女子美の中高大連携授業
二月の勝者-絶対合格の教室-
ヤングスピリッツで連載中の二月の勝者-絶対合格の教室-では首都圏の中堅塾の実情を書いてますが、ここはリアルだなぁー。とか、いやこれはちょっと違うでしょー。みたいな感想があれば書きこんでください。
東京23区ハザードマップまとめ(地震危険度・津波・液状化・倒壊・土砂崩れ)
https://mansionmarket-lab.com/tokyo-hazard-map
被災リスクが高いのに金持ちが住んでいるのは中央区ですが、洪水は無いので川沿いよりも安全でしょう。千代田区は安全、港区もそこそこ安全な場所です。
村上春樹も文芸誌掲載の小説に北海道の片田舎の村を軽くディスったら、その村からクレームがついて、単行本化する際に直しましたよね。
傷つく人がいると分かっているのにその書き方にこだわることもないという理由から。
部外者にとっては、え?そんなことで?となりそう。私も、その村を知らなかったから、そんなところにこだわるのかと呆れた。けど、村の人たちにとっては自尊心にかかわる大切な表現だったのだと思うし、それが分かって、直したのでしょうね。
某校に対するその表現も、雑誌掲載時に関係者が問い合わせれば、単行本化の際に言い方は変えてくれたんじゃないかなー。
たとえば、「目指すやつはゴミ」→「俺はもっと上を目指してる」など。
べつに、そこまで酷い言葉を使わなくても伝わりますし、「ゴミ」という言葉を子供の口から言わせたいのは分かるけど…そのほうが刺激的で面白いから…それならば、誰にもこの学校だの断言できない架空の学校にすれば良かったんじゃないかなー。
といろんなコメントを読んでいて思いました。
「ドライブ・マイ・カー」を単行本化する際に修正したのは、「技術的に可能だったから」(本人談)です。つまり、話の本筋に関係のない、些末な問題だったからです。
これが表現の根幹に関わる部分であったなら、たとてどんな批判を受けようとも絶対に修正しなかったはずです。彼はそんなヤワな人じゃないでしょ、良くも悪くも。
で、島津くんのゴミ発言、これが「俺はもっと高いところを目指している」とかに変わったりしたら、もうストーリーが成り立たないでしょ。それこそ表現の根幹に関わる部分です。
あのゴミ発言があったからこそ上杉くんが激昂し、その後の和解があり、そして同じ目標に向けて歩む同志となるのです。
小説や漫画、その他の創作物に対し、少なからぬ人がいとも簡単に「気に入らないから、不適切だから修正すべき」と言いますが、それは創作者に対するリスペクトを欠いた行為です。
もちろん創作物は自分の作品に対する責任を負わなければなりませんが、たとえ議論を呼ぶような表現であったとしても、作品上それがどうしても必要だからこそ描かなければならない部分も出てきます。
そしてこの「二月の勝者」も、様々な葛藤があるなか、ギリギリのところを描いているのだと私は感じます。
あえて想像できそうに設定することで
売り上げは変わるんでしょうな。
編集サイドの大人の事情もあるんじゃ??
そういう雑誌なんで良い子は読んじゃダメ。
悪い大人が読んで、ここであーだこーだ言い合うのがいいんですよ。
>作品上それがどうしても必要だからこそ描かなければならない部分
どうしても、実在する学校(簡単に推測できる、ここでも実名出されている)にしなければならなかったのか。
架空の学校ではだめだったのか。
私はその学校の関係者ではないが、あのシーンを見た時、微妙な気分になった。




































