは走っていなかった」という読書レポートなど)見受けられるようになったかと思いきや、今年の道徳の教科書の「カボチャのつる」にはちょっと…(-_-;)
>今年の道徳の教科書の「カボチャのつる」にはちょっと…(-_-;)
カボチャのつるって何でしょな?と検索してみたら
カボチャのつるが周りの迷惑何のそので伸び続け、最後は道路まで出ちゃって、トラックにひかれてちぎれちゃたってお話?
(検索で本文は出てこなかった)
ちっちゃな頃から悪ガキで、十五で不良と呼ばれたよ、本職ヤクザに喧嘩売り、東京湾に沈められた。
みたいな内容だな。なかなかひどい。
フレンドかなにかの少女漫画で、主人公が学園生活を満喫しながら大人になっていく過程を描き、主人公が教師になり、壇上から生徒にむかって「生徒諸君!」と呼びかけて終わる作品。
小学生高学年で仲良し3人組で読みふけ、
1人は養護学校の先生
1人は国立大学の教授になりました。
私はただの末端会社員。
生まれ変わったら、保母さんになりたいと思う今日この頃。
漫画の影響力って凄いと思う。
作者は「大蔵 宏之」さん。
失礼ながらこんなつまらない話が複数の教科書に採用されているのは妙な感じもするが、教科になる前の副読本からの引継ぎなのかな?
経歴は興味深い。
NHKが長かったようで、併行して子供向けの啓蒙的な物語を量産している。
デビュー作が「お父さんの戦友」1943年、どんな話だったのだろうね?国会図書館にもあるようなので読もうと思えば読めるだろう。
戦後は「戦争っ子」などの作品名が見える。
晩年には聖教新聞社から「四条金吾」「牧口先生」などの日蓮や創価学会関連の偉人伝も出している。
かつては偉人伝の需要は大変大きくこのレベルの人にも仕事は回ってきたらしい。「バートランド・ラッセル」の原水爆禁止運動を賞賛する文章も読んだ。筆者が数学者としてのラッセルをまったく理解していないことだけはよくわかった。
「かぼちゃのつる」は1961年の児童文学アンソロジーに収められているとのことで、擬人化で「わがままな子どもが痛い目に合う話」として読ませるのも無理があるような。
これとは別に原田直友氏の「かぼちゃのつるが」という詩が「朗読」の小4教材として教科書に載っていたことがあるようで、こちらはおもしろかった。
作品としての出来には大差があり、その理由を考えるほうがよほど「国語」のよい教材になるのではないかという気がする。




































