女子美の中高大連携授業
最難関に受かる子供は生まれつき、、、
子供達が公立小に通っています。
長男はまだ読み書き以前からなんとなく賢そうという感じがあり、中学受験を視野に入れた時に受けさせた塾のテストは初めから優秀でした。
下の子供たちは同じように育てたつもりですがいまいち。
塾のテストを受けた後は必ず塾から電話があります。
決まって言われる言葉がまだまだ低学年だから可能性はある、初めてのテストだから、、、的な話。
私立小は分からないので、公立の子供を例にあげますが、参観日で色んなお子さんを見ていると、特に塾など行ってない子供達が沢山ですが、とにかく勉強だけでなく生活全体に覇気がある子、ぼーっとしてやる気ない子がいます。
覇気がある子は親が中学受験も考えてはおらずどこの塾も通っていないから大手塾のテストをもし受けてもはじめはきっと偏差値も低いと思われます。
でもこういうお子さんが入塾したらものすごく伸びるのでは?と他人ながら感じるお子さんが数名いました。
そういう子が初めはテストの点数が悪くても可能性があるのであって、最難関に受かる可能性があるという子供は入塾前からほぼ確定なんじゃないかなと思われるですが違いますか?そんなことないと言わないと商売にならないから低学年ならどんなお子さんも可能性があるとは塾側もいうでしょうが。
我が子たちを見ていてもなんとなく生まれつきの素質なんじゃないかと痛感するのです。
長男もまだ最難関に合格したわけではないのでなんともいえませんが。
本音は違うよ、可能性あるよという意見が欲しいです。
バラードさんのような考えを素晴らしいと思う人もいるのかな?でも人はある程度自分を客観視できる力くらいは身に着けていないとね。
例えば今は受験も回数制限のある国家試験、司法試験が昔は何回でも何十年でも受けられ、また法科大学院を出る必要もなく誰でも受けられたので50歳過ぎても挑戦し続けて人生棒に振る人も結構多くいたらしい。
出来るまでやり続けて半ばで死ぬのもその人が満足なら勿論文句は言えないけど、自分を客観視できるというのも大切な能力の一つではないかと思う次第。
そんなに大それたことの話ではないと思います。
最難関に受かる子は? というスレなので、実のところ遺伝でも何でもなくて、何年生でも四谷のテキストでも基本問題、応用問題、難問とあったとき、どこまでやるか程度のこと。
やってもできないことは当然ありますが、どこまであきらめずにやるか、理解するまで粘り強く頑張るか、の違いはあるかなと思っています。
最難関? どこを指すのかもありますが、だいたい同じで6割5分とれれは合格として、6割だと不合格、だったらそれほどの違いもないし運もあるし。
ここに違いがあるかどうかですが、遺伝? はないと思います。
最上位生と最下位を比べてるわけでもなく、最上位合格とそこがギリギリかの比較だとしたら、運?か、差はない?か それとも一線があるのか?
最難関受かるようなレベルの子は(ギリギリで落ちた子でも)出来るまでやるタイプが多いのでは、ということです。
最上位層は数的・言語的なセンスがやはり違うという話がでているのに、バラードさんの話は根性論に近い。
コツコツ粘るのは確かに大事だけども、そのくらいの話だったらここじゃなくてもいいじゃない。勉強ができない子にしてあげたらいい。
バラードさんの理屈だとバレエでもオリンピックでも音楽コンクールでも受験でもすべて駄目だったら、それは出来るまでやらなかった個人の努力不足ということですね。
個々の遺伝や才能のある無しは関係ないとのことなので。
例えばピアノなら指の長い子の方が有利だし、運動も生まれつきの身体の機能や骨格で違いがありますけど、勉強に関しては遺伝なんて関係ない、出来るまでやらないから合格出来ないということですよね?
それなら運動が苦手で身体も頑強ではない私も努力すればオリンピックで金メダルが取れたのかしら?




































