女子美の中高大連携授業
翼の翼
先月上梓された中学受験をテーマとする朝比奈あすかさんの小説「翼の翼」についてのスレッドです。
私も小6受験生の親ですが、身につまされることが多すぎて読んでいて苦しくなるほどでした。「母親の狂気」という言葉を広めたのはマンガ「二月の勝者」ですが、この小説こそ子供に期待するあまり暴走する母親そして父親の狂気を圧倒的なリアルさで描写した壮絶なお話だと思いました。
共感できるところや、ここはちょっと違うと思うところなど感想を語りませんか。
端折ってしまいましたが、正確に書きます。
私は仕事をしているため、6年の夏休みは毎朝大量のto doリストとお弁当を子供に準備して出かけていたわけなのですが、午前中のリストが終わると子供から連絡がきます。
頑張ったご褒美として、お昼のお弁当を食べながら休憩はゆっくり1時間取らせていました。
そうして乗り切った夏休み後のテストで大幅に成績が落ち、話を聞いてもらったママ友に、うちは片手持ちお昼ご飯にして勉強していたよと言われ、昼休憩を長く取らせたことを激しく後悔。
これだけ頑張らせたのに、中途半端な情けのせいで、可哀想な事をした、どうせなら、おにぎりと唐揚げ棒のようなものにすればよかったとさえ思った、というのが本当の話です。
今改めて文章にしても狂気です。
そんなに親が下駄を履かせた子供は、深海魚に、というのもエデュでよく聞きますが、少なくとも我が子はそんなことはなく、進学先で楽しくやっています。勉強も全て自分で管理し、成績維持しています。
我が子はたまたま翼が丈夫だった、そしてたまたま運よく合格した、そんな風に思います。
下に子供がもう1人いて、果たして同じ熱量で、子供潰すかもしれない危険を冒すのだろうか?
わからないです。
朝比奈さんは、かなりの部分を実体験に基づいて書かれているんだろうなと思います。
私と同じように疑問を持っているからこそ、警鐘の意図を込めて出版されたんだろうと、思っています。
表現できる才能賀あれば、私も文章にしたためておきたいくらい想像を絶する過酷な体験でした、中学受験。
リアルかリアルじゃないかというのが小説の読み方ではないでしょうね。小説になるような話はもともと極端な例でしょうから。
たまたま私には主人公の人格が自分に重なる面があり、あそこまで口にはしなくとも心情が理解できてしまいました。そこを反面教師にして自分の言動を戒める本になりました。しかし、これは個人的な感想ですね。全く理解できないという人の方が、良い子育てをしているのかもしれません。
時代なんですかね。
六年秋まで20人近くの大集団で遊んでいました。
半数は中学受験する子達でしたが、
御三家や最難関共学を筆頭にそれなりに収まっていきました。
附属の子達は三年も通塾せず、個別や家庭教師だけで終わりにした子もいます。
ここまで偏差値があがっていなかった時期でもあり、
のんびり受験に選んでいるご家庭も複数ありました。
最近の日大付属の偏差値を見てびっくりしました。
塾も、適当に近所です。
サピックスや浜のような最難関志望の塾が近隣になかったので、
逆にのんびりしたのかもしれません。
この本の一番の凄まじさは結末にあると思いました。
合否のことではないです。もちろん合格発表のシーンも鬼気迫るものがありましたが、物語の流れとしては中学受験離脱にすると思うんです。最後の最後まで離脱することになるだろうと思いながら読んでいました。それが一番円満で、三年後に高校受験で日比谷合格!でいいじゃないと。
でも、これは本当にやめられない戦いなんだ・・・それほど恐ろしいのだというのを書き切っていました。それがすごいと思いました。
あとは塾の先生と両親の話しあいで志望校を決めるシーンかな。一月校や午後入試などめちゃくちゃリアル……。たしかに一日に入試を掛け持つなんて本来なら考えられないことです。異常なことを現代の中学受験では皆がしているのです。
リアルという点で一つ付け足しをすると、このスレの下のスレが、「もしも、どこの中学も合格出来なかったらいったいどうなるか考えたら、不安で夜も眠れません。」というスレでしたが、小説の中の掲示板でも主人公がこれに酷似したタイトルのスレを読んでいました。
最初このスレを参考にしたのかなと思いましたが、スレ立ての日にちが小説の発売後でした。
では同じ環境に身を置いても大きな差が出るのは
何故でしょうか。
受験では同じ塾ということになりますか?
地頭で大きく差はつきます。
偏差値70の子と50の子がいたら
習得のスピード、記憶力からして全く違います。
良い意味で負けず嫌いであるとか、何事にも努力
出来るとか性格的な要素も大事だと思います。




































