女子美の中高大連携授業
本当に頭のいい人は中学受験必要ないですね
先日亡くなった立花隆の「知の旅は終わらない」を読んでいたら以下の記述が。
1.小学生の時、知能検査でとんでもない数字を出し先生達が見に来た。
2.学校図書館にあきたらず市立、県立図書館で本を借りまくった。
3.水戸一高から都立上野高校に転校するなり学年1位。
4.旺文社の全国模試1位で先生が東大の文一を薦めるも文二(文学)に行った。
当時は都立全盛で上野高校から東大33人進んだそうです。茨城大附属小学校に入るのに受験勉強をやったのでしょうが、水戸一高や東大受験の際に進学塾や予備校などは通っていないようです。それが当たりまえの時代。
要するに自学自習でやってきた。本当に頭のいい人は他人に頼ることなく自分で計画を立て学習進められるのでしょう。子供の時から塾漬けで夏期講習10時間もやっていると自主自立の芽が育たない。
日本の衰退は近頃の受験体制(何でもかんでも塾や予備校に頼る)で育った自発性のない有名進学校の卒業生達がもたらしたのではないだろうか?
立花隆が受験した時代っていうのは、所謂4当5落(睡眠四時間なら合格で五時間なら不合格)とか言われていた時代で、学習の質は関係なく量をこなすことが合格への道だと信じられていた時代だと思う。
ろくな教師がいない片田舎の高校でも参考書を隅から隅まで暗記すれば東大にも受かると信じられていた時代だ。
知識の質よりも量、独創的で深い洞察よりも思考の回転の速さ、が重視される入試では、知能指数の高さが大きくモノを言うというのは理解できる。
例えば、フランスのグランゼコールの入試のように口頭試問を課して、試験官との討論で洗練された議論の展開力や独創性を観るという方式や設問者との応答を通して英語の会話力を観るという学力の質を問う入試を採用した場合、育った家庭の知的な雰囲気とか英語の運用の機会が多い環境で育った帰国子女とかが有利になるのは明らかだ。
つまり、学力の質を問えば知能指数は相対化されるのです。
地方国立大学が離島や僻地の受験生が不利になるという理由で、寄ってたかってスピーキングテストが含まれてる英語外部テストの導入を阻止してしまった経緯を見れば、地方は相変わらず知能指数重視の質の低い学力の信奉者が多いということだろう。
量や速度で測れる単純な知能指数だけが問題なのなら、高度な教育は必要ないのです。
そして、質の高い学力を身につけるには環境が必要なのです。環境を整えるにはお金がかかります。
不公平かもしれませんが、それが現実です。
私は某中高一貫校の出身だが、中学生の時にクラスでIQテストを受けたが、その結果は教えてもらえなかった。
友人は担任との面談の時、結果を教えてもらったらしく、「お前はIQテストの結果は凄くいい、ちゃんとやれば必ず成績は伸びる」と言われたらしく「俺は本当は頭がいい」とみんなに豪語していた。
だけど、その後も成績が伸びる兆しは一向になく、深海魚のまま、あまりパッとしない大学に進学した。
彼の地頭が本当に良かったのかは、今となってはわからない。
だけど、彼は今でも、「俺は本当は頭がいい」と思っている可能性はある。
その子は担任のすすめに従わず、ちゃんとやらなかったんでしょうね。
磨けば光ったのに、もったいないことです。
それで思い出したのですが、まだホリエモン逮捕前にテレビで芸能人を招いたIQテスト特番を観たのですが、ホリエモンのIQが意外と低くて視聴していたただの一般人の私以下でした。結果に対してホリエモン自身がすごく焦っていて変な言い訳ばかり連発していたので、「意外とこの人ちっさい人なんだな」と幻滅したのが忘れられません。
彼はその後収監されて大変な目に遭ったので今は多少変わったのかもしれませんが、IQテスト自体が賢さの尺度とは言い切れないのはホリエモンの言い訳があながち間違いでもなかったということかもと思っています。
自学自習で事足りるのであれば、よく出来た参考書さえあればよく、優れた教師は必要ありません。
離島や僻地の受験生が不利にならないように配慮せよという主張は、優れた教育環境を設定する試みへの否定であり、洗練された教育によって陶冶された文化的な学力ではなく先天的な知能指数で能力を評価せよとの発想に繋がり、教育という人類の文化そのものの否定につながる危険な思想です。
全て読めてはおりませんが、本当に頭の良い人が主題の本スレッドを興味深く拝見しました。
既に何名かのご指摘があるようですが、自力東大合格こそが本当に頭の良い子との説には違和感があります。
>自分だけで勉強して合格しているので、私立中高一貫+フル通塾で合格するよりは「頭が良い」可能性は高いということです。
私立中高一貫+フル通塾で合格した子らを、自分だけで勉強する環境に置かないと比較にならないのでは?この説ですと、鉄に集う首都圏の天才・秀才・鬼才たちより、地方の天才・秀才・鬼才の方が頭が良いことになる。本当にそうでしょうか?首都圏組は鉄があるから利用しているだけで、無ければ無いなりに自分で勉強できるのでは?
ここまで書くと、確かに中学受験不要論に帰着します。但し子供のゴールを東大にした場合という条件付きですが。
また、通塾=自発性が育たない 通塾無=自発性が育つ という短絡的な話でもないと思います。なぜなら、地方の公立トップ高校の方が、塾要らず・学校で囲い込み・徹底して指導する傾向があるからです。何せ目ぼしい塾が無いのです。有望な生徒は学校で鍛えられます。受験勉強の場が塾か学校かで自主性に有意差があるでしょうか?
最後にもう一つ。本当に頭の良い子はゴールが東大なら中受は不要ですが、逆説的に言えば、そうでないほとんどの人間(90%なのですか?)は中学受験をした方が良いとの結論に帰着します。
スレ主殿は恐らく、中学受験反対派なのでしょうが、図らずも中学受験を推奨する結果となっているところがユーモラスだと思いました。
>おかげさまで娘は早稲田で鍛えられ何とか就職も出来ました。
>そうそう、娘は先日のTOEIC980点で遙かに私をオーバーしました。やはり語学は若いうちに耳を鍛えねば駄目です。高音難聴の始まった私はもう追いつけません。
動機さんは、映画『屋根の上のバイオリン弾き』をご覧になったことありますか? 5人娘を持つユダヤ人農夫のテヴィエが長女の結婚式で歌います。
Sunrise, sunset. Sunrise, sunset,
Swiftly flow the days.
Seedlings turn overnight to sunflowers,
Blossoming even as we gaze.
月日が経つのは本当に早いものですね。手塩にかけたお子さんが立派に成長するのを誇りに思う気持ちはよくわかりますよ。私も親ですから。
映画の中でもユダヤ人の村人達は、理不尽な理由で生まれながらの土地を追放されます。彼らが誰からも奪われない財産として子供に教育を施すことにとても熱心な理由がよくわかります。
What words of wisdom can I give them?
How can I help to ease their way?
動機さんだって中学受験させる親の気持ちはわかるのではないですか?




































